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お菓子
しおりを挟む「何を言ってる。そんなわけないだろ」
アルバートは直ぐに否定した。
「えー?だって」
「早く中入れ。これ以上くだらん事言ったら追い出すからな」
「本当?本当に結婚してないの?」
問いはローズに向けられていた。ローズも慌てて否定する。
「知りませんから、違うと思います」
ダンフォースは首を傾げたが、アルバートに促され屋敷の中に入った。客間へ案内すると少年は、一番大きい長椅子に飛び込むように座った。あーあ、と残念そうに零した。
「ローズを姉上って呼ぶのかーって思ってたのに」
「まだ言うか」
アルバートが拳を作ったを見て、ダンフォースは大げさに手で口を覆ってみせた。愛嬌たっぷりの仕草にローズは思わず笑みをこぼした。
ダンフォースに誘われてローズは隣に座った。
「ねぇねぇ、アルとさ、結婚しないなら僕と結婚して?」
ローズはくすくす笑った。冗談だと思った。アルバートももう無視をして、リラと何かを話していた。恐らく、ダンフォースの好きなお菓子でも持ってくるように伝えていたのだろう。お菓子を食べているとダンフォースは静かになる。それを期待しているのだ。
そうとは知らないダンフォースは、ねぇ、とローズの膝に手を乗せて返事を催促した。
「結婚したら毎日お菓子作って」
「毎日食べるんですか?身体を悪くしますよ」
「美味しいんだもん」
二人の会話を聞いていたアルバートが、向かいの席に座り鼻で笑った。
「空想の話はそれくらいにしておけ。何の知らせも無しに来やがって。義姉上が伝書鳩で知らせて来なかったら、追い返してた所だ」
「権力行使してやるからいいもーん」
と、言いながらダンフォースは見せつけるようにローズに抱きついた。ローズは驚いたが、前来たときもよく抱きついて来ていたので、それを思い出して同じように抱き返した。
「ダンフォース様、随分大きくなられて。そちらは皆、長身なのですね」
「そうかも?」ダンフォースは首を傾げた。「母さまはちっさいよ。父さまは僕が産まれる前に死んだから分かんない」
さらりと言われ、ローズは失言だったと口をつぐんだ。助け舟を出したのは、アルバートだった。
「兄上も俺と同じくらいの身長だった。ダンもそれくらいにはなるだろう」
「だって。ローズ?顔色悪いよ。体調悪いの?」
ローズは、いえ、と答えた。悲しい話題を避けたくて、丁度リラがお菓子を持ってきたので、そちらを見やった。
「あ、お菓子ですよ。ダンフォース様、あまり食べすぎないようにしてくださいね」
リラが盆を机に置く。盆の上にはカヌレ、エクレア、フィナンシェ。どれもダンフォースの好物だ。ダンフォースは目を輝かせて手を伸ばした。
「ガトーショコラは?」
カヌレを手にとってリラに問う。リラは一礼して答えた。
「直ぐにお持ちいたします」
「変な発音」
「ダン、失礼だぞ」
すかさずアルバートが嗜める。ダンフォースは全く堪えないでカヌレを頬張った。それから破顔した。
「美味しい!ローズも食べなよ」
ローズは手を付けなかった。ダンフォースは、ほら、と促す。それでも手を付けなかった。
「ローズ?」
「…ダンフォース様、リラは私の侍女です。よく仕えてくれます」
何が言いたいのか察したダンフォースは、少し罰が悪そうにカヌレを盆に置いた。
「別にね、馬鹿にしたわけじゃない。不思議だと思っただけ」
「ええ、よく分かっております。おこがましいとは重々承知しておりますが」
「ローズがそんなに怒るんだもの。僕が悪いんだ」
ローズは自分でも不思議だった。恐らく王族であろうダンフォースに自分ごときが何かを言える立場でもないのに、アルバートの発言がきっかけになったとはいえ、本来ならば彼が使用人ごときに心を砕く必要などない。ダンフォースの反応が当たり前なのだ。ローズは理不尽に怒っていた。そんな感情が湧き出た自分にも驚いていた。
「すみませんダンフォース様、お気になさらず」
「ううん。彼女がローズだったら、僕は変な発音だなんて言わなかった」
ダンフォースはリラに声をかけた。
「ごめんなさい。無礼をしました」
ダンフォースの謝罪を受けて、彼女は平然として口を開いた。
「変な発音、自分でも思います。構いません。私のことで、奥さまが注意なさる必要はありません」
「リラ…」
「それに子供の言うことです。勝手に言わせておけばいいです」
物凄い事を言った。ローズが固まる中、アルバートが膝を叩いて笑いだした。
「ははっ!その通りだリラ。ガキの戯言だと思ってる方が正しい」
「……何この侍女。無礼過ぎるだろ」
「ダン、さっきの殊勝はどうした。短気過ぎるぞ。寛大にな」
明らかにアルバートはからかっている。ダンフォースはすっかり不機嫌になってカヌレの残りを口に放り込んだ。甘えるように腕を組んでローズに身を寄せた。ローズは何とかこの場を収めたかったが、リラはガトーショコラを取りに部屋を出ていったし、アルバートはくつくつと笑っているし、ダンフォースは慰めてと言わんばかりに甘えた視線を向けてくる。取り敢えずローズは目の前のカヌレに手を伸ばした。混乱する中でも、ローズの味覚はちゃんと美味しいと告げていた。
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