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しおりを挟む通された部屋は、王宮というだけあって豪華な設えで、一人で過ごすには十分過ぎる広さだった。壁紙は白地にピンクのチューリップ柄で大変可愛らしい。縦長の窓が何枚も連なり、部屋は常に明るい。
ルイーズは一番初めにその窓を開けた。下を覗く。三階にある部屋からでは、窓から脱出するのは至難の業だ。
かといって扉の向こうには見張りがいる。しかも鍵も閉められた。軟禁状態だ。もしかしたらこのまま有無も言わせず婚約、などということもある。一刻も早く脱出したかった。
どうしたものかと思っていると、扉を叩かれる。どうぞと答えると、使用人が入ってきた。
「お飲み物をお持ちしました」
「そう、そこに置いておいて」
使用人は一旦下がると、ワゴンを押して入ってきた。その上にはティーポットとカップ、焼き菓子が置かれていた。あんなに食べたのに、まだ食べろと言うことらしい。テーブルの上に並べられて、使用人は部屋を下がった。
ルイーズはポットの蓋を取り、匂いを嗅いだ。爽やかな香りはレモングラスだ。
「…良い香り…」
これで落ち着けとでも言ってるのだろうか。ルイーズは蓋をした。
この状況は、おそらくは強制的にもう婚約者にさせるつもりなのかもしれない。婚約が発表されたら覆すのは非常に難しい。
こうなったら父に助けてもらうしかない。父もこの結婚に反対していた。なんとかうまくまとめてくれるに違いない。
椅子に座る。テーブルの菓子と紅茶を見ていると、食欲が出てくる。クッキーを口に入れてみる。茶葉を入れているのか、非常に香ばしい。ルイーズはもう一つ直ぐに手に取った。
扉を叩かれる。声をかけると入ってきたのは、なんと父だった。
待ち望んでいた父の来訪にルイーズは歓喜した。父なら助けてくれる。
「父さま!どうしよう!殿下の婚約者にさせられちゃう」
「分かってる。帰るぞ」
「え?いいの?」
「ああ、殿下にはお許しをいただいている」
父はテーブルを一瞥した。食べ散らかした紅茶と菓子を見ているのだと気づいて、隠すように前に立つ。
「レモングラスか」
「ええ。とっても良い香りなの」
「知らないだろうから言っておくが、それは王室に献上される最高級のものだ。一般には出回らず、王族しかまず飲めない代物だ」
「そんなこと言われても…出されたものを残すのは勿体ないわ」
父の態度がどこか冷たい。それもそうだ。父の命令に従ったものの結果はこのザマだ。娘が婚約者になるのをどう阻止しようか頭を悩ませているに違いない。
「ごめんなさい、お父さま。迷惑をかけて」
「ああ全くだ。話を聞いたときは、首が飛ぶかと思った」
殿下に張り手した件が伝わったのだろうか。それは確かにルイーズが悪かった。
「もうこうなったら、お父さましか頼れないわ」
「とにかく帰るぞ。話はそれからだ」
踵を返す父の後をついていく。あっさり扉が開いて、ルイーズは軟禁から開放された。
父がいるのならもう大丈夫。安心だ。王太子にもシャルロット嬢にも話をして、何とかまとめてくれるだろう。
と、この時はそう思っていた。
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