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静かなひととき
しおりを挟む冬になり、セシルは一歳になった。まだまだ小さく、この間やっとつかまり立ちをして周囲を驚かせた。アーサーはその場にいなかったから、話を聞くなりセシルが立つまで待つと言って一週間居座った。最後は思いのほか胆力のある従者に引っ張られて王宮へと戻っていった。
あの一件で、王妃は冬の間を北の離宮で過ごした。北の離宮は夏に使う所だから、実質的な軟禁場所だった。
あの二人とトムも塔に送られたあと、国外退去となった。その後も監視が続いているというが、その動向はエリザベスの耳には届かなかった。
エリザベスとセシルは相変わらず実家に留まっていた。アーサーが一週間に一度はやって来て、共に過ごしてはとんぼ返りしていく。忙しいだろうからそんなに頻繁に来なくていいと言うのだが、譲らなかった。
春になり、庭に出てみる。エリザベスが薔薇がよく咲く季節になりましたねと言うと、見てみたいと言い出した。
「薔薇など、王宮の庭に比べたら見劣りしますよ」
「どこで咲こうが薔薇は薔薇だ」
エリザベスが先導して花園へ入る。セシルはよく寝ていたから侍女に任せてきた。使用人も下がらせて今は二人だけ。通路の両側は薔薇が咲き乱れていた。むせかえるような薔薇の香りに包まれ、ゆっくり奥へと向かう。
「よくこれだけ揃えたものだな」
「母の趣味ですよ。外国からも珍しく品種を取り寄せて、私にはさっぱり分かりませんが」
「興味無いのか」
「そういうわけではありませんが、母はそれだけ専門的なんです。私は一般的な普通の薔薇で十分」
顔を近づけて匂いを嗅ぐ。紫と白の混じった変わった色でも、匂いはそこらと同じだった。
「そろそろ王妃さまが王宮にお戻りになると聞いたのですが」
「あれだけの悪事を働いても王妃は王妃だからな。グレア国に機密を渡したことも、うやむやになっている。王妃の為ではなく、国を売った王妃の息子が王になることに批判が集まらない為に、公式にはその事実は伏せられている」
「貴方のため、ですか。ずいぶん消極的な解決方法なのですね」
「今回、告発したのはニセ金の件だけだ。まだ俺への暗殺未遂が残っている。俺は優しいからな。王になったときにでも、ゆっくりその件をチラつかせて隠居させてやるさ」
エリザベスの心配をよそに、アーサーは話が終わったとばかりに薔薇に見入っている。彼も母と同様に、そちら方面に興味があるのかもしれない。
「気に入ったものがあれば、お母さまにお許しを貰ってからお譲りしますが」
「いや、見てみろよ」
指差す方を見てみる。緑色の毛虫が茎をよじ登っていた。
「これが?」
「かわいいだろ」
「………気に入ったのであれば、お持ち帰りください」
「刺されると痒いからいらない」
花よりも毛虫に興味がおありになるらしい。男なのだからその方が自然か。
「まぁそんな深刻に考えるな。ここにいれば安全だ。この前みたいに王宮から呼び出しがあっても病と称して断ればいい」
「私は何者になるのですか」
「将来の王妃だろ」
「貴方の支えになりたいのに、守られてばかりでは、心苦しいです」
既にエリザベスがアーサーの妻だと、公然に知られている。皇太子の妻が、いつまでも実家にいては外聞が悪い。例え本当に病だとしても、皇太子の指示でここに留まっているとしても、妃殿下の役目を果たさないエリザベスに非難は向けられる。王宮社会とはそういうものだ。
「王宮に移るのならそれなりのしきたりに縛られる」
「前も経験済みです。上手くやれる自信はあります」
「セシルを育てられなくなるが、いいのか」
そこでやっと理解する。いつまでも王宮に呼び寄せないのは、危険だからだと思っていた。
王宮では、子は乳母が世話をする。会いに行っても、宝石を身につけている身では、子を傷つける恐れがあるため、抱き上げることも出来なくなる。
自分の手でセシルを育てたいという意志を尊重してくれていたのだ。
エリザベスは胸がじんわりと温まっていくのを感じた。
「…お優しいのですね」
アーサーは顔を背けた。毛虫なんかを見ているフリをしている。
そんな彼の肩を叩く。
「アーサー、そろそろ出ましょう」
「来たばかりだぞ」
何でもない顔をする彼の腕に、そっと手を添える。
「歩きたいんです。お庭を一周してから戻りましょう」
「…歩きたいのか」
「歩きたいんです」
触れたところが、温かくなる。熱を共有して、ゆっくり花園を出る。我が家の庭園はそんなに広くはないが、ひと回りするにはそれなりの時間がかかる。その時間を惜しんで、エリザベスはわざとゆっくり歩いた。アーサーも歩調を合わせてゆっくりと歩く。他愛のない話をして、静かに屋敷に戻った。
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