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嫉妬と無自覚
しおりを挟むローズマリーは王宮で実に好評らしい。微笑みと落ち着いた対応、ユーモアもあり、話した人を良い気分にさせる。高身長で、たっぷりとした金髪、白い肌。華があり、どこでも目立った。派手好みの宮廷人から受け入れられるのも理解できた。
ローズマリーの出現により、エリザベスもちょうど同時期に宮廷に上がり認知されるようになったので、度々比べられた。評価はさんざんなものだ。皇太子妃のくせにいつまでも実家に閉じ籠もっているだとか、話をしても面白くないだとか、いつも暗い顔をしているだとか、そんな具合だった。
エリザベスは鏡で自分を見てみた。髪を梳く。黒髪で、冴えない容姿。華がない。皆がローズマリーを求めるのも無理はなかった。
支度を終えて隣の部屋へ。アーサーは座って本を読んで待っていた。扉が開く音に気づいて、立ち上がってエリザベスの元にやって来た。
今日は夜会。舞踏ももちろんする。エリザベスは地味な見た目なりに頑張って派手な装いにしてみた。
「珍しい服を着てるな」
アーサーは首をひねる。あまり良い反応でなく、エリザベスは胸に手を当てた。
「変でしょうか」
「リズらしくない。緑のドレスが悪いわけじゃないが、虫みたいだな」
「むし…」
エリザベスは少なからずショックを受けた。その間にアーサーはエリザベスの周りをぐるぐる回った。
「リズが選んだのか?」
「はい…たまには、派手な服にしようと思いまして」
「で、その虫の色か」
「…着替えてきます」
「まぁ待て。俺が選んでもいいか」
「貴方が?」
「俺好みで仕上げてみたい。楽しそうだ」
早く来いと言わんばかりに隣の部屋へ手招きされる。小走りで向かうと、早速、アーサーは侍女にあれこれと指示を飛ばしていた。
何着かのドレスが運ばれる。どれも白のドレスだ。アーサーが指さしたドレスを着る。肩が大きく出たもので、胸元の大きなリボンは薄紫だ。結い上げた髪には同じ薄紫のライラックの髪飾りを付けられる。装飾はそれだけ。ネックレスは取り外された。
アーサーはまたくるりと一周して満足そうに頷いた。
「よし、これで行こう」
「あの…肩が…それにネックレスをしないなど…」
「肩のラインが綺麗だから出したほうがいい。肌も白いしな。ネックレスなど野暮な物はいらん。これで十分だ」
ほら、と背中を押される。本当にこれでいいのだろうか。大胆な装いが恥ずかしく、不安だった。
不安とは裏腹に、挨拶に来る者たち全員が、本日はお美しいなどと言ってくる。エリザベスはアーサーが隣にいるからだろうと思って、表向きは嬉しそうに微笑んだ。
僅かに人が途切れた時にアーサーが顔を近づけてきた。
「よく似合ってる」
「…ありがとうございます」
「嬉しくないのか」
エリザベスの反応を妙に思ったらしい。エリザベスは首を横に振った。
「いいえ。選んでいただき、ありがとうございます」
「今度は俺好みのドレスでも仕立てさせるか」
「無駄遣いはやめてください」
「少なすぎるくらいだ。ローズを見てみろ。お前の何倍もドレスを作ってる」
ローズマリーの名前を出されて不機嫌になる。エリザベスは扇を広げた。
「でしたら、ローズマリーさんをお相手になさればよろしいではありませんか」
「なんでそうなる」
「彼女は宮廷のホステスとしては申し分ないお方です。滅多に参上しない私より、余程ふさわしいと思いますが」
「意味が分からないな。前とは違うんだぞ」
言い合う途中で、まさに当の本人のローズマリーがやって来る。二人は会話を中断した。
言い争いの原因のローズマリーは、何も知らぬまま挨拶をする。水色のドレスを纏い、四連のパールの真ん中にトルコ石を嵌めたチョーカーを付け、全体的に淡い仕上がりになっている。今日も隙のない、見事な装いだ。
ローズマリーの挨拶に何食わぬ顔でアーサーが応じる。エリザベスが無視していると、背中を叩かれた。お前も何か言えということらしい。エリザベスは反抗して背中を叩き返した。
隠しきれていない二人のやり取りを目撃したローズマリーが、目をぱちくりさせる。エリザベスは幼稚過ぎたと反省し咳ばらいをした。
「本日はとても人が多いですね」と言ってみる。
「…ええ。妃殿下が出席されると聞いて、みな一目見ようと集まっておいでですのよ」
「まぁそうでしたの。私はてっきり、ローズマリーさんを見に来られたものだとばかり思っていました」
「リズ」
アーサーにたしなめられて、エリザベスはそっぽを向いた。代わりにアーサーが話しだす。
「よく分からないが拗ねてるんだ。気にしないでくれ」
「仲がよろしいのですね。羨ましいです」
「喧嘩ばかりしてる時もあるがな」
「喧嘩するほど、と言うではありませんか」
ほほ、とローズマリーは控えめに笑う。アーサーもつられて笑っていた。こういう場面は今までも何度か遭遇していた。なにかと気が合う二人に、エリザベスは為す術もない。何でこんなことで苛立っているのか、自分でもよく分からない。なんだか、惨めな気持ちになってきた。
「…殿下」
「どうした」
「気分が悪いので下がります。どうぞ楽しんでらして」
「あ、おい」
アーサーの引き止めを無視してさっさと下がる。このまま屋敷へ帰ってしまおう。そうしたい気分だった。
広間を抜けて人気のない廊下を歩く。走り寄る音がして振り返る。アーサーは追いかけてきた。エリザベスは無視して歩き続けた。闇雲に歩いていると、手を掴まれ肩を抱かれる。離してと言う間もなく、適当にあった部屋に連れてかれる。肩を抱かれたまま、扉の鍵が締まる音がした。
「離して」
「なに怒ってんだ。言え」
「気分が悪いだけです」
「ローズが気に入らないのか」
「…………」
「図星か」
アーサーを睨みつける。
「──そうです。気に入らないんです」
「そんな子供みたいなこと言うなよ」
「私はこの通り黒髪で、見栄えが悪うございます」
「他所は知らんが俺は気に入っている」
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「同じ顔だぞ。似合うって言えるのかそれ」
いちいち言い返してくるアーサーに腹が立ってくる。全然、自分の気持ちを分かってくれない。
「貴方が、親しげにローズなどと呼ぶのが、気に入らないんです」
語気を強める。胸がすっきりしていた。一番言いたかったのはこれだ。
一拍置いてアーサーが目を細める。口がつり上がって、もうすぐこの人は笑い出すと思った。
その通りにアーサーは笑い出した。エリザベスはもう開き直ることにした。
「好きなだけお笑いになればよろしいんです。私は屋敷に帰りますから」
アーサーは更に笑う。笑えと言ったがこんなに大笑いされると腹が立つ。
「ははっ、可愛いところあるんだな」
「何がそんなにおかしいのか分かりかねます」
「なぁもう手袋外していいだろ?」
「手袋?勝手に外せばいいじゃありませんか」
おざなりに答える。するとますますアーサーは笑って、手袋を外した。
する、と髪を撫でられる。肌をかすめる。温かな手だった。
「リズ。戻ろう。君と踊りたい」
「私は気分が悪いと言いました。怒ってもいます」
「ローズマリー嬢に見せつけれやればいい。楽しい気分になれば、悪い気分も吹き飛ぶ」
「そのローズマリー様と踊ってらしてください。慣れてらっしゃるでしょう」
アーサーの顔が近づく。あ、と思ったときには口が合わさっていた。後頭部を押さえられて逃げられない。
エリザベスは直ぐに耳を思いっきり引っ張ってやった。アーサーはたまらないとばかりに顔を離す。
「痛いぞ!何するんだ!」
「こっちのセリフです!勝手にそんなことしないで!」
「なんでた。そういうタイミングだっただろ」
エリザベスは口を拭った。おい、と怒られるがこっちがそう言ってやりたい。
「何がどういうタイミングなのですか」
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「馬鹿」
アーサーはまた笑い出した。不機嫌になればなるほど、アーサーは喜ぶ。エリザベスはなんだか馬鹿らしく思えてきて、もうどうでもよくなってきた。
「──もういいです。戻りましょう」
「エリザベスとしか踊らないと約束する」
「そういうわけにはいかないでしょう。いいですから」
アーサーは懲りずにエリザベスの手を握ってきた。男らしい大きな手。視線は自分に注がれている。彼の唇には紅がついていた。ハンカチで拭き取る。何がそんなに楽しいんだか。また彼は笑い出す。部屋の外からは既に演奏が流れている。私たちは急いで大広間へ戻った。
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