【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

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夢(アーサー視点)

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 赤子の泣く声が聞こえる。アーサーは静止の声も聞かずに部屋の扉を乱暴に開けた。

「エリザベス!」

 呼びかけの声に反応する声。かき消えてしまいそうな、弱々しい声。アーサーは聞き逃すわけがなかった。

「殿下…」

 手を握る。驚くほど冷たかった。ずっと拳を握っていたから、血が通わなくなっていたらしい。温めるようにその手を強く握った。

 使用人が産まれたのはお世継ぎだと告げる。そのままをエリザベスに教えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 
「お役目、果たせてよかった…」
「よく休んでくれ」

 エリザベスはうなずく。

「セシル…」
「ん?」
「セシル…この子の名前…」
「セシルの冒険か」

 それはエリザベスの好きな童話だった。セシルという心やさしい少年が、暴力でなく知恵や話し合いで解決していく冒険譚。

「優しくて、勇敢な子になってほしいんです」
「そうなるだろう。さ、休んでくれ。そばに居るから」

 エリザベスは微笑んで目を細める。こちらを見つめたまま、ゆっくりまなこが閉じられて、二度と目を覚まさなかった。






「──ーサー…アーサー」

 誰かの呼び声がする。柔らかな温もりが心地よくて、微睡まどろみから抜け出せない。

「アーサー!邪魔!」

 ペしりと頭を叩かれる。アーサーは一気に覚醒して顔を上げた。見ると、エリザベスに覆いかぶさるように、眠っていた。
 仰向けでこちらを睨みつけてくるエリザベスは、やれやれと言った表情でアーサーを押しのけて起き上がった。アーサーも自然、身体を起こす。まだ頭は夢の中。ぼんやりとした思考の中、エリザベスの頬に触れると、直ぐにはたき落とされた。

「何回呼んだと思ってるんですか。死んだように寝て。もっと離れて寝てくださいな」
「…生きてる…」
「さすがに死んだとは思ってませんよ。死んだようにと。…アーサー…?」

 手を取る。温かい。間違いなく生きている。

「アーサー?」

 全てが夢だったのだと、よかったと、本気でそう思った。少しの間だけでも、そう思えて良かったと思った。
 




「ダッカンへ?」

 アーサーは眉をひそめる。呼び出されて来てみれば、ダッカン国への訪問要請だった。

 執務室に座っている陛下は何食わぬ顔で、側近に上奏文を手渡した。

 陛下に代わり、側近が口を開く。

「ダッカンは先の件で皇帝一家が暗殺されました。民衆が蜂起していましたが、王弟が即位し、無事にこれを鎮圧しました。大々的な戴冠式を行うことで、内外に国の安定を示したいようですね」
「そんなことぐらいは知っている。戴冠式に私とエリザベスが出席する意味は」
「ダッカンとは長年の敵対国ですが、我が国としても、王権が倒せる存在と民衆に気づかせたくはありません。国と認められる為には、王家の存在が不可欠であると、民衆に知らしめる狙いがあります」
「民の機嫌取りに王族われらが敵対国に赴くとは」

 嫌味を言ってやると、側近は困ったように陛下を伺った。陛下は手を振って、側近を下がらせた。
 親子ふたりだけになり、王は立ち上がってアーサーの目の前に立った。

「何が気に食わない。今までもダッカンに何度か訪問してきただろう」
「エリザベスの同行は取りやめてもらいたい。危険です」
「グレア国や他の国は皆、夫婦で出席する。うちだけ欠席というのは無理だ」
「なら父上と母上が行って来ればいい」

 そんなことを言い出した息子を王はたしなめる。アーサーは全く堪えない。

「父上には話しますが、私は彼女を妻とするために無理やり褥を共にしました。一生をかけても消えない罪を負っているのに、更に彼女を危険な目に晒すような真似は出来ません」
「それは私の預かり知らぬ所だ」
「父上」
「なら何故、妻とした。自分の立場は分かっているだろう。無責任なことをしておいて、私に意見するのはお門違いだ」

 エリザベスが妃殿下の位にいる以上、逃れられない公務。危険だからという理由がまかり通るわけがない。

 アーサーはだが引かなかった。

「なら弟に行かせてください。そろそろ外交をやらせたほうがいいでしょう。必要なら私も同行します」
「愚見を。付き合ってられん」

 一蹴され、アーサーはキレた。

「ああ分かったよ行けばいいんだろクソ親父!どうなっても知らんからな!」
「お前は直ぐに短気を起こしおって!治せといつも言っているだろう」
「あと五年は早くくたばれ!」
「アーサー!」

 勢いよく扉を開け放って部屋を出る。アーサーは大きな音をさせて廊下を歩いた。

 


 盛大に足音を響かせて歩いていると、遠慮がちに声をかけられる。アーサーは立ち止まった。

「レオン」
「兄さん、また父上と喧嘩したの?」

 本を抱え近寄ってくる人物。アーサーの弟のレオンだった。茶髪に茶色い瞳。三つ下の、父に似ている弟だが、物静かな性格は誰にも似ていなかった。

「そういうお前はまた図書館か」
「うん。面白いんだよこれ。兄さんも読む?」

 アーサーは背表紙を確認する。思わず吹き出した。

「今さら童話読んでんのか」
「勉強になるんだよ。話の組み立て方とか。簡潔な文章でどう伝えるかとか、参考になる」

 弟は密かに小説家になる夢を抱いていた。親には秘密だった。応援する気はないが、だからといって告げ口するつもりも無く、ただ黙っているだけだった。

「もうすぐ書き終わるから、出来たら見せるね」
「読む暇あったらな」
「エリザベス義姉上あねうえに見せるからいいもん」

 アーサーは、レオンの頭を鷲掴みにした。レオンは止めて!と暴れた。

「兄さんいつも義姉上あねうえの話をすると怒る」
「…ローズマリーいるだろ?」
「兄さんにそっくりな人でしょ。みんな知ってるよ」
「リズがな、嫉妬してたんだ」
「ローズマリーさんに?」
「俺が彼女と仲良くしてるから、嫉妬してたんだ」

 だから?と、レオンが聞いてくる。アーサーはうんうん頷く。

「嬉しかった。俺だけがリズのこと好きなんだと思ってたから、ちゃんとリズも俺のこと好きだったんだな。安心した」
「…あ、そう」
「ああそうだ。童話読んでるなら適当に選んで持ってきてくれ。セシルに読ませる」

 レオンは無言で手元の一冊の本を渡してきた。アーサーは片目だけ細める。他のをと言おうとしたが、夢の話を思い出す。これも何かの縁かと、アーサーは受け取った。



「これならとっくに読ませましたよ」

 ベットの上で受け取った本をめくりながら、エリザベスは言った。昼間なのにまだベットの上にいるのは、彼女が熱を出したから。そのせいで本当なら屋敷に戻るつもりが、こうして王宮に留まっている。白い寝巻き姿のまま、エリザベスは本を傍らに置いた。

「セシルの冒険に、外伝が出るそうですよ」
「なら買っておかないとな」

 エリザベスはくすりと笑った。

「作者がダッカンの人ですから、訳本が出るまではまだかかりますよ」
「ダッカン?」
「知らなかったの?ほら」

 エリザベスは本の最後のページを見せた。すると確かに、作者名の下にダッカンの国の言葉が書かれていた。

「今向こうの情勢は不安定ですが、こうしてちゃんと新作を発表してくれるんだから感謝しませんとね」
「…今日は変な偶然ばっか起きるな」
「そうなの?」

 アーサーはダッカンの戴冠式の話をした。

「我が国からは俺とリズが出席する」
「何も聞いてません」
「俺もさっき聞いた」

 エリザベスの額に汗が滴る。アーサーは盥に浸してあった布を絞ってぬぐった。

「体調は?」
「大分良いです」
「俺が上に乗って寝てたのに風邪を引くなんてな」
「寝相悪過ぎですよ。布団も下に落ちていましたし、やはり二つ用意してもらおうかしら」
「それがいいかもな。リズ、身体を拭く。脱がせるぞ」
「自分でやります」
「世話したい年頃なんだ」

 首元を拭く。エリザベスはくすぐったそうに身をよじる。

「もっと強く拭いてくださいよ」
「余り強くすると赤くなってしまう」
「そんなにやわじゃないですから」
「…細い首だ」

 何気なく言った後、無神経な言葉だったと気づいて、アーサーは手を引っ込めた。エリザベスの強張った顔を見て、強く後悔する。

 首という言葉に処刑を思い出さない筈がないのに。

 エリザベスは小さく息をつくと、アーサーの頬を思いっきりつねってきた。アーサーは甘んじて受けた。

「アーサー、ダッカンに行ったら、外伝買ってください」
「何でも買ってやる」
「じゃあ、シアーレッドの布地買ってください。セシルが喜びますから」

 頷いて、そっと首から鎖骨にかけて拭き上げる。弱すぎたらしい。エリザベスは自分でやります、と布を奪っていった。


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