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ダッカンへ
しおりを挟むダッカン国へ向かう馬車の中で、エリザベスはアーサーの靴先を足でつついた。よく分からない紙の束を読みふけっていたアーサーは顔を上げた。
「どうした」
「ダッカンのこの状況は、前と同じなのですか?」
アーサーは壁に寄りかかって窓から外を覗く。既に国境を越え、ダッカン国内に入っている。穀倉地帯が広がる川沿いの道だから、一面小麦色で、眺めるには心地よい風景だ。
「前と同じだ。王弟が王位に付き、俺は戴冠式に出席した。その時はレオンと一緒だったがな」
レオン。アーサーの弟だ。三つ下の彼は、父親似ではあるが、穏やかな性格の持ち主で、いつも図書館に入り浸っている。本の虫だ。
アーサーは紙の束を見せてきた。ページ数が振られていて、小説のようだった。
「レオンが書いた小説だ」
「まぁ、そんな趣味を」
「趣味で終えるつもりはなさそうだけどな。誰にも言うなよ」
目を通してみる。揺れる馬車で読んだら酔いそうだが、昔からそういったものとは無縁だった。一枚ずつ折り目を付けないように気をつけながら読んでいくと、なかなかに面白い。エリザベスは夢中になって読みふけった。
肩を叩かれ、顔を上げる。アーサーが窓を指差すので見てみる。
平坦な道を進んでいたと思っていたが、いつの間にか山一つを超えていたらしい。峠から広大な街並みが見下ろせた。
「あれがダッカンの首都、ラッカだ」
「大きな都ですね」
「有象無象の集まりだ。治安も悪い。宮殿に入るまでは外見ないほうがいいかもな」
「民衆の王族に対する不満がそれだけ募っているのですね」
「王族だけでなく貴族にもな。戦争をし過ぎた。貧乏なくせに見栄張って戴冠式なんかするから、また借金が膨らむな」
「この国の行く末を知っているでしょう?この国は、どうなるのですか」
アーサーは腕を組む。そうだな、と呟く。
「セシルの冒険、好きだろ」
「それが?」
「あと何巻出るか教えてやろうか」
はぐらかしているのが見え見えだった。エリザベスは半目になって睨んだ。
「何故そんな意地悪するんですか。知る必要が無いからですか」
「あれこれ知っても我々にはどうすることもできない。セシルの冒険の作者は生き延びて、何冊も続刊を出す。そういう良い話だけを教えてやりたい」
「どうせなら皆が幸せになったほうがいいのではないですか」
「どうすることもできない。この国は五十年前から終わっている」
つまりこれから、この国はエリザベスの想像出来ないような悲惨な未来が待っているのだ。
「だが俺が知っている未来とは相違がある」
「それはなんですか」
「君が生きている。それに一年早くセシルを産んだ」
「私が何かの嚆矢になり得ると?」
「出来ればそんな大役を担ってほしくは無いが、何がどう転ぶか分からない。今回、俺たちはこの国ではただの客人だ。客人らしく振る舞えばいい」
言い様、アーサーは手を組んで腕を上に伸ばす。ずっと馬車の中で体が固まっているのだろう。エリザベスもずっとレオンの小説を読んでいて首が痛い。首をゆっくり回した。
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