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16・美味しい物はどこですか?

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 そのお店は、香辛料や香草薬草や乾燥果実を扱っている商店だった。
人の好さそうな小太りの店長さんは、実は大陸中に支店をもつ商会の二代目さんだった。彼は心の底から先ほどの商売相手の男の行いに怒り、ファミリを心配し、店長ながら店員を護れなかったことを悔やんでいる様子がありありと感じ取れた。

「大の男が、こんなに小さな女の子に手を上げるなんて…」

 私も一緒に憤りながら傷の手当てを続けていると、申し訳なさそうに涙目のファミリが頭を下げた。

「謝らないで。こんな時は『ありがとう』って言ってもらえる方が嬉しいわ」
「はい、ありがとうございます。…傷も打った所もなんだか痛みが消えて来て…薬師様ですか?」
「いいえ。旅の魔導士よ。旅をしているから、薬も自分で作れるようにしてるの。役立ってよかった」

 腰袋から取り出した傷薬をあちこち塗ってあげながら、気づかれないように小刻みに痛みを消す。

「申し訳ないです。店長の私が急いでやらないとならなかったのに…」
「ちょうど通りかかったので、構いませんよ。店長さんも大変そうでしたしね?」
「全く、とんでもない客ですよ。この国でよくも堂々と言えたもんです!衛兵に訊かれたら罰金ですよ。――――ファミリ、今日はもう上がっていいよ。帰ってゆっくり休んで、明日は頑張っておくれ」
「はい…では」

 打ち身に効く塗り薬を小さな合わせ貝に入れて渡し、何度も礼を言いつつ足を引きずって奥へ入って行ったファミリを見送った。年端も行かない少女の哀れな後ろ姿は、見送る私たちの心を陰鬱にした。

「…旅のお嬢さん、ありがとうございました。お時間があるようでしたら、お茶でも?」

 店長さんのにっこり福福しい笑顔に、断るのは不調法かとありがたく誘いに応じることにした。そこでようやく忘れていたルードが、ひょっこりとデカバッグから顔を出して可愛らしく鳴いた。

「おや?愛らしいお連れさんもいらしたようで…どうぞ、ミルクでもご用意させましょう」
「ルードよかったね!では、遠慮なくご馳走に」

 手招きされて、店の奥の商談の一室にお邪魔した。華美ではないけれど、それなりの調度で飾られた品の良い部屋で、モダンな猫脚のソファに腰を下ろした。

「改めまして、このスーミルでフォルゲン商会を営んでおりますドミと申します。従業員がお世話になりました」
「いえいえ、通りかかったのも旅の縁と。私はグランバトロの北部に住む魔導士のアズ。アルセリアは初めてなので、何か珍しい物はないかと足を向けてみました」
「それは遠い所から…」

 ノックの後に、年配の女性従業員さんがお茶とお菓子のワゴンを押して入って来た。
思わず私とルードの視線が釘付けになる。爽やかなお茶の香りと、焼き菓子のイイ匂いが部屋に広がって、まだ昼食を取っていなかった私たちを魅了した。

「どうぞ、ごゆっくり」
「さあ、召しあがってください」

 ドミさんの笑顔もだが、このお店の従業員さん達の笑顔は、とても素敵だった。わざわざルードに用意したミルクの皿をソファに下に置いてくれて、お菓子まで添えてくれるなんて!待ちきれないとばかりに、ルードは私のお腹を蹴って飛び降りた。そして、従業員さんに向けて「にゃあ」と一鳴き。

「まあ、賢い子ですねぇ」

 目を細めてルードを見ると、またにっこり笑んで一礼して部屋を下がって行った。

 私は、あらためて腰を落ち着け、お茶とお菓子を堪能。美味しくて頬が上がるのを感じる。しっとり柔らかい感触とたっぷりのバター風味に満足の吐息が零れた。

「美味しい…こんなにたくさんのバターを使ったお菓子を…」
「ああ、北の国ではバターは高価でしょう。貴族様限定の材料になりますか…」
「はい。庶民には滅多に回ってこないですね」
「ここは農業もですが牧畜も盛んでして、ミルク生産も多い。そのためミルク加工も進んでおりましてね。バターも入手しやすい食品なのですよ。持ちは短いが、船便なら帝国やロンベルト辺りまでなら輸出できますし」
「やっぱり来て良かった~」

 チーズは難しいが、バターは生クリームまで進めれば割とたやすく生産できる。ここで作られているバターは無塩がポピュラーで、焼き菓子やスープに使う材料として使われている。炒め料理や焼き料理、パンに練り込んだりはまだ出会っていない。

「珍しい物をとおっしゃいましたが、何かお探しで?」

 さすがは商人!私の表情を読んだのか、すぐに意味ありげな笑顔を向けて来た。

「はい!チーズと言うもので…やはりミルクの発酵食品なんですが」
「チーズ…もしかしたらフォマージかも…」

 私の説明に、ドミさんは笑顔を消して思案顔で呟いた。
フォマージ――――フロマージュのことかい??仏語でチーズを指すんだけど。どうなってんだ、異世界言語。バターは英語だし、パンは…パンも仏語だった!
 ――――私の持つギフトの【全言語翻訳】ってやつが、原因か??それにしても、統一性のなさが気になる。
 と、直後にその問題に対する回答が、ドミさんの口から語られることになった。

「知っていらっしゃるかも知れませんが、ミルクやバターなど色々な物が、昔この世界へ降臨なさった聖女様や勇者様から頂いた知識を元に作られたのですよ。各国で専門家が集まってたくさんの物を開発しようと試行錯誤したようです。この辺りの部族や周辺の小国などは気候や材料の豊富さから、主に食品関連が多かったとか。多種多様な香辛料や香草なども、その知識の賜物なんです。それが今では、この国の特産になっております」

 なるほどーと納得の答えに、私は何度も頷いた。
 召喚された聖女も勇者も、全員が日本人だった訳じゃない。アレクみたいに他の異世界だったり、私たちと同じ世界でも違う国からだったりしたら―――――こりゃ、一度調べてみる価値ありだね。

「その!フォマージが欲しいんですが!」

 身を乗り出さんばかりの勢いで、ドミさんに迫った。若干引き気味だったが、ドミさんは快く取り扱い店への紹介状を書いてくれると約束してくれた。その前に、ドミさんの店でもお買い物。
クミン・カルダモン・アニス・ターメリック…まだ見つからなかった香辛料を片っ端から購入。それと茶葉。従業員さんから試飲と丁寧な説明を受け、気に入った三種類を。支店がグランバトロ王国にもあるとのことで、以後はそちらでと。
 いっぱいの買い物と、お菓子のおすそ分けを手に(インベントリに入れたけど)、ドミさん達の見送りを背に手を振ってお店を後にした。時間を考慮して、その日は宿へと直行した。

 チーズらしきものは、明日の楽しみに。
 
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