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第12話 朱の記憶、あるいは美の侵略
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1998年、6月。京都の朝は、古い木造建築の匂いと、湿り気を帯びた初夏の風と共に明けた。
昨夜、枕投げと不毛な恋バナで狂騒の極致にあった大部屋も、深夜2時を過ぎる頃には静まり返り、15歳の少年たちは重なり合うようにして泥のような眠りに落ちていた。
「……ん、あー……。葛石、お前もう起きてんのかよ」
門廻邦彦が、寝癖だらけの頭を掻きながら体を起こした。
俺は、午前5時には覚醒し、窓際のわずかなスペースで最新の経済指標を頭の中でアップデートしていた。、鋭利で整った貌は、寝起きの気だるさなど微塵も感じさせない。
「……情報の鮮度は、睡眠時間よりも重要だ。邦彦、早く顔を洗ってこい。2日目の班行動が始まるぞ」
朝食会場に向かう廊下で、昨夜の「事件」はすでにクラス中に広まっていた。
「おい葛石! 昨日の好きなタイプの話、マジかよ! 『幻想を維持できる知性』って、お前、哲学の先生かよ!」
「もっと可愛げのある答えしろよなー!」
男子連中の野次が飛ぶ。
だが、その輪の中に、朝霧のように爽やかな気配を纏った東鶴襟華が現れると、野次は一瞬で静まり返った。
弾けるような笑顔と知的なショートカット。制服のブラウスをパリッと着こなした彼女は、野次を飛ばしていた連中にさらりと向き直った。
「いいじゃない、素敵だと思うわよ。自分の価値観をちゃんと持っているってことでしょう? ……少なくとも、木刀を買って喜んでいる誰かさんよりは、ずっと理解できるわ」
「うぐっ……! それ、俺のことかよ!」
邦彦が胸を押さえて悶絶する。
「「「お、おぅ……」」「さすが襟華、言うことが違うわ……」」
周囲は彼女の肝の据わった返しに、感心と困惑が入り混じった反応を見せる。襟華は俺の隣に並ぶと、いたずらっぽく瞳を輝かせた。
「任三郎くん。昨日の『幻想』の話、あとでもっと詳しく聞かせてね。……私の知性が、あなたの合格ラインに達しているかどうか、テストしてほしいから」
「……東鶴さん。君はすでに、テストを受ける側の立場ではないと思うがな」
俺はあえて視線を外した。2043年の地獄を知る俺の「合格ライン」など、今の彼女が知る必要はない。だが、彼女のその真っ直ぐな視線は、俺の冷徹な仮面に微かな亀裂を生じさせていた。
「いいか、今日は班ごとの自由行動だ。だが、羽目を外しすぎるな! 時間厳守、マナー厳守、そして不審者には絶対についていくな! 何かあったらすぐにこの緊急連絡先に電話しろ!」
担任が、1998年特有の「重い受話器のイラスト」が描かれたプリントを振り回して念押しする。
俺たちの班は、予定通り6人で構成されていた。
俺、邦彦、襟華、北子直樹。そして1組から合流した上波茜、日名川彩。
「移動はタクシーをチャーターした。京都市内の渋滞と、バスの待ち時間という『時間的損失』を回避するためだ」
俺の提案により、俺たちは予約しておいた個人タクシーに乗り込んだ。1998年の京都。まだ観光公害という言葉が生まれる前の、しかし修学旅行生という「確実な需要」に支えられたタクシー運転手たちは、さながら街のコンシェルジュだった。
「葛石、お前、中学生でタクシーチャーターって……。発想が完全に実業家だな」
直樹が感心したように呟く。
「……効率化だよ、直樹。56kbpsのモデムを待つのと同様、バスを待つ時間は人生の浪費だ。……東鶴さん、今日の行程の主導権は君に任せる」
「了解! 班長として頑張っちゃうわよ」
襟華が、父から借りた『Canon IXY』を首から下げて意気込む。
「まずは祇園周辺を散策しましょう。舞妓さんに会えるかもしれないわね」
「舞妓か……。だが東鶴さん、昼間に祇園を歩いている舞妓さんの多くは、観光客向けの『体験舞妓』だ。本物の舞妓は、日中は稽古場と置屋を往復している。夕暮れ時に、タクシーからさっと降りてお座敷へ向かう姿こそが、本物の美学だよ」
「……もう、夢のないこと言わないで!」
襟華が頬を膨らませる。だが、俺の「豆知識」は、班の女子たちの興味を惹くのには十分だった。
祇園周辺に到着した俺たちは、襟華の強い要望により「着付け体験」を行うことになった。
1998年、まだ現在のような格安のレンタル着物店が乱立する前。老舗の呉服屋が修学旅行生向けに提供している、質の高い着付けプランだ。
「……葛石くん、門廻くん、少し待っていて」
茜が、圧倒的な気品で告げ、女子3人は更衣室へと消えていった。
30分後。
暖簾を潜って現れた彼女たちの姿に、俺の内側に潜む60歳の亡霊は、文字通り絶句した。
襟華は、明るい朱色に小花を散らした、彼女の弾けるような明るさを象徴する着物姿だった。浴衣とは違う、帯で締め上げられたことで強調された華奢な腰のラインと、ショートカットから覗く真っ白なうなじ。
茜は、深い紺色に銀糸で流水紋を描いた、高潔な着物を選んでいた。170cm近い長身に、着物の縦のラインが恐ろしいほど映える。陶器のような肌が、紺色の布地と対比して発光しているようだった。
そして彩は、淡い若草色の、目に優しい上品な一着。透明感のある美しさが、和装の奥ゆかしさと完璧に調和していた。彼女が動くたびに、上質な絹の擦れる音が、周囲の空気を浄化していく。
「……おい任三郎。これ……、これ、俺たち、同じ班でいいのか? 何かのバツゲームじゃないよな? 美しすぎて、息ができないぜ」
邦彦が、顔を赤くして視線を泳がせている。
「……審美眼が、処理能力を超えているな。情報の密度が、高すぎる」
俺は、冷徹な瞳を、珍しく泳がせた。
彼女たちは、単なる「可愛い同級生」ではなかった。
1998年の京都という、古い美意識の集積地において、彼女たちは「美の侵略者」として君臨していた。周囲の観光客たちが、一斉に足を止め、彼女たちを本物の舞妓か何かと勘違いしてカメラを向ける。
「葛石くん、似合ってるかしら? ……変じゃない?」
襟華が、着物の裾を気にしながら、少し不安そうに俺の顔を覗き込む。
「……変なわけがあるか。東鶴さん。……君のその姿は、この京都という街が1000年かけて積み上げてきた価値を、一瞬で上書きしてしまうほど、暴力的だ」
「……暴力的? ふふ、あなたらしい褒め言葉ね。ありがとう」
襟華が、チャーミングな笑顔で微笑んだ。
俺たちは、華やいだ空気の中で八坂神社へと参拝した。
朱塗りの西楼門が、女子たちの着物姿をいっそう鮮やかに引き立てる。
「ここは素戔嗚尊が祭神なの。厄除けはもちろんだけど、縁結びでも有名なんだから。……葛石くん、ちゃんとお願いしなさいよ」
襟華が、しおりに書き込んだメモを読みながら解説する。
「……素戔嗚尊か。荒ぶる神でありながら、文化の祖でもある。……破壊と創造、まさに今のマーケットに必要な神だな」
「またそんな話……。あ、見て! あそこにあるの、『美御前社』よ。美の女神様が祀られているの」
茜と彩が、境内の隅にある小さな社に目を留めた。
そこには『美容水』と呼ばれる湧水がある。
「この水を肌につけると、身も心も美しくなるって言われているのよ。……葛石くん、私たちにも必要だと思う?」
茜が、涼しげな瞳で問いかける。
「……上波さん。君たちがこれ以上美しくなれば、周囲の男性たちの正常な判断能力が完全に麻痺する。公共の利益のために、その水は飲まない方がいい」
「ふふ、葛石くんって、時々すごく上手な嘘をつくわね」
彩が、優雅な動作で、指先に水を一滴つけ、自身の白い頬に触れた。その一瞬の動作さえ、一流のドキュメンタリー映画のワンシーンのようだった。
タクシーで移動し、俺たちは北野天満宮へと向かった。
学問の神様、菅原道真公。
1998年。中学3年生の俺たちにとって、ここは「観光地」である以上に「切実な祈りの場」だった。迫りくる高校受験。不透明な未来。
「牛の頭を撫でると頭が良くなるんだぜ! よし、俺はサッカーの戦術眼が上がるように、鼻のあたりを念入りに……」
邦彦が、黒光りする撫で牛を一生懸命に擦っている。
「道真公は、天才的な学者でありながら、政治闘争に敗れて大宰府に流された。……彼の怨霊を鎮めるためにこの天満宮が作られたという事実は、日本人の『強者への畏怖』の象徴だな」
俺が冷徹に分析していると、巫女による祈祷が始まった。
修学旅行生向けの特別な授与品が配られる。
勧学札、合格鉛筆、しおり、そして梅茶。
「あ、梅茶……。道真公は梅を愛していたのよね。……日名川さん、これ、家で淹れたら美味しいかしら」
「ええ。梅の酸味は疲労回復にもいいわ。受験勉強の合間に、葛石くんにも差し入れしてあげなきゃね」
彩が微笑む。
襟華は、受け取った合格鉛筆を大切そうにバッグにしまい、本殿を見上げた。
「……今はまだ、みんなでこうして旅行しているけれど。半年後には、それぞれ違う道を選んでいるのかもしれない。……でもね、任三郎くん。今日ここで、私たちが一緒に祈ったという事実は、数字には残らないけれど、私の『しおり』にはずっと残るわ」
襟華の言葉は、1998年の初夏の風に乗って、俺の胸の奥深くに届いた。
「……そうだ。情報の記録ではなく、記憶の刻印。……東鶴さん。君のまとめは、どの経済論文よりも説得力があるよ」
俺たちは、朱色の門をくぐり、再びタクシーへと乗り込んだ。
沈みゆく夕日が、京都の街並みを黄金色に染め上げていく。
(土地の価値、歴史の重み、そしてヒロインたちが放つ、計測不能な美……)
俺は、車窓を流れる古都の風景を見つめた。
1998年、修学旅行2日目。
黄金の覇道は、京都の伝統と、15歳の少女たちの瑞々しい感性が織りなす「美の暴力」を、自分自身の新しい価値観として取り込みながら、さらなる深淵へと進もうとしていた。
昨夜、枕投げと不毛な恋バナで狂騒の極致にあった大部屋も、深夜2時を過ぎる頃には静まり返り、15歳の少年たちは重なり合うようにして泥のような眠りに落ちていた。
「……ん、あー……。葛石、お前もう起きてんのかよ」
門廻邦彦が、寝癖だらけの頭を掻きながら体を起こした。
俺は、午前5時には覚醒し、窓際のわずかなスペースで最新の経済指標を頭の中でアップデートしていた。、鋭利で整った貌は、寝起きの気だるさなど微塵も感じさせない。
「……情報の鮮度は、睡眠時間よりも重要だ。邦彦、早く顔を洗ってこい。2日目の班行動が始まるぞ」
朝食会場に向かう廊下で、昨夜の「事件」はすでにクラス中に広まっていた。
「おい葛石! 昨日の好きなタイプの話、マジかよ! 『幻想を維持できる知性』って、お前、哲学の先生かよ!」
「もっと可愛げのある答えしろよなー!」
男子連中の野次が飛ぶ。
だが、その輪の中に、朝霧のように爽やかな気配を纏った東鶴襟華が現れると、野次は一瞬で静まり返った。
弾けるような笑顔と知的なショートカット。制服のブラウスをパリッと着こなした彼女は、野次を飛ばしていた連中にさらりと向き直った。
「いいじゃない、素敵だと思うわよ。自分の価値観をちゃんと持っているってことでしょう? ……少なくとも、木刀を買って喜んでいる誰かさんよりは、ずっと理解できるわ」
「うぐっ……! それ、俺のことかよ!」
邦彦が胸を押さえて悶絶する。
「「「お、おぅ……」」「さすが襟華、言うことが違うわ……」」
周囲は彼女の肝の据わった返しに、感心と困惑が入り混じった反応を見せる。襟華は俺の隣に並ぶと、いたずらっぽく瞳を輝かせた。
「任三郎くん。昨日の『幻想』の話、あとでもっと詳しく聞かせてね。……私の知性が、あなたの合格ラインに達しているかどうか、テストしてほしいから」
「……東鶴さん。君はすでに、テストを受ける側の立場ではないと思うがな」
俺はあえて視線を外した。2043年の地獄を知る俺の「合格ライン」など、今の彼女が知る必要はない。だが、彼女のその真っ直ぐな視線は、俺の冷徹な仮面に微かな亀裂を生じさせていた。
「いいか、今日は班ごとの自由行動だ。だが、羽目を外しすぎるな! 時間厳守、マナー厳守、そして不審者には絶対についていくな! 何かあったらすぐにこの緊急連絡先に電話しろ!」
担任が、1998年特有の「重い受話器のイラスト」が描かれたプリントを振り回して念押しする。
俺たちの班は、予定通り6人で構成されていた。
俺、邦彦、襟華、北子直樹。そして1組から合流した上波茜、日名川彩。
「移動はタクシーをチャーターした。京都市内の渋滞と、バスの待ち時間という『時間的損失』を回避するためだ」
俺の提案により、俺たちは予約しておいた個人タクシーに乗り込んだ。1998年の京都。まだ観光公害という言葉が生まれる前の、しかし修学旅行生という「確実な需要」に支えられたタクシー運転手たちは、さながら街のコンシェルジュだった。
「葛石、お前、中学生でタクシーチャーターって……。発想が完全に実業家だな」
直樹が感心したように呟く。
「……効率化だよ、直樹。56kbpsのモデムを待つのと同様、バスを待つ時間は人生の浪費だ。……東鶴さん、今日の行程の主導権は君に任せる」
「了解! 班長として頑張っちゃうわよ」
襟華が、父から借りた『Canon IXY』を首から下げて意気込む。
「まずは祇園周辺を散策しましょう。舞妓さんに会えるかもしれないわね」
「舞妓か……。だが東鶴さん、昼間に祇園を歩いている舞妓さんの多くは、観光客向けの『体験舞妓』だ。本物の舞妓は、日中は稽古場と置屋を往復している。夕暮れ時に、タクシーからさっと降りてお座敷へ向かう姿こそが、本物の美学だよ」
「……もう、夢のないこと言わないで!」
襟華が頬を膨らませる。だが、俺の「豆知識」は、班の女子たちの興味を惹くのには十分だった。
祇園周辺に到着した俺たちは、襟華の強い要望により「着付け体験」を行うことになった。
1998年、まだ現在のような格安のレンタル着物店が乱立する前。老舗の呉服屋が修学旅行生向けに提供している、質の高い着付けプランだ。
「……葛石くん、門廻くん、少し待っていて」
茜が、圧倒的な気品で告げ、女子3人は更衣室へと消えていった。
30分後。
暖簾を潜って現れた彼女たちの姿に、俺の内側に潜む60歳の亡霊は、文字通り絶句した。
襟華は、明るい朱色に小花を散らした、彼女の弾けるような明るさを象徴する着物姿だった。浴衣とは違う、帯で締め上げられたことで強調された華奢な腰のラインと、ショートカットから覗く真っ白なうなじ。
茜は、深い紺色に銀糸で流水紋を描いた、高潔な着物を選んでいた。170cm近い長身に、着物の縦のラインが恐ろしいほど映える。陶器のような肌が、紺色の布地と対比して発光しているようだった。
そして彩は、淡い若草色の、目に優しい上品な一着。透明感のある美しさが、和装の奥ゆかしさと完璧に調和していた。彼女が動くたびに、上質な絹の擦れる音が、周囲の空気を浄化していく。
「……おい任三郎。これ……、これ、俺たち、同じ班でいいのか? 何かのバツゲームじゃないよな? 美しすぎて、息ができないぜ」
邦彦が、顔を赤くして視線を泳がせている。
「……審美眼が、処理能力を超えているな。情報の密度が、高すぎる」
俺は、冷徹な瞳を、珍しく泳がせた。
彼女たちは、単なる「可愛い同級生」ではなかった。
1998年の京都という、古い美意識の集積地において、彼女たちは「美の侵略者」として君臨していた。周囲の観光客たちが、一斉に足を止め、彼女たちを本物の舞妓か何かと勘違いしてカメラを向ける。
「葛石くん、似合ってるかしら? ……変じゃない?」
襟華が、着物の裾を気にしながら、少し不安そうに俺の顔を覗き込む。
「……変なわけがあるか。東鶴さん。……君のその姿は、この京都という街が1000年かけて積み上げてきた価値を、一瞬で上書きしてしまうほど、暴力的だ」
「……暴力的? ふふ、あなたらしい褒め言葉ね。ありがとう」
襟華が、チャーミングな笑顔で微笑んだ。
俺たちは、華やいだ空気の中で八坂神社へと参拝した。
朱塗りの西楼門が、女子たちの着物姿をいっそう鮮やかに引き立てる。
「ここは素戔嗚尊が祭神なの。厄除けはもちろんだけど、縁結びでも有名なんだから。……葛石くん、ちゃんとお願いしなさいよ」
襟華が、しおりに書き込んだメモを読みながら解説する。
「……素戔嗚尊か。荒ぶる神でありながら、文化の祖でもある。……破壊と創造、まさに今のマーケットに必要な神だな」
「またそんな話……。あ、見て! あそこにあるの、『美御前社』よ。美の女神様が祀られているの」
茜と彩が、境内の隅にある小さな社に目を留めた。
そこには『美容水』と呼ばれる湧水がある。
「この水を肌につけると、身も心も美しくなるって言われているのよ。……葛石くん、私たちにも必要だと思う?」
茜が、涼しげな瞳で問いかける。
「……上波さん。君たちがこれ以上美しくなれば、周囲の男性たちの正常な判断能力が完全に麻痺する。公共の利益のために、その水は飲まない方がいい」
「ふふ、葛石くんって、時々すごく上手な嘘をつくわね」
彩が、優雅な動作で、指先に水を一滴つけ、自身の白い頬に触れた。その一瞬の動作さえ、一流のドキュメンタリー映画のワンシーンのようだった。
タクシーで移動し、俺たちは北野天満宮へと向かった。
学問の神様、菅原道真公。
1998年。中学3年生の俺たちにとって、ここは「観光地」である以上に「切実な祈りの場」だった。迫りくる高校受験。不透明な未来。
「牛の頭を撫でると頭が良くなるんだぜ! よし、俺はサッカーの戦術眼が上がるように、鼻のあたりを念入りに……」
邦彦が、黒光りする撫で牛を一生懸命に擦っている。
「道真公は、天才的な学者でありながら、政治闘争に敗れて大宰府に流された。……彼の怨霊を鎮めるためにこの天満宮が作られたという事実は、日本人の『強者への畏怖』の象徴だな」
俺が冷徹に分析していると、巫女による祈祷が始まった。
修学旅行生向けの特別な授与品が配られる。
勧学札、合格鉛筆、しおり、そして梅茶。
「あ、梅茶……。道真公は梅を愛していたのよね。……日名川さん、これ、家で淹れたら美味しいかしら」
「ええ。梅の酸味は疲労回復にもいいわ。受験勉強の合間に、葛石くんにも差し入れしてあげなきゃね」
彩が微笑む。
襟華は、受け取った合格鉛筆を大切そうにバッグにしまい、本殿を見上げた。
「……今はまだ、みんなでこうして旅行しているけれど。半年後には、それぞれ違う道を選んでいるのかもしれない。……でもね、任三郎くん。今日ここで、私たちが一緒に祈ったという事実は、数字には残らないけれど、私の『しおり』にはずっと残るわ」
襟華の言葉は、1998年の初夏の風に乗って、俺の胸の奥深くに届いた。
「……そうだ。情報の記録ではなく、記憶の刻印。……東鶴さん。君のまとめは、どの経済論文よりも説得力があるよ」
俺たちは、朱色の門をくぐり、再びタクシーへと乗り込んだ。
沈みゆく夕日が、京都の街並みを黄金色に染め上げていく。
(土地の価値、歴史の重み、そしてヒロインたちが放つ、計測不能な美……)
俺は、車窓を流れる古都の風景を見つめた。
1998年、修学旅行2日目。
黄金の覇道は、京都の伝統と、15歳の少女たちの瑞々しい感性が織りなす「美の暴力」を、自分自身の新しい価値観として取り込みながら、さらなる深淵へと進もうとしていた。
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