王妃の椅子~母国のために売られた公子

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18.離宮・王妃の回想(15)

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 緊急の軍議が開かれ、当日の作戦は二手に分かれることになった。
 一つはそれまでと同じく城郭の攻略にあたる。これはダーイフ軍の目を引きつけておくためのもの。
 もう一つは市民によって開けられた目立たない門から侵入して王城に攻め込む。こちらが本命だ。
 ライルも昨日までと変わりなく飛んだ。ハムザも前線にいる。
 しばらくすると城壁の内側でディルア軍が暴れ始めたようで、あちこちの扉が解放されていった。
 ほとんどの兵は民家を素通りして王城を目指している。略奪行為の禁止がされていたからというより、王とその家族には莫大な懸賞金が掛けられたからだ。一攫千金の王族狩りが始まったのだ。
 市民がディルアと内通しなければ、まだこの攻防は続いていたはず。だからまだダーイフ王家は城にいると思われた。
 敗戦国の王族は悲惨だ。死よりも屈辱的なことや、死んだ方が楽な拷問が待ち構えていることもある。
 ライルは王城の最も高い塔へ向かった。城下が一望にできる最も眺めの良い場所だ。初陣から常に参戦していて、休暇は戦のない真冬だけ。中には小さな村もあれば砦や城もあった。
 心が鈍くなったと思う。城内で殺戮と略奪が行われていると知っても、前ほど胸が痛まない。空を呑気に見上げ『いい天気だな』と思えるようになった。空腹になれば厨房で蜂蜜を探し、可能なら持ち帰り自分のものにした。あれほど蔑んでいた掠奪行為を容認できてしまう。
 だって蜂蜜は美味しいし、ニケの貴重な食料だから仕方ない。世の中は仕方ないことばかりだから。
 腿の辺りから鮮血がしたたり、ライルの白い羽毛を染めている。

「カァ……」

 久々によけ損ない矢がかすめたのだった。漸く傷みを我慢して動かなければ、傷はじきに塞がるだろう。鳥の姿でいると驚異的な速さで傷が癒える。
 茜色の西日が差すころになると、移動してきた本部の重鎮たちが入城した。中庭では夕食の準備が始まり、肉の焼ける匂いが風に乗ってライルの下まで漂ってくる。この死体だらけの城内で祝宴が開かれるのだ。無惨な姿のダーイフ王と哀れな王族たちをつまみにして。
 そろそろ動けそうだと判断したライルは、開いた窓から侵入した。荒らされた後の召使いの部屋だ。机の引き出しは開けられ、床にはあらゆるものが散乱している。その中から着られそうな衣類も靴も念のための小刀も調達できた。さすがは王宮務めの持ち物といった感じで、割合質も良い。
 腿に痛みはあるものの出血は止まっている。部屋から出ると、いつものように通路はむせかえるような鉄の匂いがした。泣き声、叫び声、怒鳴り声が響くのもいつも通り。すれ違うディルア兵の多くが、返り血を浴びながら背中に掠奪品を背負い機嫌良さそうにしている。

「ライル!」

 少し前に、一撃でライルを絶望させた人物の声が背後からした。
 雪のように美しいと褒められることもあるが、ライルの髪は目立つ。会いたくない人物からも容易に見つかってしまうのだから。

「アーシム……」
「そこの部屋、何かいい物は残ってた?」

 近くの扉が少し開いている。この部屋からライルが出てきたと勘違いしているようだった。
 アーシムはにこやかにライルに話しかける。
 この笑顔で今まで親切そうにして銀貨や宝石をだまし取っていたのかと思うと、いかに自分が甘かったのかしみじみと感じた。
 舐められていたのだ。経験値の低い子どもは御しやすいと。
 けれど子どもは大人になる。多くの見聞を得たり、痛い目に遭ったり、喜びを噛み締めたりしながら経験を重ねて育っていく。

「……部屋の奥に銀の懐中時計が落ちていました。わたしには必要ないので、そのままにしましたけど」
「何だって⁈ 値打ち物じゃないか! 何で拾わないんだ、要らないなら僕が貰うよ」

 急ぎ足で部屋に入っていくアーシムに続き後を追う。早速四つん這いになり、ありもしない懐中時計をどこだどこだと探している姿に、ライルは安心した。
 懐かしんだり慕う気持ちが一切湧かない。代わりに、冷静を保てるだけの怒りと憐憫が生まれた。

「アーシムさん、手紙の件ですが……今後はもう頼むのは止めようと思っています」
「手紙? そういえば最近受け取ってないな。急にどうしたのかな。前はあんなにこまめに書いていたじゃないか。戦で疲れてなかなか書けないの? 何通かまとめて出すなら割り引きするよ? 三通で銀貨三十三枚、手持ちがないならリガーライトの短剣と交換でどう?」

 最初にヤスミンから提示されたのは『高いけど国外は銀貨五枚』だ。銀貨五枚は高額。そこから更に冬だから、遠いからとなんだかんだと値上がり続けた。鞘の宝石をだまし取り、次の狙いはリガーライト本体。

「まるでアーシムさんが商売しているみたいな言い方ですね? 仲介しているだけじゃないんですか?」
「……いや仲介だよ。料金は知人が以前そう言っていたから知っていただけさ」
「そういえば、わたしが前に書いた手紙は今頃どうなっていると思います?」
「そうだなぁ……。もうリガーレに到着して読まれたんじゃないかな。弟さんも次の手紙を待っていると思うよ。ところで銀の懐中時計はどこに転がってるのかな? どこにも見当たらないけれど」

 立ち上がってそう言った顔は、見れば見るほど歪に感じた。目も口も緩く弧を描いているけれど何かが違う。
 欺瞞が笑顔の仮面を着けたかのように。

「燃やされた手紙をどうやって読めと?」

 そう言い終わるが早いか、ぶんっとアーシムの剣はライルへ向けて空を切った。
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