王妃の椅子~母国のために売られた公子

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23.離宮・王妃の回想(20)★不穏な単語があります

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 死ぬというのは、思っていたより面倒だと知った。
 時折意識が浮上する。矢が刺さった痛みのせいだった。それ以外もほぼ全身にしびれがある。目を薄ら開けてもぼんやりとしていた。周囲はがやがやと声がするのに聞き取れない。そしてすぐに意識が地の底へ引っ張られて落ちる。
 それが何度かあって、目が覚める度に落胆した。ただ苦しいだけの生がまだ続いているのか、と飽き飽きしていたのだ。
 やがてしびれが取れて、痛みが和らいできた。すると頭の中で音を理解する余白が生まれたようで、声も聞き取れるようになってきた。
 どうやら死に損なったらしい。
 身体は鳥の姿のままだ。手当をされて包帯が巻かれている。広い寝台の枕の上だ。
 片翼の感覚はない。
 首をひねって部屋を見上げる。
 何層にも彫り込んだ段差のある高い天井。縁には飾り帯の装飾も。
 部屋の格は天井によく出る。つまりここはそれなりの身分がある者のための部屋なのだ。
 戦場で倒れ、なぜか豪華な部屋で手当を受けている。あずかり知らぬうちに何が起きたのだろう。

「カ……」

 隣で船を漕いでいる侍女へ目覚めを伝える。

「はひ……っ! す、すみません! わたし眠ってしまいまして! いえ、ああっ‼ 殿殿がお目覚めに⁈ ああああ! 少々お待ちくださいませ。医師を呼んで参ります!」

 メイドがけたたましく部屋を出て行った。なかなかに荒いが、気になったのそこではない。
 ライルは聞き慣れない呼称に首を傾げた。
 妃殿下と呼ばれた。妃殿下だ。妃。妃なら誰の妃か。しかもご丁寧に名前までライルから女性名のライラへ代わっている。侍女の粗忽ぶりが、失礼どころか逆に愉快だった。
 ところがやって来た医師団もライルをそう呼ぶ。王宮医をはじめ、ライルを診た軍医のワヒド、ついでに獣医までも。

「妃殿下は……」
「妃殿下の……」
「妃殿下にあらせられましては……」

 とにかく妃殿下と呼ばれながらの説明が続く。
 彼等が言うには、眠っていたのは二ヶ月ほど。
 翼の根元から胸を貫通した矢は取り除いたが、相当な深手でしばらく生死をさまよっていた。命が助かったのは奇跡的。若く体力があるから良かった。矢が刺さった右の翼は動かさないように。鳥の姿の方が回復力が高そうなので、まだ人の姿には戻らない方が良い。
 ライルは頷きながらことの次第を受け止めていた。

 引きつる痛み。感覚を失った翼。生きてるだけで幸運ならば、それ以上望むのは贅沢というものなのだろう。
 飛べなくなるのか。
 広大な青い世界へ溶ける心地はもう味わえない。
 そう思うと、塞がりかけた傷からぱっくり開いて何か流れ出すようだった。この喪失感を話しても、きっと誰にも理解されない。
 ニケ以外の誰も。

「では、妃殿下から何かご質問はございますか?」

 医師団の代表だろう王宮医からの質問へ首を振る。疑問はあるが、身体のことではなく個人的なことだ。そしてその答えを知る人物がここにいる。
 同じ戦に従軍していたワヒドだ。じっと視線を送り続け無言の訴えをする。

「ひ……妃殿下、少々視線が厳し……あの、分かりました……。僕にお話があるのですね?」
「カァ!」
「お身体の件ですか? ……関係ない? ならそれ以外の個人的な件でしょうか? ……なるほど」

 ライルは首を振ったりうなずいたりしてワヒドへ伝える。私的な話になると察知した医師団は、明日また診察することを告げて退室していった。
 部屋にはライルとワヒド、それから先ほどの荒いメイドが一人。

「妃殿下は、先ほど目覚められたばかりでいらっしゃいますよね。つまり今の状況のご説明を受けていらっしゃらない?」
「カァ」
「では僕が存じ上げてる説明をいたします。恐らくかなり驚かれるかと。なのでお心の準備をお願いします。まず……蛮族の制圧は成功しました」

 ライルが最後に参戦した戦だが、知りたいのはそれじゃない。ライルは顎を引いて睨んだ。

「……そんな睨まないでください。本当に多分衝撃ですから。緩衝材を一つ挟んだだけです。では参りますよ。ええと、尊称からご推察されていらっしゃるかと思いますが、妃殿下は意識の無かった間に結婚いたしました。司祭も立ち会ってますから、正式な結婚です」

 正式と言われ、ライルは口をぽかんと開けた。
 傷を負ってから姿はずっと鳥だったはず。司祭が立ち会っているのなら、婚姻証書に署名をどうやってしたと。
 ライルは振り返って肩越しに翼を見つめた。
 解せない。

「それでお名前がライルから女名のライラになられました。今後どなたもそうお呼びするでしょう。それで一番気になるお相手ですが、それもご想像通りかと。……え、言わなきゃ駄目ですか。僕、損な役回りのような気がしてきましたよ」

 敬称が妃殿下なので、婚姻相手は王族だ。ディルアの王子は六人いる。その内未婚は三人。第三王子は神殿に入っているので、生涯未婚が決定している。となると残るのは二名の王子なのだが。
 そんなことを考えなくとも、分かりきったことだった。あの場にいた唯一の王族は、

「ハムザ殿下です」

 彼しかいない。
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