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22.離宮・王妃の回想(19)
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ここしばらく、王のカビルが戦場へ姿を現すことは少なくなっている。自身が出向かなくとも、王子たちが成果を上げているからだ。
ハムザは領民たちからの指示が高い。すくすくと成長する若木は魅力あふれて映るのだろう。
国同士の争いも、蛮族との小競り合いも、カビルに指示されるまま赴き結果を出している。現時点で王座に最も近い王子と評判だ。
「お前は王の座を望むのか?」
ライルは山百合の花を茎から外すと、窄まった箇所からかぶりつく。
食べ歩きだ。
「いや、そんなの一度も考えたことねぇ。これから先もそうだろうよ」
「そうなのか戦場の獅子よ? いや、青羽根の槍使い?」
「その二つ名は勘弁してくれ、冥府の魔女。俺が戦うのは王になりたいからじゃねぇ。自由に生きたいからだ」
広く名が知れるようになると、どこかで通称が付くこともある。剛の者の証でもあるが、大概は微妙な名前だ。
ライルに至っては性別も曲げられた。味方にとっては勝利の使いのニケだが、敵にとっては逆の見方になる。使者の国の魔女と呼ばれるのは、先々でディルアが勝利を重ねているからだ。
「自由?」
「ああ。功績がないと発言力もないだろ? 俺は叶えたい望みがあるんだよ」
高貴なる身分の者ほど、自由の振り幅は大きくなる。庶民とは世界の違う贅沢が許されるものの、家門の意向を無視する選択は許されない。我を通すには、相応の力を示す必要がある。
ハムザが命をかけるほどの願いを抱えていたのをライルは初めて知った。
「そうか、叶えられるといいな」
「……必ず叶えてみせる」
宿に着いたので、そこで話は終わった。
この遠征の目的は蛮族の討伐だ。領土の中で発生した問題は、本来その地の領主が対応する。けれど人手不足でそうもいかない場合がある。そしてそのまま秋の収穫時期に入ると、蛮族は村へ襲いかかる。それを防ぐための討伐は、そろそろ夏の風物詩になろうとしていた。
目標とする蛮族の根城が見えるところで天幕は張られた。中では軍議が行われている。
指揮官はハムザだ。
「……それなりに砦になってるなぁ。ライル、見張りは報告通りだったか?」
「カア、カア」
ハムザが訪ねると、ライルは首を振って地図の上を足で踏んで示す。斥候による情報とライルによる空からの確認をすり合わせ、効率よく攻めるのだ。
「ふーん、そこにもいるのか。一番守りが堅そうなのはどこだった? ……そうか。人数は? ……なるほど。じゃあ作戦の変更点は……」
優秀な指揮官、屈強な兵士、リガーライトの武具、どれをとっても負ける要素がない。けれど戦は生き物だ。予想外の何かで戦況はよく変わる。
最終確認を終えると、ハムザは汗を拭って天幕を出た。外では兵士たちが明日の攻撃に備えた準備をしている。
「おーい、みんな聞けー! この討伐が終わったら帰還するぞ。連戦、ご苦労だった。終われば俺から全員に振る舞い酒を出すぞ! 浴びるほど飲むといいー!」
一仕事を終えた後の酒は格別。暑い日なら殊更。兵士たちは歓喜で沸いた。
■
明けて時刻は早朝。討伐は早ければ昼前には終わる見通しだった。
「出撃!」
蛮族は防戦に徹していたが、守りの堅固な擁壁ではなかったので、このまま陥落するだろうと思えた。
ところが防戦に徹していた蛮族は、ある瞬間から攻め始めたのだ。
理由はすぐに分かった。太陽の位置のせいだ。砦の背後から眩しく射し込む光に矢が混じる。兜を被る兵士にさほど影響はないが、些細なきっかけで状況は一転した。
形成不利となったディルア側の陣営から狼煙が上がる。本部の上に掲げた旗の色が変更されたのも目視できた。一時退却の知らせだ。
ライルは前線の上を大きく左右に飛び、それから本部へ向き直す。前線から退く指令を地上の兵士たちへ知らせなければならない。
眩しい。いくつもの光の筋に目が眩んだ瞬間だった。
横から激しい衝撃を受けた。飛んできた矢が刺さったのだ。今までだって何度か矢がかすめ、負傷した経験はある。だがこれは違う。肉をしっかり貫通している。更によろめいたところへもう一本かすめた。
いけない、落ちてはならない。前線を引き上げてるところに落ちれば、敵陣のまっただ中に取り残されてしまう。
けれど翼が損傷を受けて、羽ばたいても思うように飛べない。身体は痛みよりも熱さが勝った。胸からは矢尻が飛び出している。
ライルの飛んでいる真下は、前線からはずれ始めた。眼下には蛮族がいる。
本陣までまだ遠い。羽ばたいても羽ばたいてもどんどん高度が落ちてくる。真っ直ぐにも進めない。
飛べない。熱い。帰れない。
状況は悪くなるばかりなのに、焦る気持ちは不思議と潮のように引いていく。
ここが自分の死に場所になると悟った。
ふと、リガーレを出発した日を思い出す。
同行してくれた大臣が、リガーレの景色は二度と見られないから目に焼き付けておけと言ったのに、反抗して寝たふりをしたのだった。
あのとき、しっかり見ておけば良かった。
こんなときに脳裏に浮かぶのが、昨日の山百合の群生とばつの悪そうなハムザの顔しかないなんて。
「冥府の魔女が落ちるぞーーっ‼」
視界が反転して空が見えた。
なんと澄んで美しい青か。
目を閉じて、ハムザの夢が叶うよう願った。
ハムザは領民たちからの指示が高い。すくすくと成長する若木は魅力あふれて映るのだろう。
国同士の争いも、蛮族との小競り合いも、カビルに指示されるまま赴き結果を出している。現時点で王座に最も近い王子と評判だ。
「お前は王の座を望むのか?」
ライルは山百合の花を茎から外すと、窄まった箇所からかぶりつく。
食べ歩きだ。
「いや、そんなの一度も考えたことねぇ。これから先もそうだろうよ」
「そうなのか戦場の獅子よ? いや、青羽根の槍使い?」
「その二つ名は勘弁してくれ、冥府の魔女。俺が戦うのは王になりたいからじゃねぇ。自由に生きたいからだ」
広く名が知れるようになると、どこかで通称が付くこともある。剛の者の証でもあるが、大概は微妙な名前だ。
ライルに至っては性別も曲げられた。味方にとっては勝利の使いのニケだが、敵にとっては逆の見方になる。使者の国の魔女と呼ばれるのは、先々でディルアが勝利を重ねているからだ。
「自由?」
「ああ。功績がないと発言力もないだろ? 俺は叶えたい望みがあるんだよ」
高貴なる身分の者ほど、自由の振り幅は大きくなる。庶民とは世界の違う贅沢が許されるものの、家門の意向を無視する選択は許されない。我を通すには、相応の力を示す必要がある。
ハムザが命をかけるほどの願いを抱えていたのをライルは初めて知った。
「そうか、叶えられるといいな」
「……必ず叶えてみせる」
宿に着いたので、そこで話は終わった。
この遠征の目的は蛮族の討伐だ。領土の中で発生した問題は、本来その地の領主が対応する。けれど人手不足でそうもいかない場合がある。そしてそのまま秋の収穫時期に入ると、蛮族は村へ襲いかかる。それを防ぐための討伐は、そろそろ夏の風物詩になろうとしていた。
目標とする蛮族の根城が見えるところで天幕は張られた。中では軍議が行われている。
指揮官はハムザだ。
「……それなりに砦になってるなぁ。ライル、見張りは報告通りだったか?」
「カア、カア」
ハムザが訪ねると、ライルは首を振って地図の上を足で踏んで示す。斥候による情報とライルによる空からの確認をすり合わせ、効率よく攻めるのだ。
「ふーん、そこにもいるのか。一番守りが堅そうなのはどこだった? ……そうか。人数は? ……なるほど。じゃあ作戦の変更点は……」
優秀な指揮官、屈強な兵士、リガーライトの武具、どれをとっても負ける要素がない。けれど戦は生き物だ。予想外の何かで戦況はよく変わる。
最終確認を終えると、ハムザは汗を拭って天幕を出た。外では兵士たちが明日の攻撃に備えた準備をしている。
「おーい、みんな聞けー! この討伐が終わったら帰還するぞ。連戦、ご苦労だった。終われば俺から全員に振る舞い酒を出すぞ! 浴びるほど飲むといいー!」
一仕事を終えた後の酒は格別。暑い日なら殊更。兵士たちは歓喜で沸いた。
■
明けて時刻は早朝。討伐は早ければ昼前には終わる見通しだった。
「出撃!」
蛮族は防戦に徹していたが、守りの堅固な擁壁ではなかったので、このまま陥落するだろうと思えた。
ところが防戦に徹していた蛮族は、ある瞬間から攻め始めたのだ。
理由はすぐに分かった。太陽の位置のせいだ。砦の背後から眩しく射し込む光に矢が混じる。兜を被る兵士にさほど影響はないが、些細なきっかけで状況は一転した。
形成不利となったディルア側の陣営から狼煙が上がる。本部の上に掲げた旗の色が変更されたのも目視できた。一時退却の知らせだ。
ライルは前線の上を大きく左右に飛び、それから本部へ向き直す。前線から退く指令を地上の兵士たちへ知らせなければならない。
眩しい。いくつもの光の筋に目が眩んだ瞬間だった。
横から激しい衝撃を受けた。飛んできた矢が刺さったのだ。今までだって何度か矢がかすめ、負傷した経験はある。だがこれは違う。肉をしっかり貫通している。更によろめいたところへもう一本かすめた。
いけない、落ちてはならない。前線を引き上げてるところに落ちれば、敵陣のまっただ中に取り残されてしまう。
けれど翼が損傷を受けて、羽ばたいても思うように飛べない。身体は痛みよりも熱さが勝った。胸からは矢尻が飛び出している。
ライルの飛んでいる真下は、前線からはずれ始めた。眼下には蛮族がいる。
本陣までまだ遠い。羽ばたいても羽ばたいてもどんどん高度が落ちてくる。真っ直ぐにも進めない。
飛べない。熱い。帰れない。
状況は悪くなるばかりなのに、焦る気持ちは不思議と潮のように引いていく。
ここが自分の死に場所になると悟った。
ふと、リガーレを出発した日を思い出す。
同行してくれた大臣が、リガーレの景色は二度と見られないから目に焼き付けておけと言ったのに、反抗して寝たふりをしたのだった。
あのとき、しっかり見ておけば良かった。
こんなときに脳裏に浮かぶのが、昨日の山百合の群生とばつの悪そうなハムザの顔しかないなんて。
「冥府の魔女が落ちるぞーーっ‼」
視界が反転して空が見えた。
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目を閉じて、ハムザの夢が叶うよう願った。
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