久々に再会した同級生から告白されて一緒に媚薬を被った結果

わさん

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 大分待った。竹野たけのは思う。
 小槙こまきと付き合い始めて半年が経っていた。この半年の間、手を繋ぎ、キスをし、部屋に泊まりにも行ったりきたりとしたが、身体の関係にはならなかった。
 告白してきたのは小槙の方だ。色々と葛藤もあり、返事を待たせもしたが、竹野も小槙と親しくなりたいと思い了承した。竹野は男と付き合うのは初めてのことだったから、関係を無理に進めてこようとしない小槙にほっとしていた。それでも、三ヶ月、半年と経つとこのままでいいのか、と思い始めてしまった。






 竹野が小槙と知り合ったのは高校時代だったが、成人式にあった同窓会で再会し、連絡を取るようになった。高校の頃はそれほど親しくはなかった。小槙は陸上部で、教室で見かけるときはいつも陸上部の面々と話しているか、机に突っ伏して寝ているかだった。陸上部はそれなりに強いらしく、朝練がきついらしいと陸上部に関係ない竹野でも知っていた。身体が大きい小槙が手足を折りたたんで机に懐くように寝ている姿は、大きなネコ科の動物のようで微笑ましかった。

 高校の頃に会話をしたのは、二回くらいではないだろうか。どちらも図書館で、夏休み前と春休み前だったはずだ。竹野が借りていた本を返しに行ったとき、たまたま小槙が、作業スペースで教科書を開いて困った様子で首を傾げていた。
 休み前ということもあり、図書委員がカウンターにいるくらいだった。だから小槙は、竹野に気づいたのだろう。同じクラスの、と目を瞬かせて呟かれ、竹野はまごつきながら、頷いてその場に立ち尽くした。近寄っていいのか、立ち去っていいのかも分からなかった。

「竹野だっけ」
「あ、うん」

 さすがに名前は覚えているのか。竹野は小槙に名前を呼ばれるだけで、不思議な感じがした。小槙は、いつもクラスで大きな声で話していて、よく笑っていて、みんなに好意的に受け入れられていた。竹野からするととても眩しい存在で、その明るさに耐えられない竹野は意識するわけでもなくそこから遠ざかろうとしていた。
 それがいま、ここでふたりきりだ。他の誰でもなく、小槙が自分を見ている。小槙は何も考えていないだろうが、竹野は落ち着かなくて仕方がなかった。

「竹野、いま暇?」
「えっ」
「ちょっとこっち来て。こっち」

 ぎこちなく相槌を打って、竹野は足を動かした。足下がふわふわとして、転びそうでひとりひやひやする。何度も唾を飲み込んだ。
 小槙の前には教科書、ノート、プリントが置かれていた。数学だ。ちょうど、試験の範囲の部分。

「竹野って数学得意?」
「と、くいってことはない……けど」
「でも試験は赤点取ってないよな?」
「う、うん」

 竹野は小槙のように運動が得意なわけではないが、勉強も得意なわけではない。それでもどの教科でも赤点は取ったことはない。教科すべて、平均点以上を維持している。

「俺さー、試験ぎりぎり赤は免れたんだけど」
「えっ」
「でもぎりぎりだから、このプリントは理解できるようにしとけって先生に言われちゃってさ。これ出さないと部活行けねーの」
「そうなんだ」

 今回の試験は、そこまで平均点も低くなかった。赤点ではないので補習授業はないのだろうが、それでも見逃されなかったのだろう。
「顧問にも話がいっちゃってっから、提出しないと部活に顔出しもできなくてさ」
「大変だね?」
「だろ? 大変なんだよ。だから竹野ちっと教えてくんない?」
「ええっ? 僕が?」

 にっこりと笑みを向けられ、竹野は一瞬何を頼まれているのか分からなかった。はっと我に返ったときには、手を引かれて隣に座ってしまっている。

「竹野はできるんだろ? これ」
「できるけど……僕に教わらなくても、教科書に載ってるよ」
「それが分かんねーんだって。これは?」
「これは……教科書借りていい?」
「ん」

 図書館での私語は慎まなければならないが、他に誰もいない。竹野は諦めて肩にかけていた鞄を横に下ろし、教科書を手に取った。どの公式を使うか、それがどのページに記載されているか。勉強したばかりだから覚えている。

「これだよ」
「はー……そんなすぐわかるんだ? すげーな」
「やったばっかりだからだよ」
「俺もやったばっかだけどわかんねーもん」

 カチカチ、とシャーペンの尻を指で押し、教科書を覗き込んで小槙は固まった。見守る竹野の前で、ぐっと眉間にしわを寄せる。

「これに、どうすんの?」
「この式に当てはめるから、エックスをまず出すんだよ」
「エックスを出す?」
「えーと、エックスは」

 指で示したらいいのか、口頭で説明したらいいのか。迷っている竹野をどう思ったのか、小槙はシャーペンを差し出した。

「ん」
「え?」
「書いた方がやりやすいだろ?」
「あ、ああ……ありがとう」
「教えてもらってんのこっちだからな。竹野」

 はは、と笑う小槙の口も、シャーペンを握る手も、ずいぶんと大きい。同い年なのにどうしてここまで違うのか。竹野は不思議に思いながら、シャーペンを受け取った。





 結局竹野は、小槙のプリントがぜんぶ終わるまで付き合うことになった。小槙はうんうん呻りながらも、きちんと自力で問題を解いた。三十分程度進めてぐったりと机に突っ伏し、部活に出たいと嘆きはしたが、愚痴をこぼしたのはそれくらいだ。

「小槙は……」
「んー」

 つい竹野が声を漏らすと、小槙は突っ伏したまま顔だけを向けた。

「小槙はちゃんと自分でやるんだね」
「そりゃあ俺の問題だもんよ。なに。竹野に解かせると思った?」
「あっ。いや、その……」

 思わなかった、と答えたら嘘になる。竹野はうまく返事ができず、口籠もった。小槙を、そういう人間として見たことはない。だが、竹野に勉強を教えてくれと言ってくる面々は、大体の場合、竹野に問題を解いてくれ、と頼んでくるのだった。自分でやらないと意味がないだろう、と竹野がなんとか指摘をしても、いいんだよ、と強く言い返されてしまう。そのときの声の強さ、表情の恐ろしさに、竹野は萎縮してしまい、それ以上は何も言えなかった。

 だから本当は、いやだな、と思った。勉強を教えてくれと言われて、小槙もそうだったらどうしようと思った。いつも明るく快活に笑う小槙が、そういう人間であってほしくなかった。

「……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「誤解したから……」

 小槙の声は、不機嫌そうではなかった。それが逆に居たたまれず、竹野は俯いた。後ろの窓が少し開いているので、風が入り込んでくる。ファイオー、と聞こえてくるから、どこかの部が校庭を走っている。陸上部ではないだろうか。図書館は静かで、いつもであれば落ち着くような空間なのに、目の前の小槙の顔が見られないだけで、竹野の心は休まらない。

「話したことがない相手なんだから、誤解もするだろ」
「わっ」

 前髪を後ろに流すように手のひらで持ち上げられ、竹野は目を白黒させた。少し伸びていた前髪がなくなってしまい、視界が広い。さっきより距離の近い小槙に、竹野は息を吞んだ。

「俺が急に頼んだから、そう思ったっておかしくねーよ。教えてくれてありがとな、竹野」
「ん、うん」

 竹野が小槙と会話をするのはこれが初めてだ。それなのに、小槙が本当に友人に対するようになつっこく笑うので、竹野は気が抜けてしまった。頭に乗る手のひらの力を感じながら、ふっと頬が緩むのが分かった。
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