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 ゼシーの顔を見た男たちは、謝罪のようなものをむにゃむにゃと口の中で呟きながら、慌てて廊下を走って逃げていった。ゼシーはそれには頓着せず、今度はユアンをじっと見つめた。
 ユアンは目が合ったことでようやく我に返る。いま、自分がどういう目に遭いそうになったのか。そのことに直視できず、目の前のきらきらした男にだけ意識を集中させた。
 会うのは初めてだ。彼は名乗らなかったし、去って行った男たちも名を呼んだりはしなかった。
 それでもユアンは彼が誰であるのか、すぐに分かった。学園で噂に上らない日はない。美しいのに、酷く傲慢で性格が悪い、学園中から嫌われている男。公爵家の次男。ゼシー。
 だがいま、ユアンを助けてくれたのはその性格が悪いとされるゼシーだった。
 礼を言わなければ。つんのめるように、ユアンは身体を前のめりに押し出す。

「あ、あのっ」
「きみもきみだ」
「えっ」
「自分の立場をなんだと思っている。犬のように人の靴を舐めるしか能がないのか? それなら犬らしく家で尻尾でも振っていろ」

 ユアンは言おうとした礼の言葉も忘れ、固まってしまった。自分もかろうじて貴族ではあるものの、貴族ばかりの学園に馴染めないユアンは、弁解も思い浮かばなかった。
 黙り込んだユアンをどう思ったのか、ゼシーはフン、と鼻を鳴らし背を向けて立ち去ってしまう。カツカツとなる靴音が、自分を責めているように感じられ、ユアンは惨めさに俯いた。

 ユアンがゼシーを目で追いかけるようになったのは、それからだ。どうしてこんなに探してしまうのか、最初はわからなかった。探して改めて礼を言いたいのか。それとも犬呼ばわりされたことを撤回させたいのか。だがユアンには、ゼシーに声をかける勇気がなかった。


 ユアンがゼシーを目で追いかけるようになったのは、それからだ。どうしてこんなに探してしまうのか、最初はわからなかった。探して改めて礼を言いたいのか。それとも犬呼ばわりされたことを撤回させたいのか。だがユアンには、ゼシーに声をかける勇気がなかった。

 ゼシーは学園で酷く嫌われていたが、誰も逆らえないだけの力があった。美しさ、実家の権力もあり、文武両道に長けていた。
 自分にはそういったものはないけれど、あんなふうに堂々と出来たら、変なやつらに絡まれないのではないか。ユアンは常にそう思っていた。憧れというにはいびつで、冷たいことを言われて傷ついたためにそう思いついた可能性もある。だがそれになんの問題があるのだろう。
 あの人をずっと見ていたい。ユアンは思った。
 あの人が進む先は、きっと痛いくらいに綺麗な場所になるはずだから。
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