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アルド・カガリ
逃亡準備
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「エル、ここまでの護衛ご苦労さま。帰りの鬼馬は手配しているの?」
「はい、ヒュペレッドの領事館に私の愛馬が待機していますわ」
道中なにごとも無くヒュペレッドに辿り着いた僕達は、エルさんとの別れを惜しんでいた。
「愛馬……シェレちゃんのことでござるか!」
灯花がこの世界に来て一番気に入った乗り物でもある、空駆ける鬼馬のシェレット。
これまで他の鬼馬を何回か見たけど、空を飛ぶなんてことができるのはあの一頭だけだった。
「もう一度乗って……いや、拙者たちにはやるべき事があったでござるな」
珍しく灯花が自身の欲求を抑えた。
「?またドラグ・コトラにいらした時はぜひ一緒に乗りましょう。お二人が目的を無事に達成できること、心からお祈りしていますわ」
それでは……とエルさんは会釈し、ロンダバオから乗ってきた鬼馬で行ってしまった。
「ユウ様、あまり時間をかけずに用事を済ませて次の目的地へと向かいましょう」
エルさんが行ったのを見て、サーラさんが僕たちを先導する。
「うん。ここでは何をするの?」
「まずはわたしたちのおうちに行くよ~!」
アルネリアちゃんが僕の手を引く。
「これから魔界へ行くのですが、まずその為に必要なある嗜好品を取りに行きます」
「異界へ行くための嗜好品……黄金の蜂蜜酒的な……?」
「なんだそれ?お酒を賄賂にして通してもらうのか?」
やっぱり検問や関所みたいなものがあるんだろうか?
「いや、そういう意味ではなく……」
「ううん、あってるよ~!」
「えっ」
何故か言い出したはずの灯花が驚いている。
「蜂蜜酒は人界から魔界へ行くために必ず通らなければならない国、ナルアポッドでお世話になる部族の方への贈り物ですから」
「灯花はなんでも知ってるんだな」
なにか腑に落ちないって感じの顔してるけど。
「それにしても、案外バレないものですね。もうすでに聖王国へ情報が伝わってるものと思っていましたが……」
ここしばらく、サーラさんのクールな表情にはいつもと違う緊張感があった。
恐らく、追手がいつ来るのか分からないという不安があったのだろう。
「早く行きましょう。情報が漏れているにしろいないにしろ、先手を打って魔界まで逃げ込めばそうそう追いつけませんから」
その言葉に僕達は街道を進む足を早めた。
「…………」
そしてサーラさん達の家の前。
家の外観はおとぎ話に出てくる魔女の一軒家って感じで、逆三角形の木造家屋は絶妙なバランスで建っているように見えた。
「ユウ様」
着いた後、しばらく家を眺め回していたサーラさんが僕を見る。
「念の為に速身の聖法をかけていて貰えますか?」
「うん……なにかあったの?」
「決定的な何かがある……とは言えません。ですが、私の眼は通常では分からない違和感を感じ取れますので……」
どうやら家に異常があるらしい。
「三人ともそこに並んで……速身!」
僕の指先から光が飛ぶ。
「とうっ!」
灯花が垂直に五メートルほどジャンプした。
「うん、かかってるでござるな」
「オッケー」
サーラさんが素早く扉の方へと向かう。
「FBIの突入シーンみたいでドキドキするでござるな」
「頼むから灯花は何も起こらないことを祈っててくれ」
僕たちのやり取りを横に、ゆっくりと扉が開かれた。
「……………………」
何も起きない?
「皆様、おかえりなさいませ」
上下で整えられた漆黒の服装に身を包んだ濃褐色の肌の男が、サーラさんを見ていた僕たち三人の後ろに突如として現れた。
「誰でござるか!?」
灯花は僕とアルネリアちゃんを一瞬で脇に抱えて男から距離を取った。
「これは失礼。名はラギン、肩書きは魔王様直属の執事長です。サーラ様とアルネリア様にお伝えすることがあり、しばらくここを見張っておりました」
灯花がサーラさんの方に視線を向けると、サーラさんはラギンと名乗る男の方へと近付いた。
「久しぶりですねラギン。あなたが用意してくれたこの家と資金のおかげで快適に過ごし続けられていること、感謝してますよ」
「勿体なきお言葉です。単刀直入にお伝えしますが……」
ラギンさんは僕達を見回して……。
「聖王国を始めとしてサーラ様とアルネリア様が指名手配を受けています。新たな魔王の覚醒により、魔界との繋がりが疑われているようです」
「……そう」
サーラさんの表情が曇る。
「そちらの御二方……恐らく少年の方が新たな魔王でしょうか?」
僕を真っ直ぐに見る初対面の男に、隠されているはずの事実を正確に射抜かれた。
「ど、どうしてそう思うんですか?」
それを聞いて男は微笑む。
「トール様と瓜二つの容姿に底知れない法力による圧力……。覚醒してすぐのトール様を思い出しましたので間違いないかと」
灯花にすら気付かれない身のこなしに鋭い洞察力。
まだ会ってから大して時間は経っていないけど、この人がただ者じゃないということは僕でも分かった。
「急ぎましょう。蜂蜜酒を取り次第、魔界へと向かいます」
「ご心配なく。すでにこちらで用意していますのでもう発てますよ」
そう言うと、ラギンさんは鞄から瓢箪状の入れ物を取り出して見せた。
「準備のいい執事さんでござるな」
「父からも厚い信頼を寄せられている部下でしたからね。それでは馬車に戻りましょう」
僕達が来た道を帰ろうとしたその時。
シュタッ
「残念なお知らせですが……皆様を捕縛しなくてはならなくなりましたわ」
空駆ける鬼馬に乗ったエルさんが、僕達の前に立ちはだかった。
「はい、ヒュペレッドの領事館に私の愛馬が待機していますわ」
道中なにごとも無くヒュペレッドに辿り着いた僕達は、エルさんとの別れを惜しんでいた。
「愛馬……シェレちゃんのことでござるか!」
灯花がこの世界に来て一番気に入った乗り物でもある、空駆ける鬼馬のシェレット。
これまで他の鬼馬を何回か見たけど、空を飛ぶなんてことができるのはあの一頭だけだった。
「もう一度乗って……いや、拙者たちにはやるべき事があったでござるな」
珍しく灯花が自身の欲求を抑えた。
「?またドラグ・コトラにいらした時はぜひ一緒に乗りましょう。お二人が目的を無事に達成できること、心からお祈りしていますわ」
それでは……とエルさんは会釈し、ロンダバオから乗ってきた鬼馬で行ってしまった。
「ユウ様、あまり時間をかけずに用事を済ませて次の目的地へと向かいましょう」
エルさんが行ったのを見て、サーラさんが僕たちを先導する。
「うん。ここでは何をするの?」
「まずはわたしたちのおうちに行くよ~!」
アルネリアちゃんが僕の手を引く。
「これから魔界へ行くのですが、まずその為に必要なある嗜好品を取りに行きます」
「異界へ行くための嗜好品……黄金の蜂蜜酒的な……?」
「なんだそれ?お酒を賄賂にして通してもらうのか?」
やっぱり検問や関所みたいなものがあるんだろうか?
「いや、そういう意味ではなく……」
「ううん、あってるよ~!」
「えっ」
何故か言い出したはずの灯花が驚いている。
「蜂蜜酒は人界から魔界へ行くために必ず通らなければならない国、ナルアポッドでお世話になる部族の方への贈り物ですから」
「灯花はなんでも知ってるんだな」
なにか腑に落ちないって感じの顔してるけど。
「それにしても、案外バレないものですね。もうすでに聖王国へ情報が伝わってるものと思っていましたが……」
ここしばらく、サーラさんのクールな表情にはいつもと違う緊張感があった。
恐らく、追手がいつ来るのか分からないという不安があったのだろう。
「早く行きましょう。情報が漏れているにしろいないにしろ、先手を打って魔界まで逃げ込めばそうそう追いつけませんから」
その言葉に僕達は街道を進む足を早めた。
「…………」
そしてサーラさん達の家の前。
家の外観はおとぎ話に出てくる魔女の一軒家って感じで、逆三角形の木造家屋は絶妙なバランスで建っているように見えた。
「ユウ様」
着いた後、しばらく家を眺め回していたサーラさんが僕を見る。
「念の為に速身の聖法をかけていて貰えますか?」
「うん……なにかあったの?」
「決定的な何かがある……とは言えません。ですが、私の眼は通常では分からない違和感を感じ取れますので……」
どうやら家に異常があるらしい。
「三人ともそこに並んで……速身!」
僕の指先から光が飛ぶ。
「とうっ!」
灯花が垂直に五メートルほどジャンプした。
「うん、かかってるでござるな」
「オッケー」
サーラさんが素早く扉の方へと向かう。
「FBIの突入シーンみたいでドキドキするでござるな」
「頼むから灯花は何も起こらないことを祈っててくれ」
僕たちのやり取りを横に、ゆっくりと扉が開かれた。
「……………………」
何も起きない?
「皆様、おかえりなさいませ」
上下で整えられた漆黒の服装に身を包んだ濃褐色の肌の男が、サーラさんを見ていた僕たち三人の後ろに突如として現れた。
「誰でござるか!?」
灯花は僕とアルネリアちゃんを一瞬で脇に抱えて男から距離を取った。
「これは失礼。名はラギン、肩書きは魔王様直属の執事長です。サーラ様とアルネリア様にお伝えすることがあり、しばらくここを見張っておりました」
灯花がサーラさんの方に視線を向けると、サーラさんはラギンと名乗る男の方へと近付いた。
「久しぶりですねラギン。あなたが用意してくれたこの家と資金のおかげで快適に過ごし続けられていること、感謝してますよ」
「勿体なきお言葉です。単刀直入にお伝えしますが……」
ラギンさんは僕達を見回して……。
「聖王国を始めとしてサーラ様とアルネリア様が指名手配を受けています。新たな魔王の覚醒により、魔界との繋がりが疑われているようです」
「……そう」
サーラさんの表情が曇る。
「そちらの御二方……恐らく少年の方が新たな魔王でしょうか?」
僕を真っ直ぐに見る初対面の男に、隠されているはずの事実を正確に射抜かれた。
「ど、どうしてそう思うんですか?」
それを聞いて男は微笑む。
「トール様と瓜二つの容姿に底知れない法力による圧力……。覚醒してすぐのトール様を思い出しましたので間違いないかと」
灯花にすら気付かれない身のこなしに鋭い洞察力。
まだ会ってから大して時間は経っていないけど、この人がただ者じゃないということは僕でも分かった。
「急ぎましょう。蜂蜜酒を取り次第、魔界へと向かいます」
「ご心配なく。すでにこちらで用意していますのでもう発てますよ」
そう言うと、ラギンさんは鞄から瓢箪状の入れ物を取り出して見せた。
「準備のいい執事さんでござるな」
「父からも厚い信頼を寄せられている部下でしたからね。それでは馬車に戻りましょう」
僕達が来た道を帰ろうとしたその時。
シュタッ
「残念なお知らせですが……皆様を捕縛しなくてはならなくなりましたわ」
空駆ける鬼馬に乗ったエルさんが、僕達の前に立ちはだかった。
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