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アルド・カガリ
時間稼ぎ
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「カガリくん、任務の途中だけどあなたはどうする?」
スルファンは身支度を整えている。恐らく国に戻るのだろう。
「ボクは追跡を続けます。枢機卿の一員とは言え、次期聖王になれるとは思っていませんので」
本心だ。
聖王になることはボクの目標に含まれていない……という部分もあるけれど。
「そう。順当にいけば第一席が次の王座につくだろうけど、もしかしたら席の逆転があるから……私は行くね」
無理もない。彼女の席次は"第二"。
繰り上がりでも第一席の座は堅く、枢機卿内での支持次第では彼女が次の聖王になることも有り得るのだ。
(新たな魔王が覚醒した状況での聖王の崩御……ちょっとキナ臭いな)
聖王の年齢を考えれば、直接的な因果関係は薄い……はず。
ただ、運命的な何かを感じている自分もいる。
世界が大きく変わっていっているような何かを。
「あとの事は任せるね。あ、でも無茶は絶対にダメだよ?覚醒したばかりでも魔王なんだから」
「ありがとうございます。危なくなればすぐに逃げるので大丈夫ですよ」
着替えを終えたスルファンが腰帯をさらに締めた。
「それじゃ、戸締りよろしくね……速身の聖法!」
庭へ出る掃き出し窓を開け放ち、スルファンは跳んだ。
それを見送ってカガリは窓を閉める。壁に掛けられている鍵を手に取り、玄関から静かに家を出る。
「んん?ヒュペレッドから西に動いてる。行先は……ナルアポッドかな?」
鍵を閉め、カガリは自身に速身の聖法をかけて走り出した。
「せいっ!!」
凄まじい速度で黒剣が空を切る。
馬上から一合、下馬後に七合の打ち合いが起こるも、そのどれもが未だ互いの身体まで届かず。
「類稀なる膂力に龍王樹の加護……戦場での出会いは遠慮したい相手ですな……!」
「はっ!」
ラギンに向かって突進すると同時に、エルの剣から必殺の一撃が繰りだされる。
ギィンッ!
魔界で最も頑丈な黒剛の樹により作られた杖と、ラギンの力を逸らす技術が無ければ成立しない足止め。
ラギンの変わらない表情に、勝負は膠着状態に持ち込まれているように見える。
が、実態は……。
(息ひとつ乱さない無尽蔵の体力に、全ての打ち込みが必殺。こちらの魔法による感覚の偽装にも徐々に対応してきている……)
時間が経つにつれて自身が追い詰められていくのを強く感じていた。
「……どうして受けるだけで打ち込まないのですか?」
エルは大剣を構えたまま問う。
「私が任じられたのは逃がす為の足止めです。それに人界での無駄な殺生は魔王様より禁じられております。…………何より、あなたも剣を鞘から抜いていない」
少しでも会話を続けて息を整えようとするラギン。
「魔族と言えど、この件の重要参考人。可能な限り生け捕りにすべきという判断ですわ。今頃、逃げたみなさんも配備した兵に捕まっているでしょう」
暗に投降を勧める言い方に、ラギンは内心安堵していた。
(人界との確執は残り続けているかと思っていましたが、どうやら杞憂だったのかも知れませんね)
「嬉しい申し出ですが……主である魔王様への忠誠を誓った身である以上、私は役目を全うするのみ」
ラギンが杖を持ち直し、それに応じるかのようにエルも剣を構えた。
「っ!」
地に伏せるかのような低い姿勢で走り出したエルは、一瞬でラギンとの距離を詰め地面に触れるか触れないかの軌道で剣を斜めに振り上げる。
思わぬ角度からの攻撃に避けきれないと判断したラギンは杖を剣に合わせ、勢いのままに空中へと跳躍した。
「甘いですわっ!」
落下地点を見切ったエルが再び地面を蹴り、駆けた。
加速のついた重い横殴りの一撃が空中で身動きのとれないラギンへと迫る。
バサッ
標的を捉えたはずの大剣の切っ先には、漆黒色の服だけが残されていた。
トン
大剣が振られた方向の地面にラギンが着地する。
「一張羅を駄目にする上に一度きりのこんな手品に頼るとは、私もまだまだ精進が足りませんね」
「剣先に服を合わせて避けるなんて……まるで曲芸ですわね」
「鞘が着いたままでなければ、とても無理な一発芸です」
恐らく同じ手品は二度と通用しない……。
ラギンは足止めに限界を感じていた。
そこへ。
「紅の騎士様!報告です!」
三人の兵士達が現れた。
「ご苦労様ですわ。逃げた四人は捕えられましたの?」
こちらに剣を向けつつ、エルは兵士達を背後へと隠すように移動する。
「はっ!それが……」
「それが?」
「四人を乗せているであろう馬車は我々が待ち構えていた正門前の橋の直前で、堀へと進路を変え……」
「簡潔に結果だけおっしゃいなさい!」
「逃げられましたっ!!」
「そう……。逃げられ…………はあぁぁぁ!?」
驚きのあまりエルが剣を下ろして兵士に詰め寄る。
それを見てラギンはクックッと、吹き出すのを堪えきれずに笑った。
「これで、あなただけでも捕えなくてはならなくなりましたわ!」
兵士を離れさせ、ラギンへと剣を向けるエル。
「いえいえ、私はここでお暇させていただきます」
そう言ってラギンは杖の先を地面に突くと……。
「中位疾風魔法!」
詠唱と同時に地面の砂が舞い上がる。
「それではご機嫌よう……」
「待ちなさい!」
土煙が晴れて視界が開けた時、もうそこにラギンの姿は無かった。
「門を出た後に向かった方角はどちらですの?」
「そ、それが門外には兵を配備しておらず……」
「分かりましたわ!シェレット!飛びますわよ!」
エルの声に応じて走り出したシェレットは、飛び乗る主人を背中で受止めその速さのまま飛び上がった。
"逃がす為の足止め"
(人界に逃げ場は無いはず……。であれば予想される行先は魔界!)
「向かうは西ですわっ!」
空を駆ける鬼馬はエルの手綱で針路を変え、そのまま矢のような速さで飛んで行った。
スルファンは身支度を整えている。恐らく国に戻るのだろう。
「ボクは追跡を続けます。枢機卿の一員とは言え、次期聖王になれるとは思っていませんので」
本心だ。
聖王になることはボクの目標に含まれていない……という部分もあるけれど。
「そう。順当にいけば第一席が次の王座につくだろうけど、もしかしたら席の逆転があるから……私は行くね」
無理もない。彼女の席次は"第二"。
繰り上がりでも第一席の座は堅く、枢機卿内での支持次第では彼女が次の聖王になることも有り得るのだ。
(新たな魔王が覚醒した状況での聖王の崩御……ちょっとキナ臭いな)
聖王の年齢を考えれば、直接的な因果関係は薄い……はず。
ただ、運命的な何かを感じている自分もいる。
世界が大きく変わっていっているような何かを。
「あとの事は任せるね。あ、でも無茶は絶対にダメだよ?覚醒したばかりでも魔王なんだから」
「ありがとうございます。危なくなればすぐに逃げるので大丈夫ですよ」
着替えを終えたスルファンが腰帯をさらに締めた。
「それじゃ、戸締りよろしくね……速身の聖法!」
庭へ出る掃き出し窓を開け放ち、スルファンは跳んだ。
それを見送ってカガリは窓を閉める。壁に掛けられている鍵を手に取り、玄関から静かに家を出る。
「んん?ヒュペレッドから西に動いてる。行先は……ナルアポッドかな?」
鍵を閉め、カガリは自身に速身の聖法をかけて走り出した。
「せいっ!!」
凄まじい速度で黒剣が空を切る。
馬上から一合、下馬後に七合の打ち合いが起こるも、そのどれもが未だ互いの身体まで届かず。
「類稀なる膂力に龍王樹の加護……戦場での出会いは遠慮したい相手ですな……!」
「はっ!」
ラギンに向かって突進すると同時に、エルの剣から必殺の一撃が繰りだされる。
ギィンッ!
魔界で最も頑丈な黒剛の樹により作られた杖と、ラギンの力を逸らす技術が無ければ成立しない足止め。
ラギンの変わらない表情に、勝負は膠着状態に持ち込まれているように見える。
が、実態は……。
(息ひとつ乱さない無尽蔵の体力に、全ての打ち込みが必殺。こちらの魔法による感覚の偽装にも徐々に対応してきている……)
時間が経つにつれて自身が追い詰められていくのを強く感じていた。
「……どうして受けるだけで打ち込まないのですか?」
エルは大剣を構えたまま問う。
「私が任じられたのは逃がす為の足止めです。それに人界での無駄な殺生は魔王様より禁じられております。…………何より、あなたも剣を鞘から抜いていない」
少しでも会話を続けて息を整えようとするラギン。
「魔族と言えど、この件の重要参考人。可能な限り生け捕りにすべきという判断ですわ。今頃、逃げたみなさんも配備した兵に捕まっているでしょう」
暗に投降を勧める言い方に、ラギンは内心安堵していた。
(人界との確執は残り続けているかと思っていましたが、どうやら杞憂だったのかも知れませんね)
「嬉しい申し出ですが……主である魔王様への忠誠を誓った身である以上、私は役目を全うするのみ」
ラギンが杖を持ち直し、それに応じるかのようにエルも剣を構えた。
「っ!」
地に伏せるかのような低い姿勢で走り出したエルは、一瞬でラギンとの距離を詰め地面に触れるか触れないかの軌道で剣を斜めに振り上げる。
思わぬ角度からの攻撃に避けきれないと判断したラギンは杖を剣に合わせ、勢いのままに空中へと跳躍した。
「甘いですわっ!」
落下地点を見切ったエルが再び地面を蹴り、駆けた。
加速のついた重い横殴りの一撃が空中で身動きのとれないラギンへと迫る。
バサッ
標的を捉えたはずの大剣の切っ先には、漆黒色の服だけが残されていた。
トン
大剣が振られた方向の地面にラギンが着地する。
「一張羅を駄目にする上に一度きりのこんな手品に頼るとは、私もまだまだ精進が足りませんね」
「剣先に服を合わせて避けるなんて……まるで曲芸ですわね」
「鞘が着いたままでなければ、とても無理な一発芸です」
恐らく同じ手品は二度と通用しない……。
ラギンは足止めに限界を感じていた。
そこへ。
「紅の騎士様!報告です!」
三人の兵士達が現れた。
「ご苦労様ですわ。逃げた四人は捕えられましたの?」
こちらに剣を向けつつ、エルは兵士達を背後へと隠すように移動する。
「はっ!それが……」
「それが?」
「四人を乗せているであろう馬車は我々が待ち構えていた正門前の橋の直前で、堀へと進路を変え……」
「簡潔に結果だけおっしゃいなさい!」
「逃げられましたっ!!」
「そう……。逃げられ…………はあぁぁぁ!?」
驚きのあまりエルが剣を下ろして兵士に詰め寄る。
それを見てラギンはクックッと、吹き出すのを堪えきれずに笑った。
「これで、あなただけでも捕えなくてはならなくなりましたわ!」
兵士を離れさせ、ラギンへと剣を向けるエル。
「いえいえ、私はここでお暇させていただきます」
そう言ってラギンは杖の先を地面に突くと……。
「中位疾風魔法!」
詠唱と同時に地面の砂が舞い上がる。
「それではご機嫌よう……」
「待ちなさい!」
土煙が晴れて視界が開けた時、もうそこにラギンの姿は無かった。
「門を出た後に向かった方角はどちらですの?」
「そ、それが門外には兵を配備しておらず……」
「分かりましたわ!シェレット!飛びますわよ!」
エルの声に応じて走り出したシェレットは、飛び乗る主人を背中で受止めその速さのまま飛び上がった。
"逃がす為の足止め"
(人界に逃げ場は無いはず……。であれば予想される行先は魔界!)
「向かうは西ですわっ!」
空を駆ける鬼馬はエルの手綱で針路を変え、そのまま矢のような速さで飛んで行った。
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