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37話
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まず眠れなくなった。これは環境が急に変わったからだと思った。
次に食欲がなくなった。これは仕事がなくなって身体を動かさないからだと考えた。
徐々に身体を動かすのが億劫になって、ベッドから動かない時間が増えていった。
そしてその間も、世間の隼人への関心は止まらなかった。
『活動休止の人気俳優、知られざるその素顔! 女性ファン入れ食い状態か!?』
『関係者が語る俳優Fの真実! 共演者に手を出していた!?』
『人気俳優の修羅場! ファン同士が大喧嘩! 無期限の活動休止か!?』
『俳優Fの母! 夜の街で大金を使う!?』
閉じられたままのカーテンの隙間から、明るい日差しが差し込んでいる。
多くの人が働いている時間に、隼人はベッドに横たわってネットニュースのランキング上位の記事を見ていた。
すでに仙崎の家に引っ越してからそれなりの時間が経過していたが、隼人のことは未だにネットで炎上している。
そして事務所からは炎上対策として隼人の活動休止が発表されていた。
「俺、ファンにも共演者にも手を出してないのに…」
過激なタイトルばかり目立つが、その半分以上は嘘だ。
一応は事実無根であることを事務所経由で表明してもらったが、一向に収まる気配はない。しかも一部は本当のことも含まれているので、全てが偽りだと言えないのがたちが悪い。とくに母のことはいずれマスコミに嗅ぎつけられるとは思っていたが、予想以上に知りたくもない母の行動が詳細に記事になっていた。
こんな状況では当分復帰はできないし、しても仕事は来ないだろう。
「ほぼ無職ってことじゃん……」
仙崎は仕事に行っているので、この広い家の中で隼人一人だけ。
世の中の人は働いて活動しているのに、隼人だけが何もしていない。何もせずこうして寝ているだけ。
「……っ、――ぅ、っ――……」
泣きたいわけではないのに涙が溢れてくる。
不安と焦りが頭の中を永遠と駆け巡っている。
枕を濡らしながらスマートフォンの画面を眺めていると、通知音と共にメッセージが入る。落合からだ。
『調子はどうだ? 大丈夫か? どうせ世間の人間はすぐ忘れて次の話題に移るから気にすんな。俺は退院したけどリハビリでまだ完全に復帰は出来ないから、いくらでも時間がある。いつでも話聞くからな』
落合も怪我で苦労しているだろうに、暖かな言葉にまた涙が流れる。
だが彼に頼る気にはなれなかった。
たくさん支えてもらったのに、隼人にはもう俳優としての商品価値がなくなってしまった。ここで弱さを見せて甘えても、彼や事務所に返せるものがない。
『退院おめでとう! 俺は全然大丈夫だよ。今はゲームしたり昼寝したりだらだら過ごしてる。夏休み気分だよ』
隼人はせめて心配をかけまいと、取り繕ったメッセージを作って送信すると布団に潜り込んだ。
(何が駄目だったんだろう。何処で間違えたんだろう。もうわからない…)
罪悪感と無力感が隼人を包み、母にかけられてきた呪いの記憶が内側を蝕んでいく。
仙崎が隼人を肯定してくれた言葉も、暴走する負の思考が押し流していく。
隼人は為す術もなく、ただ涙を流して暗闇の中をまどろんだ。
「ん……。んんっ…」
「おはよう、隼人。良く眠れましたか?」
気がつくと仙崎がベッドに腰を掛けていた。
いつの間にか仕事から帰ってきたらしい。
「…修二さんおかえり」
「ただいま戻りました。隼人、またご飯を食べなかったでしょう」
彼は心配そうに隼人の頭を撫でなでる。
そうだった。ご飯を用意してもらっていたんだ。
たくさんのことを考えていて食事を取ることを忘れていた。
いや、覚えていても起き上がる気力も固形物を食べる体力も今はない。そもそも働いていないのに食事を取る資格があると思えなかった。
しかし用意してもらったのに食べなかったという罪悪感も同時に襲ってくる。
「…ごめん」
「いいえ。でも次は一緒に食べましょうね」
「うん」
仙崎は怒ることもなく穏やかなままで、何処までも優しい彼に後ろめたさを感じてしまう。
「隼人の状態は病院に行ったほうがいいと思うのですが…」
「……行きたくない。どうせマスコミにすっぱ抜かれて面白おかしく書かれるんだ」
医者に守秘義務があっても必ず何処かから情報は流失していく。そして関係者への取材によると、と表現されて報道されるのだ。
「その可能性は確かにありますね。では私になら話せますか? 隼人がどんなことで悩んでいるのか、どんな不安に苦しめられているのか教えてもらえますか?」
「……うん」
仙崎に促されて、隼人は不安と焦燥感で渦巻く思考を言葉にした。
ネットのこと。母のこと。過去の記憶。将来の不安。
ぽつぽつと話している間も勝手に涙が溢れてしまう。
だが流れた水滴は、頬を伝う前に仙崎の指が拭っていく。
「…たくさん問題はあるのに、何もしていないし何も出来ない」
「そんなことはありませんよ。ですがひとまずネットから距離を置きましょう。ゴシップ記事など見る価値はありません。スマホは私が預かります。隼人に必要な連絡や情報があれば私からお伝えしますよ」
「……うん」
泣いてぼんやりした頭でも、彼の言うことには一理あると思えた。だから隼人は枕元に投げ出していたスマートフォンを自ら差し出す。
仙崎は隼人のスマートフォンを胸元にしまうと、優しく微笑んでここからが本題です、と告げる。
「隼人が何もしていないことに不安を感じているのなら、私のお願いを聞いてもらってもいいですか? いずれお願いしようと思っていたのですが今がいいでしょう」
願い事?
どんな内容にせよ自分に出来るとは思えない。
「…俺に出来ることなんて殆ど無いよ」
「いいえ、これは隼人にしか頼めないことです。見せたいものがあります。起きられますか?」
「…わかった」
隼人はだるい身体を何とか動かしてベッドから出ると、彼の後ろを歩いていく。
長い廊下を歩き、いくつもの部屋を通り過ぎてエレベーターに乗る。
ぼーっ、と隼人が見ていると、仙崎は上の階層ではなく地下へのボタンを押した。
(ここ、地下もあるのか…)
エレベーターを降りた先は、地下とは思えない普通のおしゃれな空間が広がっている。
そして他にも部屋があるらしく扉が右側の壁と正面についている。
「右の部屋にはワインセラーがあります。後で一緒に飲みましょうね。私が見せたいのはこちらです」
彼は正面の部屋を鍵で開けると、躊躇いもなく扉を大きく開けた。
隼人は促されるがまま入ると部屋の有様に目を見開いた。
「っ――!! えっ…!? な、これ……!?」
その一室は、成人向けのグッズで埋め尽くされていた。
少ない光量で薄暗い部屋に、壁一面におびただしい数のディルドと蝋燭。
部屋のスペースを大きく取っているのは、様々な拘束台。
診察台のようなものに尻の部分がない椅子。
X字型の大きな拘束台に、三角木馬やギロチンのようなもの。
鞭や鎖、ベルトや枷が何本も吊るされていて、麻縄の束が部屋の一角に綺麗にまとめられている。
これだけあると、もはやそういった道具を取り扱うお店か、もしくは――。
(魔女の拷問部屋みたい……)
隼人が呆気にとられていると、後ろから両肩を掴まれた。
「っ!!」
振り返ると笑顔の仙崎がいた。
「とても沢山あるでしょう? これらは全て隼人のために集めたものですよ」
「俺の、ため…?」
「ええ。隼人はいじめられたり、強引にされるのが好きでしょう? とくに限界を少し超えるぐらいで攻められると凄く興奮しますよね。だから隼人と楽しむために用意していたんです」
仙崎の身体が背後にピッタリと密着してきて一歩も引けない。
まるで捕食者に捕まってしまった小動物のように心臓が早鐘を打つ。
「…じゃあ、修二さんのお願いって――」
「この道具達を使って楽しもう、というのは間違っていませんが、これだけではありません。さあ、もっと進みましょう」
隼人は仙崎の有無を言わせぬエスコートで、淫具だらけの部屋の奥へ連れてこられる。
そこにはまた扉があった。
装飾の凝った重厚感のある両開きのドアだ。
仙崎は扉の前で立ち止まると、真剣さと仄暗い雰囲気を漂わせて隼人と向き合う。
「隼人、私が以前、好きなものがなかった話をしたのを覚えていますか? 情熱を捧げられるものを探していたと言ったことです」
「うん、覚えてる。見つかったって…」
「ええ、そうです。見つかりました。それは隼人、あなたのことです」
仙崎の発言に隼人は驚きを隠せなかった。
その話を車の中でした時の、彼の楽しそうな表情を覚えている。
あの時はまだ隼人は恋心に気付いてもいなかった。
「私は隼人への思いを自覚してから、ずっとあなたを独占したくてたまらなかった。隼人が芸能界で生き残れるように導きながら、裏ではあなたを独り占めしたい、隼人が大勢の目に写ることを嫌だと思っていたんです。この先にある部屋は、隼人がもっと私のことを好きになってくれた時に、隼人を誰にも見せないように監禁するために用意したものです」
「監禁!?」
物騒な単語に思わず声が裏返ってしまった。
ちゃんと同意は得るつもりでしたよ、と言われたが狼狽えてしまうのは致し方ない。
「隼人は今、世間からのバッシングやお母様のことで頭が一杯になっていますね? 隼人の人生を左右する大きな出来事ですから、たくさん悩んでそのことばかりを考えてしまうのは仕方がありません。でも私は隼人がどうでもいい他人のせいで苦しんでいるなんて我慢がなりません。あなたには私のことだけを考えていて欲しい。他の余計なことなど考えず私だけを見て私の愛だけを享受して欲しいのです」
強くて重くて歪な愛。
でもそれは隼人の傷を癒やす、離れがたい熱を帯びている。
「世の中が隼人を求めていないなら、私に独占させて下さい。何もしていない事が不安なら、私が役割を与えます」
ここは多分、仙崎修二という底なし沼の淵だ。
扉の向こうは深くて暗い闇の底。
恐ろしさはある。でも隼人のひび割れた心には、彼の言葉が甘く染み込んでいく。
「隼人、この先の部屋で私に飼われて下さい。淫欲にふけり堕落しきって、私がいないと生きていけないようになって下さい。隼人の全てを管理して、不安も悩みも全て忘れさせてあげます」
この扉をくぐってしまったら、もう元には戻れまい。
支配と快楽の悪魔が手招きして待っている。
「ごめんね、こんな悪い大人で。でも隼人を一番に想っているのは確かです。隼人はずっと頑張ってきました。頑張ったならご褒美があって当然でしょう? 仕事がなくても心配ありません。私が養います。隼人はここで私に愛されて下さい」
仙崎の手が頬を包み込み、隼人の答えを待っている。
隼人はカラカラに渇いた喉から絞るように声を出す。
「俺がどれだけダメ人間になっても、修二さんは愛してくれるの?」
「もちろん、大歓迎です」
「絶対に捨てない?」
「ありえませんね。隼人がこの先に進んでくれたら、もう逃してあげられません」
仙崎は、隼人から一歩引くと静かに見守る。
あくまで選択するのは隼人だということらしい。
「……」
隼人は目の前の重そうなドアを見た。
この先に進んだら芸能界は引退になるだろう。
でもそれは隼人が仙崎と出会う前にすでに選択にあったこと。しかも今の現状は事実上引退と変わらない。
仕事に復帰できる可能性は低く、芸能界しか知らない隼人が一般の仕事で働ける可能性はもっと低い。
大多数の人間は俳優の『藤村隼人』を忘れ、次の若い俳優に移っていくだろう。
もう何も期待できない自分にここまで言ってくれるのなら、このまま墜ちてしまっていいのではないだろうか。
こんなに愛してくれる人はこの人しかいない。何も考えず不安に苛まれることなく、ただ彼に愛される。それは幸福なことではないだろうか。
隼人はドアノブに手をかけ重い扉を押し開けた。
「ありがとう隼人。たくさん愛し合って幸せになりましょうね」
背後から心地良い声が聞こえてきた。
次に食欲がなくなった。これは仕事がなくなって身体を動かさないからだと考えた。
徐々に身体を動かすのが億劫になって、ベッドから動かない時間が増えていった。
そしてその間も、世間の隼人への関心は止まらなかった。
『活動休止の人気俳優、知られざるその素顔! 女性ファン入れ食い状態か!?』
『関係者が語る俳優Fの真実! 共演者に手を出していた!?』
『人気俳優の修羅場! ファン同士が大喧嘩! 無期限の活動休止か!?』
『俳優Fの母! 夜の街で大金を使う!?』
閉じられたままのカーテンの隙間から、明るい日差しが差し込んでいる。
多くの人が働いている時間に、隼人はベッドに横たわってネットニュースのランキング上位の記事を見ていた。
すでに仙崎の家に引っ越してからそれなりの時間が経過していたが、隼人のことは未だにネットで炎上している。
そして事務所からは炎上対策として隼人の活動休止が発表されていた。
「俺、ファンにも共演者にも手を出してないのに…」
過激なタイトルばかり目立つが、その半分以上は嘘だ。
一応は事実無根であることを事務所経由で表明してもらったが、一向に収まる気配はない。しかも一部は本当のことも含まれているので、全てが偽りだと言えないのがたちが悪い。とくに母のことはいずれマスコミに嗅ぎつけられるとは思っていたが、予想以上に知りたくもない母の行動が詳細に記事になっていた。
こんな状況では当分復帰はできないし、しても仕事は来ないだろう。
「ほぼ無職ってことじゃん……」
仙崎は仕事に行っているので、この広い家の中で隼人一人だけ。
世の中の人は働いて活動しているのに、隼人だけが何もしていない。何もせずこうして寝ているだけ。
「……っ、――ぅ、っ――……」
泣きたいわけではないのに涙が溢れてくる。
不安と焦りが頭の中を永遠と駆け巡っている。
枕を濡らしながらスマートフォンの画面を眺めていると、通知音と共にメッセージが入る。落合からだ。
『調子はどうだ? 大丈夫か? どうせ世間の人間はすぐ忘れて次の話題に移るから気にすんな。俺は退院したけどリハビリでまだ完全に復帰は出来ないから、いくらでも時間がある。いつでも話聞くからな』
落合も怪我で苦労しているだろうに、暖かな言葉にまた涙が流れる。
だが彼に頼る気にはなれなかった。
たくさん支えてもらったのに、隼人にはもう俳優としての商品価値がなくなってしまった。ここで弱さを見せて甘えても、彼や事務所に返せるものがない。
『退院おめでとう! 俺は全然大丈夫だよ。今はゲームしたり昼寝したりだらだら過ごしてる。夏休み気分だよ』
隼人はせめて心配をかけまいと、取り繕ったメッセージを作って送信すると布団に潜り込んだ。
(何が駄目だったんだろう。何処で間違えたんだろう。もうわからない…)
罪悪感と無力感が隼人を包み、母にかけられてきた呪いの記憶が内側を蝕んでいく。
仙崎が隼人を肯定してくれた言葉も、暴走する負の思考が押し流していく。
隼人は為す術もなく、ただ涙を流して暗闇の中をまどろんだ。
「ん……。んんっ…」
「おはよう、隼人。良く眠れましたか?」
気がつくと仙崎がベッドに腰を掛けていた。
いつの間にか仕事から帰ってきたらしい。
「…修二さんおかえり」
「ただいま戻りました。隼人、またご飯を食べなかったでしょう」
彼は心配そうに隼人の頭を撫でなでる。
そうだった。ご飯を用意してもらっていたんだ。
たくさんのことを考えていて食事を取ることを忘れていた。
いや、覚えていても起き上がる気力も固形物を食べる体力も今はない。そもそも働いていないのに食事を取る資格があると思えなかった。
しかし用意してもらったのに食べなかったという罪悪感も同時に襲ってくる。
「…ごめん」
「いいえ。でも次は一緒に食べましょうね」
「うん」
仙崎は怒ることもなく穏やかなままで、何処までも優しい彼に後ろめたさを感じてしまう。
「隼人の状態は病院に行ったほうがいいと思うのですが…」
「……行きたくない。どうせマスコミにすっぱ抜かれて面白おかしく書かれるんだ」
医者に守秘義務があっても必ず何処かから情報は流失していく。そして関係者への取材によると、と表現されて報道されるのだ。
「その可能性は確かにありますね。では私になら話せますか? 隼人がどんなことで悩んでいるのか、どんな不安に苦しめられているのか教えてもらえますか?」
「……うん」
仙崎に促されて、隼人は不安と焦燥感で渦巻く思考を言葉にした。
ネットのこと。母のこと。過去の記憶。将来の不安。
ぽつぽつと話している間も勝手に涙が溢れてしまう。
だが流れた水滴は、頬を伝う前に仙崎の指が拭っていく。
「…たくさん問題はあるのに、何もしていないし何も出来ない」
「そんなことはありませんよ。ですがひとまずネットから距離を置きましょう。ゴシップ記事など見る価値はありません。スマホは私が預かります。隼人に必要な連絡や情報があれば私からお伝えしますよ」
「……うん」
泣いてぼんやりした頭でも、彼の言うことには一理あると思えた。だから隼人は枕元に投げ出していたスマートフォンを自ら差し出す。
仙崎は隼人のスマートフォンを胸元にしまうと、優しく微笑んでここからが本題です、と告げる。
「隼人が何もしていないことに不安を感じているのなら、私のお願いを聞いてもらってもいいですか? いずれお願いしようと思っていたのですが今がいいでしょう」
願い事?
どんな内容にせよ自分に出来るとは思えない。
「…俺に出来ることなんて殆ど無いよ」
「いいえ、これは隼人にしか頼めないことです。見せたいものがあります。起きられますか?」
「…わかった」
隼人はだるい身体を何とか動かしてベッドから出ると、彼の後ろを歩いていく。
長い廊下を歩き、いくつもの部屋を通り過ぎてエレベーターに乗る。
ぼーっ、と隼人が見ていると、仙崎は上の階層ではなく地下へのボタンを押した。
(ここ、地下もあるのか…)
エレベーターを降りた先は、地下とは思えない普通のおしゃれな空間が広がっている。
そして他にも部屋があるらしく扉が右側の壁と正面についている。
「右の部屋にはワインセラーがあります。後で一緒に飲みましょうね。私が見せたいのはこちらです」
彼は正面の部屋を鍵で開けると、躊躇いもなく扉を大きく開けた。
隼人は促されるがまま入ると部屋の有様に目を見開いた。
「っ――!! えっ…!? な、これ……!?」
その一室は、成人向けのグッズで埋め尽くされていた。
少ない光量で薄暗い部屋に、壁一面におびただしい数のディルドと蝋燭。
部屋のスペースを大きく取っているのは、様々な拘束台。
診察台のようなものに尻の部分がない椅子。
X字型の大きな拘束台に、三角木馬やギロチンのようなもの。
鞭や鎖、ベルトや枷が何本も吊るされていて、麻縄の束が部屋の一角に綺麗にまとめられている。
これだけあると、もはやそういった道具を取り扱うお店か、もしくは――。
(魔女の拷問部屋みたい……)
隼人が呆気にとられていると、後ろから両肩を掴まれた。
「っ!!」
振り返ると笑顔の仙崎がいた。
「とても沢山あるでしょう? これらは全て隼人のために集めたものですよ」
「俺の、ため…?」
「ええ。隼人はいじめられたり、強引にされるのが好きでしょう? とくに限界を少し超えるぐらいで攻められると凄く興奮しますよね。だから隼人と楽しむために用意していたんです」
仙崎の身体が背後にピッタリと密着してきて一歩も引けない。
まるで捕食者に捕まってしまった小動物のように心臓が早鐘を打つ。
「…じゃあ、修二さんのお願いって――」
「この道具達を使って楽しもう、というのは間違っていませんが、これだけではありません。さあ、もっと進みましょう」
隼人は仙崎の有無を言わせぬエスコートで、淫具だらけの部屋の奥へ連れてこられる。
そこにはまた扉があった。
装飾の凝った重厚感のある両開きのドアだ。
仙崎は扉の前で立ち止まると、真剣さと仄暗い雰囲気を漂わせて隼人と向き合う。
「隼人、私が以前、好きなものがなかった話をしたのを覚えていますか? 情熱を捧げられるものを探していたと言ったことです」
「うん、覚えてる。見つかったって…」
「ええ、そうです。見つかりました。それは隼人、あなたのことです」
仙崎の発言に隼人は驚きを隠せなかった。
その話を車の中でした時の、彼の楽しそうな表情を覚えている。
あの時はまだ隼人は恋心に気付いてもいなかった。
「私は隼人への思いを自覚してから、ずっとあなたを独占したくてたまらなかった。隼人が芸能界で生き残れるように導きながら、裏ではあなたを独り占めしたい、隼人が大勢の目に写ることを嫌だと思っていたんです。この先にある部屋は、隼人がもっと私のことを好きになってくれた時に、隼人を誰にも見せないように監禁するために用意したものです」
「監禁!?」
物騒な単語に思わず声が裏返ってしまった。
ちゃんと同意は得るつもりでしたよ、と言われたが狼狽えてしまうのは致し方ない。
「隼人は今、世間からのバッシングやお母様のことで頭が一杯になっていますね? 隼人の人生を左右する大きな出来事ですから、たくさん悩んでそのことばかりを考えてしまうのは仕方がありません。でも私は隼人がどうでもいい他人のせいで苦しんでいるなんて我慢がなりません。あなたには私のことだけを考えていて欲しい。他の余計なことなど考えず私だけを見て私の愛だけを享受して欲しいのです」
強くて重くて歪な愛。
でもそれは隼人の傷を癒やす、離れがたい熱を帯びている。
「世の中が隼人を求めていないなら、私に独占させて下さい。何もしていない事が不安なら、私が役割を与えます」
ここは多分、仙崎修二という底なし沼の淵だ。
扉の向こうは深くて暗い闇の底。
恐ろしさはある。でも隼人のひび割れた心には、彼の言葉が甘く染み込んでいく。
「隼人、この先の部屋で私に飼われて下さい。淫欲にふけり堕落しきって、私がいないと生きていけないようになって下さい。隼人の全てを管理して、不安も悩みも全て忘れさせてあげます」
この扉をくぐってしまったら、もう元には戻れまい。
支配と快楽の悪魔が手招きして待っている。
「ごめんね、こんな悪い大人で。でも隼人を一番に想っているのは確かです。隼人はずっと頑張ってきました。頑張ったならご褒美があって当然でしょう? 仕事がなくても心配ありません。私が養います。隼人はここで私に愛されて下さい」
仙崎の手が頬を包み込み、隼人の答えを待っている。
隼人はカラカラに渇いた喉から絞るように声を出す。
「俺がどれだけダメ人間になっても、修二さんは愛してくれるの?」
「もちろん、大歓迎です」
「絶対に捨てない?」
「ありえませんね。隼人がこの先に進んでくれたら、もう逃してあげられません」
仙崎は、隼人から一歩引くと静かに見守る。
あくまで選択するのは隼人だということらしい。
「……」
隼人は目の前の重そうなドアを見た。
この先に進んだら芸能界は引退になるだろう。
でもそれは隼人が仙崎と出会う前にすでに選択にあったこと。しかも今の現状は事実上引退と変わらない。
仕事に復帰できる可能性は低く、芸能界しか知らない隼人が一般の仕事で働ける可能性はもっと低い。
大多数の人間は俳優の『藤村隼人』を忘れ、次の若い俳優に移っていくだろう。
もう何も期待できない自分にここまで言ってくれるのなら、このまま墜ちてしまっていいのではないだろうか。
こんなに愛してくれる人はこの人しかいない。何も考えず不安に苛まれることなく、ただ彼に愛される。それは幸福なことではないだろうか。
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