春の記憶

宮永レン

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「駅まで送るよ」

 静かに立ち上がった彼と一緒に並んで、ゆっくりと歩きだした。

 怒っていないだろうか。

 私はちらりと彼の表情を盗み見た。

 いつも通りの表情――その瞳がこちらを向いた。

「どうかしたか?」

「あ、ううん。なんでもない」

 私は、ばつが悪くなってうつむいた。

 駅の入口まで来て、悠樹は急に立ち止まる。

「ちょっとここで待ってて」

 彼は一人で走って行ってしまった。

 その後ろ姿を見ていると、どうやら駅の近くのある小さな花屋に入ったようだった。

 ――まさかね。

 私は心によぎった思い出をしまいこもうとした。

 初めてのデートの帰り、私はあの花屋の前で言った。「ガーベラが好きなの」と。

(あまり興味なさそうな悠樹の顔にがっかりして、わざと大きなため息をついてみせたっけ……)

 少し経ってから、悠樹が店から出てくる。

「うそ……」

 私は唖然として、彼が戻ってくるのを見つめていた。

 悠樹はオレンジ色のガーベラの花束を手にしている。そして目の前まで来ると、それを私に差し出した。

「初めてここにデートで来た時だよな? ガーベラが好きって言ってたの」

 そう言って目を細める。

 私は何も言葉が出てこなくて、ただ頷くだけだった。

 目頭がじわじわと熱くなる。
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