稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

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狸御殿①

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 先日、禄郎と噂したせいだろうか。珍しい人が相談にやって来た。
 巫女がひとりで、リュウの家に来たのだ。暗く沈んだ表情で、そわそわとして落ち着かず、いかにも心配事を抱えている様子だった。
 すがるように放たれた言葉は、ちょっと意外でコンコは驚き、リュウは片眉を上げた。
「うちの宮司が近頃、変なんです」

 立って喋って宮司を務め、あやかしを拝殿下で預かって、元町をほっつき歩き賽銭で菓子を買い食いし、近所の子供と一緒に遊んで、あとは布団で寝ている狸。
 たぬおは十分変だと思っているリュウは、ピンとこなかった。

「昼間は寝てばかりで、ご飯のときにしか起きてこないんです」
 いつものことだと思い、聞き流してしまった。
「子供たちの誘いに乗らず、毎日ぼんやり過ごすばかりで、夜になるとどこかへ出掛けているようなんです」
 コンコもリュウも、それは不思議に思えてならなかった。
 たぬおは子供に誘われると務めを忘れて一緒に遊び、他の時間は菓子を食うか寝てばかりいる。これだけ様子が変わったのを、異変と言わず何と言おう。

「今宵も出掛けると思うので、調べて頂けませんでしょうか」
「たぬおに何かあっては、封じたあやかしに何かが起こるやも知れぬ。もちろん引き受けよう」
「たぬおさんにも巫女さんにも、お世話になっているからね」
 巫女は深々と頭を下げた。
 普段は、だらしないたぬおに眉をひそめている姿しか見ていないが、一緒に食事をしたり芝居を観に行ったりするなど、仲がいいのだ。

「大体、何故たぬおが宮司を務めることになったのだ」
 何の気ない問いかけのつもりだったが、巫女の琴線を爪弾いてしまったようだ。苦々しい思い出にうつむき、喉から絞り出すように口を開いた。
「先代が跡目を決められず身を引いたとき、神社が無くなるのは寂しいと言って、名乗りを上げたのが今の宮司でした」
 新政府の庇護にあっても、継がれなければ意味がない。存続の危機に瀕した神社を救ったのが、たぬおだったのだ。

 巫女は畳に目を落としたまま顔を背けた。言葉にすることさえ、つらいことだったのだろう。
「私は助けられたんです。幼い頃から馴れ親しんだ神社で巫女を務めていられるのも、宮司あってこそです」
 明治6年に施行された巫女禁断令により、神社に属さない巫女が禁止された。神社を失った巫女は他の神社に移るか、廃業するしか選択肢がなかったのだ。

「遊ぶか寝るかのだらしない、無駄飯食らいの役立たずと言われる狸の宮司ですが……」
 いくら何でも、ひどい言われようだとリュウは顔を引きつらせたが、大体そんな印象なので否定することが出来なかった。
「私にとっては、かけがえのない狸なんです!!」
 巫女は涙ながらに訴えた。これでも一応、真剣に悩んでいるらしい。

 巫女と一緒に神社へ向かい、物陰からたぬおの様子を覗った。
 巫女が夕餉の準備をしている間、拝殿の階段に腰掛けて、ぼんやり空を見つめている。
 夕餉が済むと再び拝殿前に座り、暮れゆく空をぼーっと眺めている。
 ここまで、普段と変わったところはない。
 片付けを終えた巫女が、たぬおに帰りの挨拶をしたものの、短い腕をひらひら振るだけで見送りはしなかった。

 一番星が見えた頃、目覚めたようにハッとして神社脇から伸びる路地を歩き出した。
 コンコとリュウが見つからないよう後を追う。
 元町と山手の境となる崖に沿って進むと、深い茂みが現れた。たぬおがそこへズボッと入ったので、コンコもリュウも身を屈めて潜り込む。
「リュウ、崖に向かって道が続いているよ」
「そんな馬鹿な、たぬおに化かされているとでも言うのか」
「たぬおさんは、ただの狸だよ。たぬおさん自身も、化かされているのかも知れない」
 化かされているのは納得できるが、たぬおがただの狸というのが、リュウにはどうにも腑に落ちなかった。
 茂みを抜けると、広大な土地に建つ巨大な洋館が現れた。やはり化かされていることは、間違いない。

 たぬおが玄関扉の前に立ったので、その後ろへと走っていった。
「たぬおさん、何をしているの?」
「コンコさん! それにリュウさんまで! よくここがわかりましたぬ! 近々、ご案内しようと思っていたぬですよ。さぁ、ご一緒にどうぞ!」
 隠し事が見つかって狼狽すると思っていたら、まさかの歓迎である。リュウはおろか、稲荷狐のコンコまでも狐につままれたような、この場合は狸に化かされたが正しいのか、とりあえずそんな顔をしている。

 意気揚々と歩くたぬおの後を、この屋敷の正体は何だろうかと考えながら恐る恐る廊下を進む。
 突き当たりの重厚な扉を押し開けると、豪華な造りの大広間に年季の入った長机があり、それを椅子に掛けた無数の狸が取り囲んでいた。

 たぬおが短い腕で、狸たちを指した。
「こちらは化け狸のみなさんです」
 ズラリと並んだ化け狸たちが一斉にペコリと頭を下げると、奥へ走ったたぬおが茶釜を被った狸を指した。
「こちらは上州の分福茶釜さんです」
 上座に控える獣を指した。熊のような身体に狼のような頭、鋭い目つきで閉じた口から牙が覗いている。
「こちらは寄合の発起狸である、伊予の隠神刑部いぬがみぎょうぶさん。八百八狸の主なんですよ」
 部屋いっぱいの狸に、コンコもリュウも唖然とするばかりであった。
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