稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

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狸御殿②

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 隠神刑部がコンコとリュウを、ギロリと睨みつけた。主というだけあって威厳たっぷり迫力満点である。
「あちらは稲荷狐のコンコさんと妖刀遣いのリュウさんです。あやかし退治を生業になさっているんですよぅ」
 たぬおの一言に化け狸たちはオロオロし、震え上がり、ついには気絶した。
「落ち着いてください! このおふたりは退治に来たぬではありません!」
 たぬおの言葉に、化け狸たちは安堵して平静を取り戻した。臆病だが能天気なようだ。

「たぬお、これは何の寄合なのだ」
「化け狸たちが、存亡をかけて話し合っているんです。文明開化をきっかけに、100年先を見据えて身の振り方を考えているんですよぅ」
「明治109年ていうことかな?」
「ええっと、西洋の暦では1976年ですよぅ」
 化け狸たちは遥か先を考えているのかと、呆然とするコンコとリュウのふたりである。

「ただの狸のたぬおさんが、何でいるのかな?」
「文明開化の横浜で、宮司を務めているからですよぅ。新しい時代の狸を代表しているんです」
 たぬおは、丸く膨れた腹を突き出した。菓子の食べすぎではないか。

「この寄合は、夜通し行われているのか」
「もちろんですよぅ、大変な問題ですから」
「巫女さんが心配しているから、ちゃんと話した方がいいよ」
「巫女さんが私を気に掛けているんですかぁ? いやぁ、参りましたねぇ。えへへ」
 1日ぼんやりとしている原因がわかったのと、よく知るたぬおの姿をようやく見れて、コンコもリュウもホッとした。

 せっかく来たなら付き合えと隠神刑部が言ったので、コンコとリュウは末席で傍聴した。
『この寄合を横浜で開いた意味がわかるか。狸も西洋にならい、独立をせねばならぬときが来た。狸の、狸による、狸のための国造りだ』
 独立国家を造ろうと言うのである。分福茶釜は机を叩いて立ち上がり、噛みつくように訴えた。
『狸は里山の獣です! 人間に寄り添わなければ生きていけません! 文明開化の世の中で、共に生きる道を探るべきです!』
 化け狸たちは、どちらの意見にも「うんうん」とうなずいていた。

『議論は尽くした、決を採る』と隠神刑部が言い放ち、一瞥すると化け狸たちが背筋を伸ばした。
『人間と共に生きる者は挙手!』
 化け狸たちは一斉に左手を挙げた。
『狸の国造りを望む者は挙手!』
 化け狸たちは一斉に右手を挙げた。
『お前ら、どっちなんだ!!』
 化け狸たちは一斉に両手を挙げた。
『狸にとっての一大事だ! ちゃんと考えろ!』
 化け狸たちは一斉に頭を抱えて、ううん……と唸った。きっと、何も考えていない。

 まさかの引き分けにギリギリと歯を噛み鳴らす隠神刑部に、形勢逆転の好機だと分福茶釜が立ち上がって訴えた。
『隠神刑部様の国造りを知っていますか!? 隠神刑部様、戦をするおつもりではないですか!?』
 急に物騒な話になって、コンコもリュウも表情を固くせずにはいられなかった。隠神刑部が首謀となれば、大変な戦になるかも知れない。
『西洋を見ろ! 血を流さずに土地を得るなど、叶わぬのだ!』
『化かして欺く昔と違うのですよ! 相手は鉄砲や大砲を持っています! みんな煮て焼いて食われてしまいますよ! 勝てっこないに決まっています!』
『勝てるかどうか、試してみよう』
 隠神刑部は立ち上がってリュウと目を合わせると、不敵な笑みを浮かべてなたを抜いた。

 隠神刑部は強かった、さすが八百八狸の主。
 小さな鉈から繰り出される斬撃は、熊のように力強い。一瞬の隙を突いて刀を振るが、ひらりひらりと躱されてしまう。
 そして刀は輝く気配がない。隠神刑部を斬ってしまえば、化け狸たちが一斉に襲って来ると判断して、コンコは祝詞を唱えないのか。

 部屋の隅でコンコは、背中を向けて丸くなって手で顔を覆っていた。

 リュウが「ちょっと待ってくれ」と隠神刑部に休戦を申し出て、コンコの元に向かった。
「何をやっている」
「だって……隠神刑部さんが……」
 真っ赤な顔を少し覗かせると隠神刑部に視線が合って、キャッと微かな声を出し再び壁を向いてしまった。
 伸ばした金玉袋を使ってリュウの斬撃を躱していたのが、見ていられなかったらしい。

『侍、終わっていないぞ!』
 隠神刑部は机に飛び上がる。鉈を狙い一閃すると、そこから更に飛び跳ねた。
 リュウの頭上を舞う隠神刑部、上段に構えた鉈が脳天目掛けて襲いかかる。
 すぐさま刀で受けの姿勢を取りに行く。
 刃よ、間に合え!

 コォォォォォォォォォォォォオォンンン……。

 交わる刃の間には、分福茶釜が挟まっていた。身体の茶釜が振動し、頭も手足も尻尾まで、ビリビリブルブルと震えている。
 茶釜の響鳴に、たぬおも化け狸たちも隠神刑部でさえも、驚きのあまり気絶してしまった。

 分福茶釜に揺り起こされた隠神刑部はあぐらをかくと、突っ伏した化け狸たちを見渡して、意気消沈して背中を丸めた。
『見てください、少しの音でも気絶するほど狸は臆病な獣なんです。刑部様、狸は戦に向かない獣なのです』
 隠神刑部が生んだ幻影が消えていく。ズラリと並んだ椅子が消え、長机は経机に、絨毯も壁紙も埃っぽい板張りに姿を変えた。
 ここは廃寺の本堂だったのだ。

 たぬおがハッと目を覚まし、景色の変化に狼狽えて、本堂をドタバタと走り回った。その滑稽な様子に、コンコもリュウも笑いをこらえていた。
「たぬおさん、化かされてビックリしたの?」
「違うんですぅ! ここの秘仏がありません! あれがないと、大変なことになるんですよぅ!」
 まさかの事態に、コンコとリュウのふたりから笑顔が消えた。
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