猛毒の花と愛

栗菓子

文字の大きさ
18 / 22
第2章 海の世界

第11話 破滅

しおりを挟む
ーイツキ・クランは知っていた。
どんなに強い男でも、偉大な人物も時の流れによる強大な力には叶わぬのだ。
死は呆気ないほど、生者へ忍び寄って、死神の鎌を下ろして肉体と魂を引き離す。

―愛しき猛毒の王。私の愛する人よ。
妙なる声で、情熱的に愛を囁く声は今は無言のままだ。
細身でありながら力強い腕は、イツキを熱く抱きしめた。その抱擁は今だに忘れられない。
だが、その腕は青白く、硬直している。
目は白く濁って、虚無の空間を凝視している。

鮮血の花が、貴人の全身を覆っている。まるで赤い装束のように、アデルによく似あっていた。
人形のように転がっているアデル。

ーああ、知っている。私はこの光景を見ていた。
そう錯覚をするほど、イツキ・クランは恐れていた。アデル・ユージンが暗殺に倒れることを。
直感的に、イツキは悟った。ユデル・ユージンだ。彼はとても自尊心が高い。番を奪われた屈辱のあまり、アデルに報復したのだ。イツキは混乱と恐怖と悲しみにうちひがれた。
必死で起こそうとしたが、もう駄目だった。既に息絶えている。
背中に鋭い剣が突き刺さっている。哀れで痛々しくてイツキは思わず、手を伸ばし、アデルを苦しめた憎い剣を抜こうとした。

ー人殺し。よくも我が弟を。ああ、誰か来てくれ。衛兵を。こいつをとらえろ。

周囲に複数の靴音がカツカツと近づいていく。だが、イツキは呆然と、アデルを抱きしめていた。
アデルは、イツキを魔性の者、よくも弟を殺したなと支離滅裂に金切り声を上げて罵った。

ーあなたが殺したんだろう。私ではない。貴方だ。

衛兵が拘束しようと、イツキの肩に手を伸ばしても、イツキは無抵抗だった。
ただ、アデルの死と己の破滅の運命を呆然と眺めるだけだった。

ーユデルは私を許さない。私をアデルを殺した犯人として罰する気だ。
無罪を主張しても、私の声は届かない。この皇国では、唯の寵愛された奴隷は主人が死んだら、殉死か、よその主人に売り払われるだけだ。
暗澹たる未来にイツキは、きつく唇をかみしめた。
力があれば、今すぐユデル・ユージンの首を掻き切りたかった。憎悪をこめてイツキはユデルを見つめた。
ーふざけるな。この嫉妬深い魔女め。

怒りで全身が震えた。これほどまでに人を憎んだのははじめてだ。ああ、この兄弟はよく似ている。アデルはイツキに愛を与え、ユデルは憎悪を与えた。
どちらもイツキの人生をかき乱し、破滅を与えた。

イツキの心が漆黒に染まる中、冷淡な笑い声が聞こえてきた。

「おお、アデルよ。美しき花が散ってしまったな。哀れよな。だが、本当にその者が手を下したのか我が調べよう。」

「……何故、帝がここに。」

アデルとユデルによく似た容貌と、一際優雅な貴人。時の帝であった。
「……なに。面白き余興があると知ってな。ふふ。我も、哀れな恋人たちを見に来たのよ。」

イツキは思わず俯いた顔を上げた。この男は、息子たちが殺しあうのも余興だと思っているのだろうか。彼はきつく、美しい帝を睨み上げた。頬には塩辛い液体が伝うのを感じた。

「……ほお。きつい顔だな。だが、目が良い。これが猛毒の王か。面白い。気に入った。我が貰うぞ。」

「……何故ですか。父上がそのような穢らわしい奴隷を所望する必要はありません。この者はすぐに処分します。」

ユデルは額に青白い筋を走らせながら、必死に懇願した。

「どうか。この者は私に引き渡してください。」

冷淡な声が抑揚なく静かに響いた。
「ならぬよ。だってお前は既にアデルを奪ったのだもの。だからこの者は我が連れていく。」
「!?ち、父上…。」
驚愕の表情でユデルは凍り付いた。
「お前は全く愚かで哀れな女神よな。メガエラ……。」
僅かに憐憫を含めた口調でユデルを慰めながらも、帝は厳かにいった。
「この者は我のもの。我が連れていく。」

虚脱しているイツキの身体を抱き上げ、血まみれになっているアデルから引き放していく。
ーああ、ああ、待って。
イツキは言葉にならぬ悲鳴をあげた。

アデルとイツキの世界は破滅を迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

お腹いっぱい、召し上がれ

砂ねずみ
BL
 料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。    そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。  さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。

転生子息は選ばれたい お家のために頑張ります

kozzy
BL
前世の記憶を持つ転生者な僕、オリヴィエは、使用人も母親も逃げ出す没落までカウントダウンの子爵家をなんとか維持しようと毎日頭を悩ませていた。 そんな時山で拾ったのは現世で落雷に合って異世界へ転移してしまった日本の青年安藤改めアンディ。 頼りがいのある彼アンディの力を借りて子爵家を立て直そうと思ったんだけど… 彼が言うにはこの世界、彼のやってたゲームの世界なんだって! そんな時王様によって発布されたのが、第一第二第三王子の婚約者を選ぶ大選定会を開催するという知らせ。 手っ取り早く〝玉の輿”を狙う彼のプロデュースで僕はどんどん磨かれていって… え?これ空前のモテ期? しばらくはじれったいのが続く予定です。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

処理中です...