猛毒の花と愛

栗菓子

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第3章 動乱

第1話 悪夢

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イツキ・クランはうなされていた。
アデル・ユージンが暗殺されてから、夜ごと、アデルの亡霊が現れては、イツキの頬に優しく触れて、接吻をする。

とても柔らかな儚い求愛だ。
ああ、おかしい。アデルはもっと激しく貪る様な接吻をした。これは本当にアデルだろうか?

ーあなたはだれだ。アデル様なのですか?

「私の愛しい猛毒の王よ。」

同じ求愛にイツキは違和感に気づいた。ああ違う。これはアデル様ではない。ずっと冷酷な気性を思わせる男の声だ。急速にイツキの意識が浮上した。

はっと目を開けると、アデルによく似た男が、愛おし気に額を頬を撫でていた。冷淡な声と違うその繊細な行為にイツキは戸惑う。これは、アデル様?いいえ。アデル様は亡くなられた。あのユデルに……。

冷たい怒りが沸き上がってきた。私の男が殺された。許せない。

「……帝よ。どういうおつもりですか……。何故卑しき奴隷を、私を殺さなかったのですか?私は貴方様の大事な息子を奪った者としてみられているというのに……。」

「愚かな事をいうものよ。そなたは、アデルの求愛を受け入れた愛人にすぎぬ。そなた自身、アデルを好ましくおもっていたであろう。我は息子たちの恋愛には干渉せぬつもりだった。しかし、愚かな哀れなメガエラと化したユデルが暴挙を起こした故、我が出向かなければならなくなった。」

「まあ、もう一つ目当てはあった。猛毒の王とはどんなものか興味があってな。」

「……そなたはうなされていた。哀れな。まだアデルの亡霊に縋る気か。既に死者はそなたになにもしてくれぬ。そなたの望みを叶えてやれるのは我だけじゃ。」

くくっと帝は冷笑した。その笑いも美しき顔によく似あっていた。
イツキは思わず、帝の袖の裾を小さく震える手で掴んでか細い声で静かに言った。
「……では、私が真の犯人である兄君ユデル・ユージンの命を所望することをゆるしていただけないでしょうか私は、どうしてもアデル様の命を奪ったあの方が赦せない。」

はらりと涙を流しながら、イツキは帝に懇願した。その望みが叶うならなんでもするつもりだ。
悲愴な顔をするイツキを帝は蛇のように目を細めて眺めた。

「ユデルは殺さぬ。だが、寺院に生涯幽閉にする。あれもまた、皇族の血を引く者ゆえ屠るには惜しい。」
イツキは絶望した。寺院は強力な権限をもっている一種の聖域ともなっている。
寺院は、王族や政治家や犯罪者は庇護を求め、逃げ込む特殊な場所として存在する。
人間の教化・贖罪など、人々の幸福を教化するため、地域や、民族、人種の拠り所となっている。

特に、帝の嫡子となれば、豪奢な牢獄になるのは目に見えている。

ーアデル様を穢したその手で幸福を享受するのか。醜い魔女め。

イツキの奥底から怨嗟の声が迸る。
「……お恨み申し上げます。帝。ああ私に力があったら、私はユデル様の首を切断して、アデル様の亡骸に供物としてそなえたでしょう。帝はどうして止めて頂けなかったのですか。
アデル様とユデル様のこの結末は、帝にとって面白い見世物にすぎなかったのですか?
だとしたら、私は帝をお恨みします。」

「ふふ。そなたは全く可愛いな。その絶望の姿も好ましい。だが、我は帝よ。帝に通常の親子の情などゆるされない。秩序を乱す情は不要だ。だが、我は、そなたのほうが遥かに気に入っている。
ああ、これも血の呪いか。だとしたらなんと甘美な呪いであることか。」

帝はイツキの顔をわしづかみ、僅かに熱を帯びた深海の瞳でイツキの黒曜石の瞳を見つめた。
とても強い眼。イツキの全てを制圧したがる欲望が現れていた。

イツキは思わず後すざった。
ここは、帝の宮殿、後宮の中央にある月影の宮殿だ。割と質素だが、数少ない家具は、名工が、繊細な芸術的な螺鈿模様を彫っていて、格調高く、後宮の第一位に相応しい部屋だった。壁は青と黒と白のモザイクタイルを丁寧に貼っている。
その上には植物や花や動物の意匠が繊細に塗られている。

ーここは位の高い貴婦人が住まうに相応しい場所。私には場違いだ。

余りにも繊細で美しい宮殿の寝室に横たわれていたイツキは、逃げようにも脱出の術が分からなかった。
唯、力強い体格で、押し伏せる帝を抵抗できずに、身体が強張るばかりであった。

「……ああおやめください。私はまだアデル様のことが忘れられないのです。」

「そなたは可愛くて愚かだな。忘れなくて良いのだ。我の事もそなたの中に入れるのだ。」

ーああ、そんな。イツキは絶望の海に落ちた。
獰猛な獣にくわれる。イツキは帝との初夜を苦く陰惨な思いで受け入れた。

「私の愛しい猛毒の王よ。」

この人は誰だ。同じ求愛の言葉を囁くよく似た男。ああ、悪夢だ。私は、アデルによく似た父親に
襲われ、情人と成り果ててしまった。
それはアデル様への裏切りにはならないかとイツキは恐ろしかった。

「そなたを愛している。この容姿、身体そのものが私を誘っている。そなたの心に反して、我の何かがそなたを求めている。そなたも我を求めているだろう。」

確信にも似た口調で荒々しく帝はイツキを貪った。
肩に、乳首に、腹に、歯型とキスマークを幾つもつけながら、赤く充血した身体になっていくイツキを、帝は満足そうに微笑んだ。獣の笑顔だ。愉悦と歓喜の笑顔。醜くも悍ましくも美しかった。


己の理性を超えた性的な絶頂をイツキは何度も味わった。

獣のように、イツキと帝は睦みあい、新しい雄を受け入れた。


アデルの幻影が重なる男との情事は、悪い夢のようにイツキの心と体を苛んだ。

彼が誰だかわからなくなる。 アデル様……。自分がこれほど薄情で酷薄だったとは。イツキは己について苦悩した。心のどこかで冷徹な意識が囁いた。

『なにも、驚くことはない。アデルと帝はほぼ遺伝子が同じよ。我を求める猛毒の花の遺伝子が開花しただけのこと。帝は長だけあって理性が強いが、本能は我を強く求めている。』


ああ、また遺伝子だ。猛毒の花は王を求めるのか?イツキは気が狂いそうだった。

「私の愛しき猛毒の王よ。」


その愛の言葉はイツキにとってもはや呪縛にほかならなかった。


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