夜煌蟲伝染圧

クナリ

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第10話 第四章 一坂新九郎、スカートをめくる

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「今日、初めてエリヤちゃんの笑顔見たねー」
「いやまあ、今日は、そうでしょうね……」
 そう私が答えるのと同時に、いきなりトイレの中の電気が消えた。
 突然のことに絶句する私達の耳に、トイレの外から一坂の声が響いた。
「二人とも、大丈夫ですか!」
「新九郎君! 何? 停電?」
「分かりません。あ、いや、違うな。学校の外には、街明かりがいつも通りに見えます。この学校だけ、電気が消えたみたいです。出て来られますか?」
 月のお陰で、校舎の中は完全な暗闇にはならずに済んでいる。私と柚子生先輩はうなずき合うと、廊下へ出て一坂と合流した。少し離れていたらしい斯波方先輩も駆けつけて、四人が揃う。
「二人とも無事だな。何だってんだ。蟲に感染した奴が感電死でもして、ショートしたのか?」
「えー、そんな回りくどい死に方するかなあ。偶然の事故でないとしたら、誰かが故意に電源を落としたんじゃないかな」
 そう言う柚子生先輩に、私は思わず、訊いた。
「誰かって……誰ですか」
 柚子生先輩は右手の人差指をぴっと立てて、
「もちろん、生き残ってる人」
 一坂が割って入った。
「この時間じゃ、元々学校に残ってた人数自体多くはなかったと思いますが……それでも生き残りなんて、僕ら以外にいるんですかね。柚子生先輩、何でそう思うんです?」
「蛍光灯がピカピカ光ってる下じゃ、蟲の光は見えづらいのよね。むしろ、暗い方がすぐに発見できると思わない? それなら、電気を消してメリットがあるのは、あたし達みたいに夜煌蟲から逃げてる、まだ感染してない人間ってことになるじゃない」
 その理屈は、一応合っているとは思う。けれど、本当にいるのだろうか。私達の他にも、誰かが。
 斯波方先輩が腕組みして、言う。
「でも、確か全校分の配電盤やらスイッチがあるのって、職員室の隅だぜ。さっき見たろ、真緑の職員室。蟲どもに触らずに、あんな中を移動できるもんかな」
「あたしだって、確証があるわけじゃないよ。でも、可能性はあるでしょ。何か、蟲を避ける方法があるのかも知れないし。あたし、……職員室に行ってみる」
 そう聞いて、他の三人が三人とも、この人は何を言い出すのかとのけ反った。
 けれど私が柚子生先輩を止めようとする前に、一坂が口を開いた。
「でも斯波方さん、確かに、蟲避け――ああなんて気楽な響き――の方法を実践してる生き残りがいれば、僕らにも思いっ切り有益ではあるんですよね」
「そうだな……。そいつが職員室から逃げ出してりゃ合流できるだろうし、もし配電盤を操作した後身動きできなくなってたりしたら助けてやらなきゃならねえし。見るだけ、見に行ってみるか。やばそうなら引き返そう」
 職員室へ行く方向で、意見はまとまりかけていた。唯一積極的にイエスと言っていない私の顔を、一坂が覗き込む。
「エリヤ、怖い?」
「……いや、そうじゃなくて。怖いけど、その」
 そうもじもじと言った時、一坂が私のスカートの裾をつまみ上げ、膝の上までが露出した。
 何をする、と叫ぶ前に、私の右パンチが一坂の頬を撃ち抜いていた。それから一応、
「何をする!」
 と叫んで、続けて左のパンチを一坂の逆の頬に見舞う。
「ち、違う! 膝だよ、その膝!」
「エリヤちゃん、それ……」
 私が階段で打った膝は、廊下の月明かりの中でもはっきりと分かるほど、青黒く腫れていた。歩こうとすると、痛みが走る。夜煌蟲がうじゃうじゃいる中に、この状態で入り込んで行って、逃げ切れる自信は無かった。けれど――
「いえ、いいんです。行きましょう、職員室」
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