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第11話 第四章 職員室へ
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何とかなるだろうなどと、楽観的に考えたわけではなかった。ただ、生き残った人がいるのなら、それは私なんかよりも、きっとずっと価値のある命だろう。それなら優先順位として、私のせいで救出に行けないなどということは許されないと思った。
私なりに覚悟を決めて、顔を上げる。一坂と目が合った(ちょっと両頬が腫れている)。一坂は、じっと私の目を見ていた。
何だか、自分の卑屈な価値観が見通されているようで、恥ずかしくなった。ふいっと目を逸らすと、一坂が私に歩み寄った。
「エリヤ、斯波方さんとここにいて。職員室には、僕と柚子生先輩が行く。良いですよね、斯波方さん」
「ああ」
「怪我してるエリヤとは、身体能力が高い斯波方さんが一緒にいた方がいいです。女子二人で残すわけにもいかないですし」
柚子生先輩も、後ろでうなずいている。斯波方先輩が腕組みを解いた。
「二人とも、危なそうなら諦めて帰って来いよ」
「もちろん、そうしますよ。僕だって、自分の命が一番可愛いですから。……連絡が取り合えればいいんですが……」
そう言って、一坂が携帯端末をポケットから取り出した。私も一応端末を見てみる。やっぱり、電波状況は悪いままだった。同じように自分の端末を見ていた柚子生先輩が、声を上げた。
「あ、ちょっと待って。これならどうかな。……斯波方君、去年のアプリ、立ち上げてみて。GPSみたいなやつ」
「あ、あれですか。ちょっと待ってくださいよ……と」
一坂が首を突き出して、
「何です?」
と訊く。
「お前らが入る前にな、部の中で、どんなアプリだったら学校のブロックを受けずにダウンロードできるか色々試したんだよ。その中に、お互いに番号を登録し合った端末の場所を地図で表示できるってやつがあったんだ。まあ、使い道も無いんで忘れてたけどな。ああ、ありました。柚子生さんの番号、登録してあるから表示できてるっすよ。そっちはどうです?」
「うん、斯波方君のいる場所もこっちの画面に出た。簡単なメッセージも送れるから、何かあったら連絡するね」
「画面に夢中になって、油断せんで下さいよ」
そういう斯波方先輩に、柚子生先輩はニヤリと笑い、
「だーいじょうぶ、あたし五十メートル走九秒台だし」
「あんま関係無い……って言うかそれ遅くねえ? ……新九郎、お前がしっかりやれよ」
「はいはい」
着々と準備している三人に、私はおずおずと声をかけた。
「あの、……やっぱり別れるのは危険です。私、平気です。四人で行きましょうよ」
自分のせいで皆のリスクを増やすのは、ごめんだった。いざとなれば、私が囮になることだってできる。囮と言うより生贄かもしれないけど、生存者救出のためには、むしろ私が行った方が良い。ここに残れと言うなら、一人で残った方がまだ気が楽だった。斯波方先輩が一緒の方が、二人だって心強いに決まってる。
けれど、
「エリヤ。君の平気と、僕らの平気は、多分違う。僕らは、君が夜煌蟲に感染することは、平気では、ないんだ」
一坂が、ゆっくりと言葉を区切って言った。また、私の目を見つめて来る。
「君が何を考えているのか、少しは分かるつもりだよ。だから、エリヤはここにいるんだ。僕らは、必ず戻って来るから」
なぜこいつは、こんなことを言うんだろう。なぜ私なんかのことを、そうまで考えるのだろう。
「……一坂って、博愛主義者なの?」
「いや、そんな大げさなものじゃなくてもクラスメイトは助けるでしょ。普通」
「え。助けないけど」
「……あ、ああそう」
「一坂って、変人なんだ。知ってたけども」
「なっ!」
一坂は上半身をもんどりうたせた。私が言っておいてなんだけど、気持ちはまあ分からなくもない。
「え、……エリヤに言われた……エリヤに……! と、とにかく、一人にしてはいけない人を一人にはしないし、危なっかしい人を放ってもおかないよ。それだけだ。でも、僕は昔、それだけのことができなかった。今でも後悔してる」
気を取り直した一坂が、まっすぐに私を見ている。こんな風に人と向き合ったのは、初めてだった。急に恥ずかしくなり、私は何か、混ぜっ返さずにいられなくなった。
「一坂の真剣な顔って、変な顔」
「そうだね。いつもへらへら笑って、エリヤにちょっかい出してたから。でも、僕は君を、放っておけなかった。今もそうだ」
「だから、何でよ?」
「長くなるから、今は言えない。明日にでも、ゆっくり話すよ」
ちょっと笑いながら、ようやく一坂が私から視線を外した。
「行きましょうか、柚子生先輩。じゃあ、斯波方さん、エリヤ、また後で」
私なりに覚悟を決めて、顔を上げる。一坂と目が合った(ちょっと両頬が腫れている)。一坂は、じっと私の目を見ていた。
何だか、自分の卑屈な価値観が見通されているようで、恥ずかしくなった。ふいっと目を逸らすと、一坂が私に歩み寄った。
「エリヤ、斯波方さんとここにいて。職員室には、僕と柚子生先輩が行く。良いですよね、斯波方さん」
「ああ」
「怪我してるエリヤとは、身体能力が高い斯波方さんが一緒にいた方がいいです。女子二人で残すわけにもいかないですし」
柚子生先輩も、後ろでうなずいている。斯波方先輩が腕組みを解いた。
「二人とも、危なそうなら諦めて帰って来いよ」
「もちろん、そうしますよ。僕だって、自分の命が一番可愛いですから。……連絡が取り合えればいいんですが……」
そう言って、一坂が携帯端末をポケットから取り出した。私も一応端末を見てみる。やっぱり、電波状況は悪いままだった。同じように自分の端末を見ていた柚子生先輩が、声を上げた。
「あ、ちょっと待って。これならどうかな。……斯波方君、去年のアプリ、立ち上げてみて。GPSみたいなやつ」
「あ、あれですか。ちょっと待ってくださいよ……と」
一坂が首を突き出して、
「何です?」
と訊く。
「お前らが入る前にな、部の中で、どんなアプリだったら学校のブロックを受けずにダウンロードできるか色々試したんだよ。その中に、お互いに番号を登録し合った端末の場所を地図で表示できるってやつがあったんだ。まあ、使い道も無いんで忘れてたけどな。ああ、ありました。柚子生さんの番号、登録してあるから表示できてるっすよ。そっちはどうです?」
「うん、斯波方君のいる場所もこっちの画面に出た。簡単なメッセージも送れるから、何かあったら連絡するね」
「画面に夢中になって、油断せんで下さいよ」
そういう斯波方先輩に、柚子生先輩はニヤリと笑い、
「だーいじょうぶ、あたし五十メートル走九秒台だし」
「あんま関係無い……って言うかそれ遅くねえ? ……新九郎、お前がしっかりやれよ」
「はいはい」
着々と準備している三人に、私はおずおずと声をかけた。
「あの、……やっぱり別れるのは危険です。私、平気です。四人で行きましょうよ」
自分のせいで皆のリスクを増やすのは、ごめんだった。いざとなれば、私が囮になることだってできる。囮と言うより生贄かもしれないけど、生存者救出のためには、むしろ私が行った方が良い。ここに残れと言うなら、一人で残った方がまだ気が楽だった。斯波方先輩が一緒の方が、二人だって心強いに決まってる。
けれど、
「エリヤ。君の平気と、僕らの平気は、多分違う。僕らは、君が夜煌蟲に感染することは、平気では、ないんだ」
一坂が、ゆっくりと言葉を区切って言った。また、私の目を見つめて来る。
「君が何を考えているのか、少しは分かるつもりだよ。だから、エリヤはここにいるんだ。僕らは、必ず戻って来るから」
なぜこいつは、こんなことを言うんだろう。なぜ私なんかのことを、そうまで考えるのだろう。
「……一坂って、博愛主義者なの?」
「いや、そんな大げさなものじゃなくてもクラスメイトは助けるでしょ。普通」
「え。助けないけど」
「……あ、ああそう」
「一坂って、変人なんだ。知ってたけども」
「なっ!」
一坂は上半身をもんどりうたせた。私が言っておいてなんだけど、気持ちはまあ分からなくもない。
「え、……エリヤに言われた……エリヤに……! と、とにかく、一人にしてはいけない人を一人にはしないし、危なっかしい人を放ってもおかないよ。それだけだ。でも、僕は昔、それだけのことができなかった。今でも後悔してる」
気を取り直した一坂が、まっすぐに私を見ている。こんな風に人と向き合ったのは、初めてだった。急に恥ずかしくなり、私は何か、混ぜっ返さずにいられなくなった。
「一坂の真剣な顔って、変な顔」
「そうだね。いつもへらへら笑って、エリヤにちょっかい出してたから。でも、僕は君を、放っておけなかった。今もそうだ」
「だから、何でよ?」
「長くなるから、今は言えない。明日にでも、ゆっくり話すよ」
ちょっと笑いながら、ようやく一坂が私から視線を外した。
「行きましょうか、柚子生先輩。じゃあ、斯波方さん、エリヤ、また後で」
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