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第一章 ずっとずっと好きだったけれどもういけない
青四季海と、姉のなるみ1
しおりを挟む夜。
海は自室に入ると、週末のスケジュールをスマートフォンで確認していた。
郊外の一戸建ての二階で、海は自分の部屋を与えられている。隣は、姉の部屋だった。
今はもう、海は「仕事」はしていない。しかし、男娼をしていたころ――といってもまだ数ヶ月前の話だが――に特になじみになった女たち数人とだけ、今でも海は会っていた。
もちろん、会えば愛撫をしている。今はもう無料で。その代わり、お互いに無理のない頻度で会うことにしていた。
夫や子供のいる相手もいる。無理をして、彼女たちの生活を破綻させるわけにはいかない。どんなに頻繁に会おうと請われても、海のほうで会い方をコントロールするように心がけていた。
土曜の夜に、三十代後半の人妻が一人。日曜の昼前に、独身の、どこかの会社の社長らしい四十代後半の女性が一人。前者はふくよかで、後者は痩せている。どちらも、海には好ましく感じられる。
必要としている人に、必要なことをしてあげる。お世話になった人たちだから。やがてそんな関係は細り、自然に消滅するだろう。そうして自分は「普通」になる。漠然とそう期待していた。
いつの間にかペニスが勃起していた。
二人の体を想像しただけで、こうなる。
冷静に務めを果たすためには、落ち着かないといけない。熱情に任せて愛撫されることを好むお客もいたが、実際にそうすると、たいていはお互いに空回りして気まずくなることがほとんどだった。
かといって、性欲を枯渇させた状態では、海の場合奉仕に気が乗らない。適度に性欲をコントロールする必要があった。
(今日射精しておけば、週末にはちょうどいいかな)
部屋着のズボンと、パンツを下す。
なにもしなくても完全に反り返ってしまったペニスの茎を、右手で柔らかく握った。
あまり力を入れずにしごき出す。
「ん……」
先端が濡れていた。放課後の、陽菜のせいだ。
しかし、強いて誰のことも思い浮かべないように努めながら、快感に集中する。
みるみるうちに液体はあふれてきて、先端全体が光り出す。
海は、手のひらで先端をくるんで、円を描いて触った。
そうするのが一番好きだった。
「う……あ」
気持ちいい。
自分でもこんなに気持ちいいのに、これが、好きな人に触れられてしまったら、どうなってしまうんだろう。
いや。
一度、そうなったことは、ある。でも、あまりに夢中になりすぎて、あの時のことはよく覚えていない。半年前の、あの日のことは。
「あ……ふ……はあ、……」
海は、自慰でも声が出てしまう。
だからなるべく穏やかに行う必要があった。大きい声を出せば、隣にいる姉に聞こえてしまう。
一応、それくらいの分別はつけていたのだが。
こんこん。
「海、いる?」
ノックしたのは姉だった。
海は、心臓が止まるかと思った。
部屋には鍵などつけていない。
そして姉は、ノックした後は、海が返事をしようがしまいがお構いなしにドアを開ける。
「いや、待っ、ちょっと」
「いるんじゃん」
ドアが開けられてしまった。
全力で、パンツとズボンを一緒につかみ、引き上げた。
しかし、その動作がなにを意味するのかは、姉にも一目瞭然だっただろう。
なにより、ペニスは股間の布地を高々と突き上げていて、まったく勃起を隠せていない。
「……ふーん」
「なん……だよ」
耳まで熱い。
自分の顔が真っ赤になっているのがよく分かる。
「あんた、彼女とか作んないの」
「……彼女がいたって、こういうことはするんじゃないの」
「じゃ、いるの?」
「……いない」
青四季なるみは、海の義姉だった。働き出して三年目、今年で二十五歳になる。初めて会ったのは、なるみが高校生、海が小学生のころだった。その後互いの親が再婚して――つまりはそのために引き合わされたのだが――きょうだいになった。
なるみの身長は百六十四センチあり、シルエットのくっきりしたショートカットのせいもあってか、弱弱しい印象を人から抱かれたことがない。体つきはやや痩せているが胸は大きく、心無い男たちからの視線が無遠慮に胸元に注がれることは日常茶飯事で、なるみ本人よりも海のほうがいつもやきもきしていた。
なるみもなるみで、高校生になるころから、露出度の高い服を好んで着るようになった。
海がやんわり自重を促したことがあるが、なるみは
「あたしはあたしの体が気に入ってんの。それをあらわにして歩いて、なにが悪いのよ」
と笑っていた。
なるみのはっきりした性格に、海は早い時期から憧れを抱いていた。自分にはない性質だと思った。
考え方や感じ方は違ったが、二人はずいぶん気が合った。
血のつながった、一般的なきょうだいよりも仲が良かったのではないかと思う。
その気持ちが、きょうだいに向けるべきものではないと海が気づいたのは、中学の時だった。
「さっきの、質問に答えてないなあ。彼女、作らないの?」
「作るぞ、っていって作るもんでもないだろ。まず、好きな人がいて……」
海が話している最中に、なるみはずかずかと部屋の中に入ってきて、海の隣へ腰を下ろした。ベッドが沈んで、海の体がなるみのほうへ傾く。
いけない、と思って離れようとしたとき、なるみの手が海のズボンとパンツをとらえ、ずるっと引き落とした。
「ああっ!?」
「わはっ」
なるみの視線をまともに受けて、裸になったペニスがびくんと脈打った。
「お。なんか、前より大きくなったんじゃない? これでいっぱいでしょ?」
「や、やめろよ!」
「あーあ。ほんとは、相談したいことがあって来たのに、これじゃ無理だよね」
「相、談……?」
答えながら、海は、なるみの体を包んでいる、女の香りに思考能力を奪われつつあった。
離れないで欲しい。ずっとこの距離で、傍にいて欲しい。抱きしめてしまったら、決定的に何かを失ってしまう気がする。ならせめて、誰よりも近くで。
「ねえ。久しぶりに、手でしてあげようか」
思いがけない申し出に、海の思考が完全に止まってしまう。
もう、頭の中はなるみでいっぱいだった。
「そん……な……」
「お姉さまが、」なるみは、海の耳に口を近づける。「射精させてあげる」
「だ、……だめだよ、それは……おれは、もう、そんなこと姉さんにさせないって、……」
半年前、偶然から、海は、なるみが当時の彼氏とセックスしているところを見てしまった。
ハンマーで頭を殴られたような衝撃で、まともに立てなかった。
人間というのは、好きな人が別の人間と愛し合っているのを見るとこんなふうになるのかと、愕然としたのを覚えている。
そのころには、海は不特定多数の女性に「仕事」をしていた。だから、自分は同年代の男子たちより、性に関しては豊かな経験値と許容量があると思っていた。
それは、本当かもしれない。しかしそんなものは、幼いころからほのかに憧れていた相手が、身も心もほかの男に許している姿の前には、羅同然だった。
見られたことを知ったなるみは、男を帰した後、打ちのめされた海を見るに見かねて、この部屋で海を射精させてくれた。
あんなにも苦しい思いをした直後だというのに、海の体は素直すぎるくらいに反応して、見たことがないほど大量の精液を泣きながら出した。
このとき、なるみが海の気持ちに気づいていたのかどうかは、今も聞けていない。
「じゃ、これが最後。あの時よりは、楽しく出せるでしょ? やっぱり、あれが最後じゃ後味悪いしさ」
なるみの指が伸びた。
断らなくては。
この指を、届かせてはいけない。
確かに、半年前のあの日、信じられないくらいの快感を姉は与えてくれた。
感謝しているし、その後何度も、なるみの指の感触を思い出しては自分を慰めもした。快楽の度合いは、遠く及ばなかったが。
でもその時に、海は、もう、女の体を自分の性欲を満たすのに利用することはしたくないと、強く思った。「仕事」をやめるきっかけの、最も大きなものはそれだった。
だから。
断らなくてはいけない。
軽々しくそんなことをするのはよくないし、毅然と断ったほうが、これからのきょうだいの関係はいいものになるだろう。
快楽よりも強い気持ちがあると、快楽を享受する側の海が示さなくてはならない。
そう思うのに。
やめて。
その一言は、とうとう海の口から出せなかった。
なるみの指が、そっと海の先端をくるんだ。
「ああ……!」
体の一部を包まれただけで、海の中から、悩みも、苦しみも、すべてが溶けて消え去っていく。そんなわけがないのに、そうなる。
怖い、と思った。
なるみが海の耳元でささやく。
「一番好きなところを、一番最初にしてあげる」
「ど、して」
「ん?」
「どうして、分かるの……」
「分かるよ」
動き始めた。
なめらかな表面を何度か指がくすぐった後、指の腹の面積を使って、割れ目から全体までをしゅるしゅるとなでる。
すぐになるみの指が、びしょ濡れになってしまった。
海は濡れやすい。
やがて、雫が幹を伝うほどになってきた。
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