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突然の揺れに振らつく体をアハトに支えられる。
「な、なんですか!?地震??」
「いや、違うな。君の番犬がとうとう痺れを切らしたらしい」
「番犬……?」
「仕方ない。君について確認したいことは聞けたし、ホールに戻ろう」
少し残念そうに溢すアハトは、カツンと爪先を鳴らした。
すると、一瞬の内に再び会場に戻ってきていた。しかし、私の記憶とは大分様変わりしていて驚く。
「なに、これ……」
会場内は酷い有り様だった。床や壁のいたるところに大きな爪で切り裂かれたような痕が残っている。分厚いカーテンもビリビリに裂けていて、辺りは見るも無惨な状態だった。
「これはまた派手にやったなあ、銀狼」
状況とは正反対にアハトは気楽に声をかけた。彼が向けている視線の先に、私も目を向ける。
そこには全身の毛を逆立てた巨大な狼がいた。不機嫌そうに唸り声を上げている。彼の放つ怒気がここまで届いてきて、空気が震えていた。
「アルフ……?」
もしや、という気持ちで名を呟く。
途端、狼の顔がぐりんと物凄い勢いでこちらを向いた。怒りに燃えている瞳が私たちの姿を映している。
アルフレートはこちらに体を向け、身を低くして臨戦体制になった。
「アルフ……!!」
危機感を覚え、今度はしっかりと彼の名前を呼ぶ。
耳をぴくりと動かしたものの、アルフレートは臨戦体制を解いてくれなかった。
「……アハト様、私ちょっと行ってきますね」
「ん。行っておいで」
ひらひらと手を振るアハトを残し、アルフレートの方に歩き出す。
近づくにつれ、アルフレートの唸り声は段々小さくなっていった。冴え冴えと燃えていた碧い瞳に段々と理性の光が戻ってくる。彼の手前で足を止め、大きな体躯を見上げる。
しかし、アルフレートは瞳を伏せて、私と目を合わせようとしない。
私はアルフレートに向けて両手を広げる。
「いいよアルフ、おいで」
なるべく優しく呼びかけると、アルフレートはこちらの様子を窺いながらおずおずと顔を伸ばしてきた。それをぎゅっと両腕でしっかり抱き締める。
「ごめんね、アルフ。突然消えたりして」
「……ラキア」
「うん」
「……無事か?」
「私は大丈夫。心配、かけたね」
絞り出すように言葉を発するアルフレートをよしよしと撫でる。
(突然私が目の前から消えたんだもん。混乱して、多分心配もしてくれて、全部の気持ちが怒りに変わっちゃったんだよね……)
こんな惨状の中で不謹慎だけど、それだけ出会ったばかりの私のことを想ってくれる彼の存在が嬉しい。
「他の奴の匂いがする……」
落ち着いてきたのか、アルフレートが私の首筋をすんすんと嗅ぎ出した。鼻息が当たってくすぐったい。
「ああ、そうだ、ここの領主のアハト様にご馳走を頂いたんだよ。すごく美味しくて、お腹いっぱい食べちゃった」
「……なに?」
ゆっくりと浮上していたアルフレートの機嫌が一気に急降下した。なぜに?
アルフレートは首を起こし、後ろのアハト様に鋭い視線を向ける。それをアハトは受け流しながら、悠々と歩いてきた。
「悪いが、そなたが今思っているような食事はしておらん。その子は、そなたら獣人と同じ食事を好む変わり者なのでな」
「そうなのか?」と問うような視線を向けてきたアルフレートに、ぶんぶんと首を縦に振って答える。
(アハト様、ナイスなご助言です!)
(そうであろう?)
と、目だけで会話していると、ぐり、とアルフレートが首に顔を擦り付けてきた。そして、そのままジト目で見上げてくる。
これは、俺以外に意識を向けるな、ということだろうか……?
(ああ、もう、かわいいなあ……)
どうしてもアルフレートが拗ねた大型犬に見えてしまう。飼い主が自分以外を見ていると必死に構って、僕を見て、という行動をするのと似ているような感覚だ。特別犬派というわけでもなかったが、これは心にクるものがある。
「よもや銀狼のそのような姿が見られるとは。本当にそなたは面白い」
よーしよしよし、とアルフレートの鬣を思いっきりわしゃわしゃしていると、「ふふふ」とアハトが艶然と笑っていた。
アハトのことに意識がいくと、この会場の惨状を思い出した。
(そういえば……この会場を滅茶苦茶にしたのって、アルフなんだよね……)
ちら、とアルフレートを窺うも、本人は全く悪びれていないようだ。体をアハトの方に向けて謝る。
「ごめんなさい、アハト様。その、アルフがここを壊してしまって」
「ああ……いいよ、別に。このくらい何ともない」
「ありがとうございます……」
アハトが特別懐が深いのか、単に魔族がそういうものなのかは分からないが、怒ってはいなさそうで安心する。器物損壊罪とか言われても困るし。
「ああそうだ、そなたこれからどうする?我が領では花街や歓楽街は多くあるが、そなたの好みに合う飲食店ともなると多くはないぞ。───もちろん、私としてはそなたに居てもらうのは歓迎だが」
「このような種族なのでな」と牙を見せながら、アハトに訊ねられる。
(な、なるほど。確かに需要なさそう……!!)
彼らの食事情からすごく納得出来た。ちょっとそれを食事にするのは遠慮したい。
では、私はどこに行けばいいんだろう───?
「な、なんですか!?地震??」
「いや、違うな。君の番犬がとうとう痺れを切らしたらしい」
「番犬……?」
「仕方ない。君について確認したいことは聞けたし、ホールに戻ろう」
少し残念そうに溢すアハトは、カツンと爪先を鳴らした。
すると、一瞬の内に再び会場に戻ってきていた。しかし、私の記憶とは大分様変わりしていて驚く。
「なに、これ……」
会場内は酷い有り様だった。床や壁のいたるところに大きな爪で切り裂かれたような痕が残っている。分厚いカーテンもビリビリに裂けていて、辺りは見るも無惨な状態だった。
「これはまた派手にやったなあ、銀狼」
状況とは正反対にアハトは気楽に声をかけた。彼が向けている視線の先に、私も目を向ける。
そこには全身の毛を逆立てた巨大な狼がいた。不機嫌そうに唸り声を上げている。彼の放つ怒気がここまで届いてきて、空気が震えていた。
「アルフ……?」
もしや、という気持ちで名を呟く。
途端、狼の顔がぐりんと物凄い勢いでこちらを向いた。怒りに燃えている瞳が私たちの姿を映している。
アルフレートはこちらに体を向け、身を低くして臨戦体制になった。
「アルフ……!!」
危機感を覚え、今度はしっかりと彼の名前を呼ぶ。
耳をぴくりと動かしたものの、アルフレートは臨戦体制を解いてくれなかった。
「……アハト様、私ちょっと行ってきますね」
「ん。行っておいで」
ひらひらと手を振るアハトを残し、アルフレートの方に歩き出す。
近づくにつれ、アルフレートの唸り声は段々小さくなっていった。冴え冴えと燃えていた碧い瞳に段々と理性の光が戻ってくる。彼の手前で足を止め、大きな体躯を見上げる。
しかし、アルフレートは瞳を伏せて、私と目を合わせようとしない。
私はアルフレートに向けて両手を広げる。
「いいよアルフ、おいで」
なるべく優しく呼びかけると、アルフレートはこちらの様子を窺いながらおずおずと顔を伸ばしてきた。それをぎゅっと両腕でしっかり抱き締める。
「ごめんね、アルフ。突然消えたりして」
「……ラキア」
「うん」
「……無事か?」
「私は大丈夫。心配、かけたね」
絞り出すように言葉を発するアルフレートをよしよしと撫でる。
(突然私が目の前から消えたんだもん。混乱して、多分心配もしてくれて、全部の気持ちが怒りに変わっちゃったんだよね……)
こんな惨状の中で不謹慎だけど、それだけ出会ったばかりの私のことを想ってくれる彼の存在が嬉しい。
「他の奴の匂いがする……」
落ち着いてきたのか、アルフレートが私の首筋をすんすんと嗅ぎ出した。鼻息が当たってくすぐったい。
「ああ、そうだ、ここの領主のアハト様にご馳走を頂いたんだよ。すごく美味しくて、お腹いっぱい食べちゃった」
「……なに?」
ゆっくりと浮上していたアルフレートの機嫌が一気に急降下した。なぜに?
アルフレートは首を起こし、後ろのアハト様に鋭い視線を向ける。それをアハトは受け流しながら、悠々と歩いてきた。
「悪いが、そなたが今思っているような食事はしておらん。その子は、そなたら獣人と同じ食事を好む変わり者なのでな」
「そうなのか?」と問うような視線を向けてきたアルフレートに、ぶんぶんと首を縦に振って答える。
(アハト様、ナイスなご助言です!)
(そうであろう?)
と、目だけで会話していると、ぐり、とアルフレートが首に顔を擦り付けてきた。そして、そのままジト目で見上げてくる。
これは、俺以外に意識を向けるな、ということだろうか……?
(ああ、もう、かわいいなあ……)
どうしてもアルフレートが拗ねた大型犬に見えてしまう。飼い主が自分以外を見ていると必死に構って、僕を見て、という行動をするのと似ているような感覚だ。特別犬派というわけでもなかったが、これは心にクるものがある。
「よもや銀狼のそのような姿が見られるとは。本当にそなたは面白い」
よーしよしよし、とアルフレートの鬣を思いっきりわしゃわしゃしていると、「ふふふ」とアハトが艶然と笑っていた。
アハトのことに意識がいくと、この会場の惨状を思い出した。
(そういえば……この会場を滅茶苦茶にしたのって、アルフなんだよね……)
ちら、とアルフレートを窺うも、本人は全く悪びれていないようだ。体をアハトの方に向けて謝る。
「ごめんなさい、アハト様。その、アルフがここを壊してしまって」
「ああ……いいよ、別に。このくらい何ともない」
「ありがとうございます……」
アハトが特別懐が深いのか、単に魔族がそういうものなのかは分からないが、怒ってはいなさそうで安心する。器物損壊罪とか言われても困るし。
「ああそうだ、そなたこれからどうする?我が領では花街や歓楽街は多くあるが、そなたの好みに合う飲食店ともなると多くはないぞ。───もちろん、私としてはそなたに居てもらうのは歓迎だが」
「このような種族なのでな」と牙を見せながら、アハトに訊ねられる。
(な、なるほど。確かに需要なさそう……!!)
彼らの食事情からすごく納得出来た。ちょっとそれを食事にするのは遠慮したい。
では、私はどこに行けばいいんだろう───?
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