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10 (アルフレート視点)
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────初めはただの気まぐれだった。
アルフレートは隣を歩くラキアを見下ろす。これほどまでに近くに誰かの存在を感じたのは初めてのことで慣れない。
アルフレートの視線に気付いたのか、ラキアが顔を上げてこちらを覗き込んできたので、内心狼狽える。
「ねえねえアルフ、獣人の街ってどんなところ?」
「……騒がしいところだ」
「えー、それだけじゃわかんないよー」とラキアが不満気に口を尖らせるのを横目で見る。
(……不思議な、娘だ)
昨日の夜会へは、近くを通りがかったから寄ってみた。ただそれだけだった。
気が向いたから介入した。だが、感謝などされるとは思っていなかった。こちらを見つめる彼女の黒真珠のような澄んだ瞳には、恐れすら浮かんでいない。
向けられる純粋な好意に、戸惑う。
変わった娘だった。魔の者が敬遠する己の聖銀の体を褒め、遠慮なく触れてくる。
自分の種族の食事もしない。そのくせ、周囲を魅了する力は一人前に備えている。
(ただ、この娘の側にいるのは心地よい。───離れがたい。)
もっと触れられたいし、触れたい。そんな気持ちが胸の底から沸き上がってくる。
だから、目の前から消えたあのとき。喪失感に支配されて、自分を抑えられなくなった。
今度こそ怯えられる。そう思い、戻ってきた彼女に顔を向けられなかった。
それでも、彼女はこちらに踏み込んできた。恐れることなく向かってきた。真っ直ぐこちらに伸びる両腕に一筋の光を見た気がして、縋った。
───彼女の側にいたいと思うこの気持ちが、今のアルフレートの全てだった。
「アルフー、待ってー」
ラキアが弱々しくアルフレートを呼んだ。いつの間にか横にラキアの姿がなくて焦る。
声の方を振り返ると、後ろでラキアが座り込んでいた。
物思いに耽っていたせいか、置いてきてしまっていたらしい。慌てて駆け戻る。
「っ!……どうした」
「うぅ、足痛い」
ラキアが涙目で見上げてくるのに、一瞬気持ちがぐらつくのを抑える。微かに血の匂いがする。ラキアが押さえている足を見ると、靴擦れしたようだった。
(───仕様がないな)
本当にこの娘は己の心を簡単にかき乱す。それを嫌ではないと思ってしまうのだから、どうしようもない。
「乗れ」
アルフレートは身を伏せた。ラキアに背に乗るよう促す。歩くよりは痛くはないだろう。
彼女は「ふぁー」なんて奇声を発しながらも体を寄せてきた。
「───!」
途端、敵意を感じた。両耳を立てて周囲を警戒する。───まだ遠い。しかし、真っ直ぐこちらに向かってきているのを感じる。
アルフレートの異変を感じ取ったのか、ラキアが心配そうな声音で訊ねてきた。
「アルフ?どうしたの?」
「───早く乗れ!」
「え、う、うん」
もたもたとしながらも、素直にラキアは従った。思っていたよりも相手のスピードが速い。
一人のときならば負ける気がしないが、今はラキアが一緒にいる。この娘を無闇に争いの渦中に置くことは避けたかった。
「乗ったか?」
「うん!」
「走るぞ。しっかり掴まっていろ」
「え。───きゃっ」
ラキアの返事を聞くのもそこそこに駆け出す。
森に入れば安全だ。この先の精霊の森は、全ての害意を排除する。
後方を確認すれば、砂埃を上げながら迫って来ている複数の魔獣が視認できた。
あれは───魔角牛か。普段は大人しい部類の魔獣のはずだが、何故かこちらに敵意を向けながら一直線に向かってくる。
(考えるのは後だ。今はとにかく逃げなければ)
奴等の群れの突進に巻き込まれるのは面倒だ。
「───母なる精霊樹よ!我らを数多の害意から守り給え!」
精霊たちの母への祝詞を叫びながら、森に飛び込む。
鬱蒼とした森の木々を避けつつ駆ける。まともな魔界の住人なら、精霊たちの宿る木々を傷付けるような馬鹿なことはしない。
精霊たちはこちらが誠意を示す限り、我らの善き隣人だ。
後ろの喧騒が遠のいたことを確認して足を止めた。上手く森が守ってくれたようで、近くには精霊たちの気配だけだ。
「大丈夫か?」
「う、うん。なんとか」
「びっくりしたー」と言いながら、ラキアは顔を上げた。彼女の無事な様子に安堵する。
それにしても、先程の魔獣の群れは何だったのだろうか。
思案していると、彼女も気になったらしい。
「さっきの、なんだったの?」
「……さあな。ただ、ここは安全だ。精霊たちの森だからな」
「精霊たちの、森……?」
彼女も気になったようだが、下手なことを言ってわざわざ不安にさせることもないだろう。そう思い、話をそらす。
彼女は物珍しそうに周囲を見渡していた。アハトがわざわざ箱入りだと言ってきたくらいだ。彼女は森に来たことがないのかもしれない。
「わっ……!なんかふわふわしたものがいっぱい!」
「それが精霊だ。まだ生まれたばかりの力小さな者たちだな」
「かわいいー」
いつの間にかラキアの周囲に精霊たちが集まっていた。このように精霊たちが自主的にこちらに干渉してくるのは珍しい。
なぜ襲われたのかは分からないが、ひとまず脅威は去った。それに、今、ラキアが笑っている。
それだけで気分が良くなったアルフレートが穏やかな眼差しでラキアを見ていたのを、精霊に夢中な彼女は気付かなかった。
一方、森の外では───。
「残念、逃げられちゃった」
「逃げられちゃったね、兄弟」
二つの不穏な影が彼らが入っていった森を見つめていたことを、このときはまだ二人は知る由もなかった。
アルフレートは隣を歩くラキアを見下ろす。これほどまでに近くに誰かの存在を感じたのは初めてのことで慣れない。
アルフレートの視線に気付いたのか、ラキアが顔を上げてこちらを覗き込んできたので、内心狼狽える。
「ねえねえアルフ、獣人の街ってどんなところ?」
「……騒がしいところだ」
「えー、それだけじゃわかんないよー」とラキアが不満気に口を尖らせるのを横目で見る。
(……不思議な、娘だ)
昨日の夜会へは、近くを通りがかったから寄ってみた。ただそれだけだった。
気が向いたから介入した。だが、感謝などされるとは思っていなかった。こちらを見つめる彼女の黒真珠のような澄んだ瞳には、恐れすら浮かんでいない。
向けられる純粋な好意に、戸惑う。
変わった娘だった。魔の者が敬遠する己の聖銀の体を褒め、遠慮なく触れてくる。
自分の種族の食事もしない。そのくせ、周囲を魅了する力は一人前に備えている。
(ただ、この娘の側にいるのは心地よい。───離れがたい。)
もっと触れられたいし、触れたい。そんな気持ちが胸の底から沸き上がってくる。
だから、目の前から消えたあのとき。喪失感に支配されて、自分を抑えられなくなった。
今度こそ怯えられる。そう思い、戻ってきた彼女に顔を向けられなかった。
それでも、彼女はこちらに踏み込んできた。恐れることなく向かってきた。真っ直ぐこちらに伸びる両腕に一筋の光を見た気がして、縋った。
───彼女の側にいたいと思うこの気持ちが、今のアルフレートの全てだった。
「アルフー、待ってー」
ラキアが弱々しくアルフレートを呼んだ。いつの間にか横にラキアの姿がなくて焦る。
声の方を振り返ると、後ろでラキアが座り込んでいた。
物思いに耽っていたせいか、置いてきてしまっていたらしい。慌てて駆け戻る。
「っ!……どうした」
「うぅ、足痛い」
ラキアが涙目で見上げてくるのに、一瞬気持ちがぐらつくのを抑える。微かに血の匂いがする。ラキアが押さえている足を見ると、靴擦れしたようだった。
(───仕様がないな)
本当にこの娘は己の心を簡単にかき乱す。それを嫌ではないと思ってしまうのだから、どうしようもない。
「乗れ」
アルフレートは身を伏せた。ラキアに背に乗るよう促す。歩くよりは痛くはないだろう。
彼女は「ふぁー」なんて奇声を発しながらも体を寄せてきた。
「───!」
途端、敵意を感じた。両耳を立てて周囲を警戒する。───まだ遠い。しかし、真っ直ぐこちらに向かってきているのを感じる。
アルフレートの異変を感じ取ったのか、ラキアが心配そうな声音で訊ねてきた。
「アルフ?どうしたの?」
「───早く乗れ!」
「え、う、うん」
もたもたとしながらも、素直にラキアは従った。思っていたよりも相手のスピードが速い。
一人のときならば負ける気がしないが、今はラキアが一緒にいる。この娘を無闇に争いの渦中に置くことは避けたかった。
「乗ったか?」
「うん!」
「走るぞ。しっかり掴まっていろ」
「え。───きゃっ」
ラキアの返事を聞くのもそこそこに駆け出す。
森に入れば安全だ。この先の精霊の森は、全ての害意を排除する。
後方を確認すれば、砂埃を上げながら迫って来ている複数の魔獣が視認できた。
あれは───魔角牛か。普段は大人しい部類の魔獣のはずだが、何故かこちらに敵意を向けながら一直線に向かってくる。
(考えるのは後だ。今はとにかく逃げなければ)
奴等の群れの突進に巻き込まれるのは面倒だ。
「───母なる精霊樹よ!我らを数多の害意から守り給え!」
精霊たちの母への祝詞を叫びながら、森に飛び込む。
鬱蒼とした森の木々を避けつつ駆ける。まともな魔界の住人なら、精霊たちの宿る木々を傷付けるような馬鹿なことはしない。
精霊たちはこちらが誠意を示す限り、我らの善き隣人だ。
後ろの喧騒が遠のいたことを確認して足を止めた。上手く森が守ってくれたようで、近くには精霊たちの気配だけだ。
「大丈夫か?」
「う、うん。なんとか」
「びっくりしたー」と言いながら、ラキアは顔を上げた。彼女の無事な様子に安堵する。
それにしても、先程の魔獣の群れは何だったのだろうか。
思案していると、彼女も気になったらしい。
「さっきの、なんだったの?」
「……さあな。ただ、ここは安全だ。精霊たちの森だからな」
「精霊たちの、森……?」
彼女も気になったようだが、下手なことを言ってわざわざ不安にさせることもないだろう。そう思い、話をそらす。
彼女は物珍しそうに周囲を見渡していた。アハトがわざわざ箱入りだと言ってきたくらいだ。彼女は森に来たことがないのかもしれない。
「わっ……!なんかふわふわしたものがいっぱい!」
「それが精霊だ。まだ生まれたばかりの力小さな者たちだな」
「かわいいー」
いつの間にかラキアの周囲に精霊たちが集まっていた。このように精霊たちが自主的にこちらに干渉してくるのは珍しい。
なぜ襲われたのかは分からないが、ひとまず脅威は去った。それに、今、ラキアが笑っている。
それだけで気分が良くなったアルフレートが穏やかな眼差しでラキアを見ていたのを、精霊に夢中な彼女は気付かなかった。
一方、森の外では───。
「残念、逃げられちゃった」
「逃げられちゃったね、兄弟」
二つの不穏な影が彼らが入っていった森を見つめていたことを、このときはまだ二人は知る由もなかった。
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