泉界のアリア

佐宗

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第三部 天 獄

9 対峙⑤

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「チ、新手か! あの穴から本当に魔族が出てくるとはな」

 レストルがヴァニオンを横目で一瞥し、顔を顰める。彼とナシェルは再び対峙していた。ナシェルにしても同じ台詞だ。洞窟を抜けたら本当に地上界で、しかもそこで天上界の連中と遭遇戦になるとはな……。

 そこへ闇精を追い払ったアドリスが馬を寄せてくる。ヴァニオンが現れたのを知り、王女を狙うのを諦めたようだ。

「アンタ、もう少し使うのかと思ったら、闇の精っつったって数、大したことないんじゃん? オレのことなめてるだろ」

「アドリス! 油断するな、こいつは二種類使うぞ。しかも闇の精はおまけ・・・の方だ。……そうだろう、死神?」

 レストルはナシェルの隷属下に集まりつつある死の精たちを眺め渡す。ナシェルは黙っていた。答えてやる義理はない。たしかに闇の精は正確に云えば父の眷族で、ナシェルに対しては『主神の息子スペア』だから従っているにすぎぬ、ということ。

 ナシェルが主に使役するのは死の精たちだが、そちらは種全体として使役に不向きでたいして云うことを聞かず、数だけは立派なものだが半ば虚仮こけ脅しに等しい、などということも……。

「ヴァニオン、早くルゥ達を奥へ連れて行け!
 私がこいつらを引きつけている間に」

 二人の神と睨み合いながらナシェルは背後に声を投げる。

「だけど、お前一人で大丈夫かよ!?」
「…ああ、こんな連中、私一人でどうとでもなる。早く行け!」

 すぐ戻るからな、という乳兄弟の声は掻き消えた。踊りかかってきたレストルの雄叫びによって。
「二人同時に相手になるというのか! 光栄なことだ!」

 打ち合わされた神剣から激しく火華が散る。ナシェルは受け流しつつ背後に回るアドリスを視界の端で追った。

「にいさま!……にいさま!!」
 ルゥの声が遠ざかる。だが二神を相手取るナシェルにはもう振り返る余裕はない。

 そうだ、そのまま走り去れ。二度とこんな所に来てはいけない。

 姿勢を低くして背後からのアドリスの短槍の攻撃をかわす。身を屈めたついでに足払いをかけたが、これはレストルに躱された。
 突き出される槍と、レストルの閃光の如き素早い突き。それらを躱し、打ち返すナシェルの頬を汗が伝う。

(やはり、この赤頭とはほぼ互角だ……。後ろの間抜け面の、邪魔さえなければ!)

 ヴァニオンにはあのように応じたが実際には、二対一ではそう長くは持つまいと思われた。
 闘いながら神司を開放し支配域を拡大したので死の精霊たちが地平の彼方より集まってきている。

 死の精は人の魂を狩るので地上界では主に人里・・に生息する。…ナシェルが思ったほどは集まらない。一応さらに支配域を拡大しておく。支配域を拡大すればするほど神司を消耗する。やはり、長い時間は持つまい。

 牽制のために精霊をここで使ってもよいが、使役に向かないことがバレるのは避けたいゆえ最後の手段となるであろうし、そうなれば相手も精霊を使ってくるだけの話だ……。あまり賢い解決にはなりそうにない。

 やはり頃合いを見て双方剣を引く、というのが一番無難な収拾のつけかただろう。

 王女らの安全を確保しさえすれば、ナシェルにはもう戦う理由がない。まだ剣を向けてくるから応じているだけで、本気で目の前の神々を倒そうとかいうつもりはなかった。
 ナシェルは二神と斬り結びながら、王女たちが洞窟内に担ぎ込まれるのを横目に見届ける。

 よし、回収完了だ。あとは、自分も隙をついてあの風穴まで退却すればよい。

 しかしたびたび背後に回られ退路を塞がれ、違和感を覚えはじめる。

(何故、ここまでしつこく食い下がる……?
 幼い女神を確保するのを諦めたのなら、とっととこの場を去ればいい。足のない我々とて、深追いはせぬというのに……)

 ナシェルの脳裏に浮かぶ疑問に応えるように、眼前のレストルが嗤う。

 「ガキが駄目なら、お前が俺たちの客になれ、異端の神よ」
 「……何?」

 思いがけぬ言葉に半瞬、虚をつかれた。
 標的が私に替わった……?

 だがレストルの表情を見直すナシェルの前に、その時ゆらゆらと、視界を遮る白いものがある。




 ……白い、羽。




 場違いなほどゆったりと優雅に、それはナシェルの目の前を浮遊して落ちていった。

 思わずちらりと視線を宙に向ければ、遙か頭上に静止していたのは、白天馬の群れ。

 音もなく羽ばたくその翼から白い羽が、雪のように深々と舞い落ちてくるのだ。


(……援軍!!)


 瞼が、瞬きを忘れて凍りついた刹那―――。

 背後から肩を刺し貫く熱い衝撃を感じ。




 視界があかく弾けた。



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