泉界のアリア

佐宗

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第四部 至高の奥園

6 決意と別れ①

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「父さまの言うとおりよ。――レオンおじさま。ナシェル兄さまをこちら側に留め置こうとしてもだめ。……今はもう、そんなこと云い争っている場合じゃないの」

 ……戸口に立ったのは、幼い王女ルーシェルミアだった。
 彼女は今、どこか大人びたような眼差しで双子の王をみつめていた。

「ルーシェ!」
「父さま、遅かったわね……ずっと待ってたのよ」

 通常の王女であれば「とおさま!」と駆けだして冥王に飛びつく所である。が、彼女はそうはしなかった。
 離れた位置から冥王にかけた言葉には、感慨と、安堵に伴う怒りとが、微妙に入り混じっている。

 短期間のうちに驚くべき精神的成長を遂げたのか、何か彼女の中に変わらざるを得ぬ重大な事態が生じたのか。いつもの天真爛漫な姫らしからぬ、憂いを含んだ表情であった。

「ルゥ、も、もしかして私たちの話を聞いていたのかい?」
 神司を分けるとか父子で番うとか、とても幼女に聞かれてよい内容ではない。
 天王が青ざめつつ問う。

「ごめんなさい。大声で怒鳴り合ってたから最後のほう聞こえちゃった。
 とても子供に聞かせるような内容ではなかったわね。でも安心して――ルゥは今、ちょっと『成神オトナな状態』だから」
「オトナな、状態……?」

 己を「ちょっとオトナな状態」と評するルゥはどこからどう見ても未だ幼女だ。

 小さな体を白い膝丈のドレスに包み、天王が貸し与えた靴は一体どこで脱ぎ捨てたものやら、再び裸足であった。
 肩までの黄金の髪がゆるゆると小さな貌のまわりに踊り、長い睫毛にふちどられた瞳はいまは、地上界テベルの夜空の深い藍青をしていた。

 ――ナシェルと同じその群青の瞳を眺めていたセダルは、唐突に彼女のいう意味を悟った。冥王は合点した様子で姫を見つめ、微笑み、……懐かしき女神の名を口にした。

「そうか…セファニアか。そなた……セファニアなのだな」
「――セファニアだって?」

 声高に問い返したのは天王レオンだ。彼は冥王とルゥを交互に見る。



 生みの母の名で呼ばれたルーシェルミアは眉ひとつ動かさず、たくさんの命精フェルミナ花精フロリアを引き連れたまま室内にずんずんと入ってきた。

 彼女のあらわれによって部屋中に光の神司が咲き誇り、花の香りが充ち、冥王が表に出さぬようにして内心思わず怯むほどであった。



 ルゥは柳のような長身の双子王の前に立つ。滑稽なほどの身長差だ。だが遥かな高みから見下ろされながらも、小さな女神は逆に堂々と毅然と、王たちを仰いだ。
 幼女とは思えぬ凄まじい神気を発し、あふれ出るそれが肩から陽炎のように立ち上ってさえいた。

「父さま、おじさま。その呼び方は正確じゃないわ。
 ここにいるルゥはあくまでもやっぱり、ルゥのままなの。
 ただ、これまでルゥのなかにあって閉ざされていた母さまの記憶が、徐々に解けてきてる感じというか……。手つかずだった母さまの記憶が、ルゥの中に浸透してきているというか」

 説明しづらそうに肩を竦めてみせる。幼女らしからぬ仕草だ。それだけで充分、王たちにはルゥに起こりつつある変化が伝わった。

「……そうか。セファニアもまた、記憶と経験をルゥに遺していったのか……」
 天王は意を得た様子で頷く。ルゥは、セファニアが己の命と引き換えに遺した、生まれ変わりと呼べる娘なのだ。

「……しかしなぜ急に今、記憶が?」
「もしあのまま疑似天アルカシェルの結界の中で暮らしていたら、この記憶は戻らないままだったと思う。
 父さまも、おじさまも、分かるでしょ? ルゥ、この世界に来てからとっても神司ちからが漲っているの。
 お母さまの記憶が戻った……というか、ルゥのといろいろ混じっちゃったのも、多分そのせいなのよ」

 ルゥは脳の中がまだごちゃごちゃしている、といった様子で頭をしきりに振った。

「つまり、セファニアの記憶が徐々に蘇り始めたけれども、心はルゥのままなんだね?」
「ここ天上界アルカディアに来たことに、記憶が戻った原因があると…そういうわけか」

 天王と冥王の質問に、ルゥはこくこくと首肯する。

「そういうこと。冥界を出た時から、力がどんどん増しているのは気づいてたんだけど…天上界に来て落ちついたら、母さまの記憶との融合が始まったみたいなの。
 ……もっと正確に云うと、鏡を見て、ルゥののことに気づいた瞬間から――だんだん思い出しはじめたの」

 そう云ってルゥは静かな微笑みを浮かべ冥王を見上げた。

「瞳のことって……いったい何のことだい? あれ、そういえば最初に会ったときはみどり色の眸をしてたよね?」
 事情を知らぬ天王が矢継ぎ早に問い返すが、ルゥは取り合わない。
「ごめんね、おじさま。今は面倒だしあまり時間もないから、その説明はあとで個別にしてあげる」

 ルゥの冥王を見上げる眼差しの奥には懐かしさと共に『すべて、諒解している』のだという意が込められていた。



「……ああでも、語彙も急に増えたから気をつけないと、この容姿にそぐわないことをベラベラしゃべっちゃいそう。こう、頭と体の整理がつかなくて」
「……そのようだね。すでに何だか、年齢にそぐわぬ物言いになっているよ」
「あとね、母さまの記憶の中から知識も流れ込んできているから、精霊の扱い方とか神司の使い方については理論上すでに身についてるのよ。おじさまの言いつけどおり『お勉強』しに行く必要もなくなるぐらいにね。
 ただ、ルゥはまだ体が小さすぎるから、たぶん有り余る神司をうまくまだ制御できないと思う……。
 ――そんなことより。ルゥのことは今はよそに置いといて」

 ルゥはそんなことは問題ではないというように、大げさな身振りで目の前の空気を横に除ける仕草をした。こうした行動を見る限りでは、やはりセファニアの意思は介在していないように見える。天王と冥王の知る限り、セファニアは淑やかで儚げな女神だった。こんなざっくりした性格ではない。彼女のいうとおり、前世ははの記憶を取り戻したがあくまでもルゥはルゥ、という説明がもっとも当てはまるようだ。

「話を戻すわ。いま大事なのは兄さまのことなのよ」




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