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第四部 至高の奥園
9 決意と別れ④
しおりを挟む「えっ姫さまを抱いて天馬に乗るんですか? 私が? 自信ないです―――」
「自信ないです~、では済まぬ。馬は2頭、乗るのは4名。そのうち2名は半分死にかけと幼児だぞ。余とそなたが分担して連れて帰るしかあるまい?
では、逆にそなたがナシェルをかかえて行くか? そちらの方がどう考えても無理であろう」
内庭に出て、冥王とサリエルは白天馬(借り物)の前で話し合っている。冥王は、サリエルと姫を乗せるための鞍を置き、鐙の位置や締め具合を確かめながら宣った。
「ついでに云っておくが帰りは炎獄界経由だ。大火山の火口へ飛び込むぞ。ぼやっとしておると火の玉が飛んでくるし熱風も吹きつけてくるので相当熱いが、覚悟せよ。姫に火傷をさせたらただでは済まさぬぞ」
「うう……っ」
さしもの冥王でさえ往路の際、避けきれずに火の玉を浴びたのであろう。黒い典雅な衣装の裾が焼け焦げているのに気づいて、サリエルは旅立つ前から既に半泣きになった。
その二人の背を黙して見つめていたルゥは、意を決し口を開いた。
「……父さま」
「何だ?」
「ルゥ、やっぱり天上界に残らせてほしいの」
「…………」
たっぷり五秒ほどの間をあけて、冥王は振り返る。
「……ほう。何故そんな頓狂なことを。さきほどの話、天王の立場を慮って人質として残るというわけか?」
「……おじさまが対外的な理由として、他の神さまたちにルゥのことをそう説明するのは別に構わないけど、本当のところ、そういうのとは関係ないの」
ルゥは少し肩を竦めた。
「では、なぜ残ると?」
「……父さま。じつはルゥがそう云いだしかねないと、さっきから気づいていらしたのではない?
ルゥの神司はこちらの世界の属性なのよ。父さまも感じてるでしょう、ルゥの成長にとって、あの疑似天はあまりいい環境とは云えないって。
だってあの小世界はしょせん造り物の『箱庭』に過ぎないわ。ルゥ自身が昔に張りめぐらせた結界に護られているだけの、虚構の世界。本物の太陽の光もなければ、大きさだって限られている。……歩いて世界の端っこまで行けちゃうぐらいにね。
それに、あの世界ではルゥが使える精霊の数も限られているし、何より思う存分に神司を発揮することができないわ。せっかく母さまの記憶のおかげで、多少は使いこなせそうだっていうのに」
そう話すルゥの掌の上で、命の精がくるくると無邪気に踊っている。
「……あの世界は、何も知らない小さなルゥが暮らすにはそれで充分だったけど……もう、これからのルゥは、何も知らない小さなルゥでは済まないのよ。ルゥは、すべてを思い出したから」
ルゥの群青色の瞳は、大人びて幽かに淋しげに揺れていた。
彼女の奥に居るのがセファニアだとするならば、冥王はかつての彼女の夫であった。
二百年の刻を経た今は、ナシェルを挟んで偽りの父娘という奇妙な関係にある。
それでもルゥの冥王に対する思慕は、何も知らぬ幼子だったころと何ら変わることはない。
冥王は彼女の眼差しの中に、反論を寄せ付けぬ固い意志を感じた。儚げだったセファニアが時折見せた、強い眼差しに似ていた。
彼女の決意を説得によって覆すことは恐らく無理だろう。
それを悟りつつ、冥王は問う。
「――ルーシェルミア。ではそなたは、己に与えられた役割も、分かっているのであろうな?」
「もちろんよ。母さまの想いがこの中に溶け込んでいる今、ルゥはルゥの命の意味をちゃんと理解しているわ。父さまと母さまが、ルゥに期待していることがあるって……」
王女は小さな胸をぎゅっと押さえた。
「でも父さま。ルゥがそれを果たすには、どう考えてもあと600年か700年はかかるでしょ」
「まあな」
「ルゥ、こんな広い世界を知ってしまったのに、またあの箱庭に戻って600年も閉じこもって暮らすのは嫌なんだもん。
その時が来たら、ルゥは立派なオトナの女神になってちゃんと父さまと兄さまのところへ還るわ。
……だから、ルゥにも、少し猶予期間をちょうだい。しばらく自由を満喫したいのよ」
「だが、そなたを置いてゆくのはナシェルが断じて許すまいぞ」
「……だから今、兄さまがいない間にこうして話してるのよ」
別にそうする必要もないのだが、王女はさりげなく声を低めた。
「……そなたを置いて帰ったことが知れたら、余は……下手をすると殺されかねぬ」
「父さま、嘘ばっかり。兄さまのことなんかこれっぽちも怖くないくせに……大袈裟ね」
「………」
冥王とルゥはしばらく見つめ合ったまま黙した。
「……決意は、固いようだな」
「兄さまはルゥがいなくなったらそりゃ悲しむだろうけど、永遠の別れってわけじゃないのよ?
そう、これはいわゆる留学よ。ルゥはね、天上界の神位表でおじさまの上を目指すの。てっぺんとって、最強の女神になってから、勝ち逃げするみたいに冥界に帰るの。
それぐらいの意気込みでこちらに残るのよ」
「はぁ……頼もしいことだな」
冥王は深くため息をつき視線を上げた。
「だが、ナシェルは回復したあとで、そなたを取り戻そうと天上界に殴り込むかも知れぬぞ。いまの余のように」
「それは悪いけど、父さまの責任できちんと説得しておいて」
「……試してはみるが、決して納得はするまいよ」
回復後のナシェルの荒れ狂う様を想像し、冥王は紅玉の双眸を閉ざした。
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