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第四部 至高の奥園
10決意と別れ⑤
しおりを挟む「――もう一度確認しておくが、600年後に戻ってくる意思はあるのだな? ルーシェルミア」
「600年後とは限らないわ。『その時』が来たらね」
「そなたの我儘に付き合ってやるのは、余は一度きりだよ。二度はないよ」
「あら? ルゥは成神になったらあなたの望みを叶えてあげるのよ! これぐらいのことは、何度だって許してもらわなきゃね」
ルゥ悪戯っぽく舌を出した。冥王はとうとう降参した。
「……よかろう。そなたの好きなようにしなさい。確かにそなたの言うとおり、あの偽りの花園に暮らすよりは、ここの方が、まだ幼いそなたにとっては良い環境であろうから。
ただ何度も言うようだがそなたの命の意味だけは忘れるのではないよ。それさえ約束できるなら、余はうるさいことは言わぬ」
「ほんと? ありがとう!」
ルゥはここで初めて父親に駆け寄り、腰を落とした王の頬に口づけた。
「父さま、絶対ルゥのお願い聞いてくれると思ってたけど……兄さまのこと以外となると、ホント執着なさすぎ。なんかちょっと、妬ましいわぁ……」
「そうか?」
冥王はしらを切った。
「……ところで、気になる点がもうひとつある。
疑似天の結界のことだ。サリエルをかの地に住まわせるのはいいとして、あれは今後どうなる? そなたが張った光の結界は、そなた無しの状態でも存続するのか」
「もちろんよ。ルゥがここに来ちゃってる今現在でも、あの世界はふわふわのまんまのはずよ。ルゥの結界はルゥがこの三界から消えうせるまで、持続するわ」
幼い女神は自信たっぷりに言い放ち、サリエルに向き直った。
「サリエル、あなたに疑似天の主の地位を、しばらく預けるわ。ルゥの代わりに、あの花畑を護っておいてくれない? ルゥが戻るまで……」
「そんな……姫様……! そんな……ここでお別れだなんて……」
愕然とつぶやくサリエルに、王女は微笑みかけた。
「そんな顔をしないで。一生会えないわけじゃないのよ。ルゥは『留学』するだけだから。あ、そうそう、これを渡しておくわ」
進み出た王女の小さな手には、王女の瞳の色と同じ、群青色に輝く宝石の首飾りが載っていた。銀の台座に石がはまっている以外にはなんの装飾もないものだが、それゆえに石の煌めきが目を奪う。
「これは……?」
戸惑うサリエルの掌にそれを握らせると、王女は上からそれを優しく包み込んだ。
「レオンおじさまの宮にあった宝箱から一個無難な感じのやつを拝借して、ルゥの神司を込めておいたの」
「……えぇ!?」
「しぃっ、大丈夫大丈夫、おじさまにはルゥがあとから謝っておくから。
これはね、サリエル。ルゥの癒しの神司を込めた石よ。あなたが、あちらの世界に居ても今の元気な状態を維持できるように……。
無論、疑似天にいるのが一番いいのだけれど、これを掛けていれば、常にルゥの癒しの力の影響を受けるから、あのお花畑以外でも体調が悪くなることはないと思うわ。……それに、もう魔族の魔力の影響も受けずに済むと思う」
王女の藍青色の眼差しの奥にある深い意味を悟り、サリエルは急に赤面した。全くもって、幼女に心配されるような事柄ではないのだ。
妙に大人びた幼女は片目を瞑ってサリエルの頬にちゅっと口づけし、手を離し、2歩3歩退がった。
「元気でね、サリエル。それを着けていれば冥界のどこに行ってもへっちゃらよ。冥界も広いから、いろんなところ旅してみるのもいいかも。もちろん、ヴァニオンと一緒にね。ケンカなんかしちゃだめよ。あなたは、今度こそ、幸せにならなきゃいけない。今までのぶんまで」
「はい……姫様……ありがとうございます……!」
「ルゥだと思って大事に身につけてね。ルゥの神司が、いつでもあなたを護るから……。約束よ、幸せになってね」
王女は冥王に向きなおった。
「……父さまも、兄さまとちゃんと話し合わなきゃだめよ。……兄さまの話、ちゃんと聞いてあげてね」
「分かっているよ。……あれには別れを告げずとも良いのか?」
「そうね……どうしようかな……ルゥのキスで兄さま、目が覚めちゃったらまずいしな……。最後に顔だけ見てくるわ。
じゃあね、さよなら、父さま!」
ルゥは微塵の名残惜しさも見せずにくるっと身を翻し、金色の巻き毛を躍らせてナシェルの眠る部屋に駆け込んでいった。きらきらと、取り巻きの精霊たちが後に続いた。
「――まったく、先の思いやられる娘だ」
冥王は愛馬・闇嶺の鬣を撫でながら最後に、ぐるりと天王宮を見回す。神々の気配の消えた回廊は、胸糞悪いほどの陽気に包まれている。
聳え立つ主塔の窓から、天王や太陽神がこちらを見つめている気配を感じるが、もう用はない。名残惜しく視線を交わすような間柄でもない。冥王はあえて、主塔をふり仰いだりはしなかった。
――もう二度と訪れることはないであろう。そう願いたいものだ。
それよりもナシェルの容態が気になる。
一刻も早く連れて帰り、司を入れてやりたいが、昏睡状態がこのまま続くならばどうするか……。
(……睡姦……? さすがに反応がないのは燃えぬな……)
ふと、サリエルが遠慮がちにこちらを見つめているのに気づく。
サリエルは王女の首飾りを首に下げ、背後で、出立の刻を待っているのだ。
冥王はオホンと咳払いし、宣下した。
「――では、王女とあれの別れが済み次第、帰るとするか」
「はい、陛下」
「……図体のでかい荷物を抱えて行かねばならんのが、王の帰還としては些か不格好ではあるがな」
「お手伝いできず、申し訳ありません」
サリエルは、ナシェルを抱えて手綱捌きに難儀する冥王の姿を思い浮かべ苦笑する。
冥王の横で闇嶺がぶるんと、不服げにひと嘶きする。一番大変なのは己なのだぞ、と言いたげであった。
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