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第四部 至高の奥園
11目覚め①
熱い……。
体が溶けてしまいそうだ。
炎の礫が私めがけて降り注いでくる。
私の皮膚を灼熱で融解してゆく。
溶けた私の躰は熱水の飛沫となって、いずれはあの岩漿の一部となるのか。
……ああ、これが神の死というものか。
我が魂と肉体とを分離するのに、創世神はかくも烈しい熱量を必要とするのか。
天の獄から解き放たれ、肉体は溶岩のように融けて痕形もなくなり、我が魂はいよいよもって別の次元に運び去られようとしている。
人間の一生というものを束ねつつ、これまで、それをなんと儚く脆いものかと嘲ってきたこの私が、今まさにそれらと同等の儚い魂となって消えゆこうとしているのだ。なんという皮肉だろうか。
それにしても熱い……。
知らなかった。神の肉体も死するときは、罪人のそれのように炎獄の焔に焼かれるとは。
この熱波の門は、死した神が誰しもくぐり抜ける道なのか?
いや、そうではあるまい。今は亡き我が母たちが、このような炎の苦しみを味わわねばならぬ理由はなかった。
……これはきっと、私のような悪神だけが味わう業苦なのだろう。
それにしてもなぜ、創世界という別次元へ至ろうとしている私を、いざなう者がいるのだろう。
この腕は誰だ……?
私を運ぶ腕は力強く前へ前へ、下へ下へと進む。微塵の躊躇もない。
私と共に焼かれ、異次元に去ろうというのか。私が業火に焼かれる理由は枚挙に暇なしとしても、私を導く腕、どこの誰だかは知らないが、貴殿までつきあう必要はないだろうに。
この、力強い腕。貴殿は断固たる決意をもって、私と命運を共にするつもりなのか?
いや、私はひとりでいい。独りでこの世界を去る覚悟ができている……。
それにしても。
なぜ私は落ちているのだろう?
創世界というのは三界の底に広がる次元であったのか。天上界の遙か上に存在するものと思っていたが……。
創世界が下にあるならば、天界で死した私は、地上界、冥界をも抜けてそこへ至らねばならないのではないか?
皮肉なものだ。堕ちゆきながら望郷の地に束の間相見えつつ、その地を二度と踏みしめることは能わぬということか。
……だがこの先にあるのが創世界であるにしても、私は今、何と懐かしい空気に包まれていることだろう。
眼下に見ゆる、あのぐつぐつと煮えたぎる岩漿。それは友の住む炎獄界の火山口にどことなく似ている。
最期に再びあれらに見えることができれば良かったのだが、それももう叶うまいな。
さらばだ。私の友。私の臣たち。私の娘。私が半身。私の絆の全て。
……それにしても熱すぎる。死ぬほど熱い。
いや……死ぬほどというのはおかしいか。まさに私は死に相対しているのだから……
「――熱い熱いと、そう唸るな。熱いのは分かっておる! もうじき抜けるゆえ、ちと黙っておれ」
不意に耳元に叱責を浴びた。
この腕の主か。
ああ、懐かしい声だ。私を創世界に導く誘い手。なぜ、我が王の声をしているのだろう?
もっと声が聞きたくて耳を澄ますが、聞こえてくるのは風の唸る音ばかり。
錯覚だったのだろうか……、最期にもう一度だけ、あなたに会いたかった。
耳朶に口づけられる感覚がある。
私を包む腕に渾身の力がこもる。
私は懐かれたまま灼熱の中へ落ち続ける。
炎獄の焔に罪ごと己が溶かされていく感覚……。
ああ……最期の小さな幸福に、この強い腕を貴方の腕と錯覚しながら、私はいよいよ三界を去る。
死というのがこれほど酔美なものであると知っていたら、私はもしかしたら、もっと早くにそれを望んでいたかもしれない。
創世界への誘い手よ。なにも毀れもののようにそんなに優しく、私を包まずともよい。
私には、そのように運び去られる価値はないのだ。
***
……意識はそのまま深い闇の底に落ち、幾許かの刻を経て再び浮上した。
ナシェルがうっすらと瞼を開けると、最初に藍天鵝絨の天蓋が視界に映った。
どことなく見憶えがある。懐かしい風景。
幼いころ使っていた寝台の上に、ナシェルは身を横たえていた。
――否、これは錯覚か? 私は、死んだはずだ。
「………………?」
体が溶けてしまいそうだ。
炎の礫が私めがけて降り注いでくる。
私の皮膚を灼熱で融解してゆく。
溶けた私の躰は熱水の飛沫となって、いずれはあの岩漿の一部となるのか。
……ああ、これが神の死というものか。
我が魂と肉体とを分離するのに、創世神はかくも烈しい熱量を必要とするのか。
天の獄から解き放たれ、肉体は溶岩のように融けて痕形もなくなり、我が魂はいよいよもって別の次元に運び去られようとしている。
人間の一生というものを束ねつつ、これまで、それをなんと儚く脆いものかと嘲ってきたこの私が、今まさにそれらと同等の儚い魂となって消えゆこうとしているのだ。なんという皮肉だろうか。
それにしても熱い……。
知らなかった。神の肉体も死するときは、罪人のそれのように炎獄の焔に焼かれるとは。
この熱波の門は、死した神が誰しもくぐり抜ける道なのか?
いや、そうではあるまい。今は亡き我が母たちが、このような炎の苦しみを味わわねばならぬ理由はなかった。
……これはきっと、私のような悪神だけが味わう業苦なのだろう。
それにしてもなぜ、創世界という別次元へ至ろうとしている私を、いざなう者がいるのだろう。
この腕は誰だ……?
私を運ぶ腕は力強く前へ前へ、下へ下へと進む。微塵の躊躇もない。
私と共に焼かれ、異次元に去ろうというのか。私が業火に焼かれる理由は枚挙に暇なしとしても、私を導く腕、どこの誰だかは知らないが、貴殿までつきあう必要はないだろうに。
この、力強い腕。貴殿は断固たる決意をもって、私と命運を共にするつもりなのか?
いや、私はひとりでいい。独りでこの世界を去る覚悟ができている……。
それにしても。
なぜ私は落ちているのだろう?
創世界というのは三界の底に広がる次元であったのか。天上界の遙か上に存在するものと思っていたが……。
創世界が下にあるならば、天界で死した私は、地上界、冥界をも抜けてそこへ至らねばならないのではないか?
皮肉なものだ。堕ちゆきながら望郷の地に束の間相見えつつ、その地を二度と踏みしめることは能わぬということか。
……だがこの先にあるのが創世界であるにしても、私は今、何と懐かしい空気に包まれていることだろう。
眼下に見ゆる、あのぐつぐつと煮えたぎる岩漿。それは友の住む炎獄界の火山口にどことなく似ている。
最期に再びあれらに見えることができれば良かったのだが、それももう叶うまいな。
さらばだ。私の友。私の臣たち。私の娘。私が半身。私の絆の全て。
……それにしても熱すぎる。死ぬほど熱い。
いや……死ぬほどというのはおかしいか。まさに私は死に相対しているのだから……
「――熱い熱いと、そう唸るな。熱いのは分かっておる! もうじき抜けるゆえ、ちと黙っておれ」
不意に耳元に叱責を浴びた。
この腕の主か。
ああ、懐かしい声だ。私を創世界に導く誘い手。なぜ、我が王の声をしているのだろう?
もっと声が聞きたくて耳を澄ますが、聞こえてくるのは風の唸る音ばかり。
錯覚だったのだろうか……、最期にもう一度だけ、あなたに会いたかった。
耳朶に口づけられる感覚がある。
私を包む腕に渾身の力がこもる。
私は懐かれたまま灼熱の中へ落ち続ける。
炎獄の焔に罪ごと己が溶かされていく感覚……。
ああ……最期の小さな幸福に、この強い腕を貴方の腕と錯覚しながら、私はいよいよ三界を去る。
死というのがこれほど酔美なものであると知っていたら、私はもしかしたら、もっと早くにそれを望んでいたかもしれない。
創世界への誘い手よ。なにも毀れもののようにそんなに優しく、私を包まずともよい。
私には、そのように運び去られる価値はないのだ。
***
……意識はそのまま深い闇の底に落ち、幾許かの刻を経て再び浮上した。
ナシェルがうっすらと瞼を開けると、最初に藍天鵝絨の天蓋が視界に映った。
どことなく見憶えがある。懐かしい風景。
幼いころ使っていた寝台の上に、ナシェルは身を横たえていた。
――否、これは錯覚か? 私は、死んだはずだ。
「………………?」
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