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第一章 愛証
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冥界の入り口である暗黒界は、『三途の河』と冥界の王都たる『冥府』をむすぶ、長大な洞窟世界だ。
そこに、三連の砦が築かれて久しい。
セダルがこの冥界の王となって最初に行ったのが、冥府の冥王宮の築城と、この三連砦の建設だった。
暗黒界は人間の住む『地上界』に抜けるための唯一の道。冥王はこの道に死者の魂だけが潜り抜けることのできる堅牢な砦を築き、領土の安寧を図った。
また領土が長大であるがゆえに、王は己の支配の目を行き届かせるためにたびたび三連砦を視察して回らねばならなかった。配下の魔族たちを引き連れての行幸の旅となる。
その暗黒界への旅にナシェルは初めて同行した。
ナシェルは驚くと同時に嬉しかった。近場の幻獣界などへはたびたび赴いたことがあるものの、まだ黒天馬に長時間うまく乗りこなすことができぬため、暗黒界へ同行できるのはもっと大きくなってからだろうと思っていたのだが、王は何を思ったかナシェルを闇嶺に乗せてくれたのだ。
ナシェルはこの旅で初めて三連の砦や雄大な三途の河までをも目にし、その向こうにあるというまだ見ぬ地上界への夢をも、小さな胸に踊らせた。
その暗黒界への旅の帰り、ここは最後の野営地であった。
中央に、どっしりとした威容を成す王の天幕。それを囲むような形で、同行する魔族たち――将校や、騎士団の天幕が林立する。
衛士たちが野営食の準備をしている姿も遠目に見える。
いつもと、他の場所へ行く時と変わらない巡幸の一幕。それだけは見慣れた光景だった。
ナシェルはそこではじめてほっと息をつき、一瞬とはいえ風の音などに恐怖を覚えた自分を恥じた。
◇◇◇
「どうしてこの場所は、こんなにも風音が強いのでしょう。砦に居たときも風は強かったですが、音などしなかったのに……」
ナシェルは外に耳を済ませた。いくぶんくぐもってはいるがまだ天幕越しにはっきりと鼓膜を突く、あの『獣の絶叫のような』風音。いやな音だ……。
灯籠に燈された火が、かすかに天幕の内部を緋に彩っている。
火種にしている獣脂の嗅ぎなれた匂いが、つんと鼻をついた。こちらは、落ち着く匂いだ。
身の回りの世話をする侍官は今回は同行しておらぬため、冥王は己で漆黒の外衣を脱ぎ、佩剣を簡易卓の脇に立てかけた。
襟元を寛げながらナシェルに近づいてきた王は、マントの留め金を外すのを手伝ってくれ、風に乱れた髪を梳きなおしてくれる。
王はナシェルの問いかけに苦笑した。
「ここの風の音がそんなに珍しいか?」
「…変な音です。誰かが、四六時中叫んでいるようで」
「砦のある場所はこの辺りより、天頂も横幅も広いのだ。此処あたりから先は、急激に洞窟の内径が窄まる。大量の風が集まり凝縮されて、四六時中あのような音を出す。魔物の啼き声などではないのだよ」
冥王は説明の最後で、声に出して笑った。
「だから、怖がることはない」
「ですから別に……怖がってなどおりません。幼児でもあるまいし」
ナシェルは唇を尖らせ横を向いた。拗ねて甘えた仕草に映ったのだろう、王は笑いながらナシェルの体を抱き寄せた。
視界が翳り、大きな影に背後から包まれる。
冷たくて細い、高雅な指がナシェルの小さな顎に当てられる。
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