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第一章 愛証
3
「本当に、怖くない?」
「はい」
だが表情の僅かな強張りで、王には愛し子の抱いている本心が伝わってしまうのだった。
冥王は悪戯を思いついたような顔で続けた。
「それは良かった。そなたがこの場所は嫌だと申したら、どうすべきかと思っていたところだ」
「え?」
ナシェルはそっぽを向くのをやめ背後の王を仰いだ。
王は屈み、ナシェルの耳元に唇を寄せて吐息を吹き込むように囁く。
「この場所に決めたよ。
五百年かけて、そなたのための城を建ててあげよう……。
吾々のいま立っている、ここにな」
「………!?」
そなたのための城を、建ててあげよう。
五百年もかけて?
(そなたの城。魅力的な響き。でも……、
こんな、恐ろしい場所に?)
顔が強張るのを抑えられない。
冥王の口元に浮かぶ微笑を、なんと捉えれば良いのか。
戸惑い、翳りの色を濃くするナシェルの表情を、冥王は高い位置から紅の瞳で覗き込む。
「どうだ、素晴らしいだろう。そなたはこの地の支配者となるのだ」
本気で云っているのかと、ナシェルは父王を窺った。冗談だと云って常の如く笑い出すのを期待して。
しかし王はただうっそりと笑んでナシェルの頬を撫でるばかり。まるでナシェルの困惑する様を楽しんでいるかのようだ。
ナシェルは返答に窮しまごついた。
「で、でも……私はまだ……」
「ナシェル。余はここ暗黒界をそなたのために残してあるのだ。誰にも下賜せずにな」
「私のために?」
「あの崖の上から見下せる悠遠な眺望を、そなたも気に入ったであろう。この地に立ち寄ったのは、建設にあたっての下見をするためだったのだよ」
「…………」
衝撃だった。
思いつきで云っているわけではないようだ。
(……よりによって、どうしてこんな場所なの。
風の音が恐ろしいばかりで、眺めなどほとんど目に入っていなかった)
「……でも、父上」
「地上界に近いことを心配しているのか? そのために三連の砦を造らせたのだよ。そして、これから時間をかけてさらに軍備を増強し、余の直属軍に匹敵する軍をそなたに授けてやろう。今すぐではない。成神してからだよ。神司も上手に使えるようになる。何も心配は要らぬ」
王は「でも、」といいかけたナシェルの頤を摘んだ。
そして唇を啄ばみ反論を封じ込めてしまった。
「………ん、」
反射的に逃げかけるも、やがて幼い脳は常のごとく己に課せられた使命を思い出す。
冥王の半身として生を受けた己は、王より与えられしものは全て、何も疑うことなく受け取らなければならない。
突然聞かされたこの領地の話のみではない。
この唇に込められた想いも。意地悪な言葉の数々に隠された慈悲深き愛も。
悪戯な指の齎す背徳も。
そんなものは要らないと拒絶しても、全てを受け取らざるを得ないのだ。
そのように定められて、生まれてきたのだと。
つまり王の創り出す闇に身を委ね、己を包み込んで余りある寵愛に応うることこそが、己が命の存在意義であるのだと……。
それらは一言で云いかえれば、宿命と呼ぶべきものなのかもしれない。
そしてすでに心でも感じ取っていた。
時折こうして王の意地悪な、不意打ち的な愛の供与に慄くものの、総じてナシェルは王から得るものすべてに結果的には充足を覚えていたのだ。
さまざまな形で与えられるものを、小さな全身で受けとめる。その歓びに狂わされ………。
享受し続けることに、中毒患者のごとく慢性的な快楽を見出していたと云ってもいい。
けなげに父の愛に応うるべく努めるナシェルはしかし………まだ王の愛のすべてを、その身で体感した訳ではない。本当の快楽を未だ与えられてはいないのだ。
「はい」
だが表情の僅かな強張りで、王には愛し子の抱いている本心が伝わってしまうのだった。
冥王は悪戯を思いついたような顔で続けた。
「それは良かった。そなたがこの場所は嫌だと申したら、どうすべきかと思っていたところだ」
「え?」
ナシェルはそっぽを向くのをやめ背後の王を仰いだ。
王は屈み、ナシェルの耳元に唇を寄せて吐息を吹き込むように囁く。
「この場所に決めたよ。
五百年かけて、そなたのための城を建ててあげよう……。
吾々のいま立っている、ここにな」
「………!?」
そなたのための城を、建ててあげよう。
五百年もかけて?
(そなたの城。魅力的な響き。でも……、
こんな、恐ろしい場所に?)
顔が強張るのを抑えられない。
冥王の口元に浮かぶ微笑を、なんと捉えれば良いのか。
戸惑い、翳りの色を濃くするナシェルの表情を、冥王は高い位置から紅の瞳で覗き込む。
「どうだ、素晴らしいだろう。そなたはこの地の支配者となるのだ」
本気で云っているのかと、ナシェルは父王を窺った。冗談だと云って常の如く笑い出すのを期待して。
しかし王はただうっそりと笑んでナシェルの頬を撫でるばかり。まるでナシェルの困惑する様を楽しんでいるかのようだ。
ナシェルは返答に窮しまごついた。
「で、でも……私はまだ……」
「ナシェル。余はここ暗黒界をそなたのために残してあるのだ。誰にも下賜せずにな」
「私のために?」
「あの崖の上から見下せる悠遠な眺望を、そなたも気に入ったであろう。この地に立ち寄ったのは、建設にあたっての下見をするためだったのだよ」
「…………」
衝撃だった。
思いつきで云っているわけではないようだ。
(……よりによって、どうしてこんな場所なの。
風の音が恐ろしいばかりで、眺めなどほとんど目に入っていなかった)
「……でも、父上」
「地上界に近いことを心配しているのか? そのために三連の砦を造らせたのだよ。そして、これから時間をかけてさらに軍備を増強し、余の直属軍に匹敵する軍をそなたに授けてやろう。今すぐではない。成神してからだよ。神司も上手に使えるようになる。何も心配は要らぬ」
王は「でも、」といいかけたナシェルの頤を摘んだ。
そして唇を啄ばみ反論を封じ込めてしまった。
「………ん、」
反射的に逃げかけるも、やがて幼い脳は常のごとく己に課せられた使命を思い出す。
冥王の半身として生を受けた己は、王より与えられしものは全て、何も疑うことなく受け取らなければならない。
突然聞かされたこの領地の話のみではない。
この唇に込められた想いも。意地悪な言葉の数々に隠された慈悲深き愛も。
悪戯な指の齎す背徳も。
そんなものは要らないと拒絶しても、全てを受け取らざるを得ないのだ。
そのように定められて、生まれてきたのだと。
つまり王の創り出す闇に身を委ね、己を包み込んで余りある寵愛に応うることこそが、己が命の存在意義であるのだと……。
それらは一言で云いかえれば、宿命と呼ぶべきものなのかもしれない。
そしてすでに心でも感じ取っていた。
時折こうして王の意地悪な、不意打ち的な愛の供与に慄くものの、総じてナシェルは王から得るものすべてに結果的には充足を覚えていたのだ。
さまざまな形で与えられるものを、小さな全身で受けとめる。その歓びに狂わされ………。
享受し続けることに、中毒患者のごとく慢性的な快楽を見出していたと云ってもいい。
けなげに父の愛に応うるべく努めるナシェルはしかし………まだ王の愛のすべてを、その身で体感した訳ではない。本当の快楽を未だ与えられてはいないのだ。
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