文字の大きさ
大
中
小
36 / 70
第三章 蝶の行方
13
……そういう瑣事は多少あれど、二人の貴公子は人の街に紛れ込んだことで各々の境遇を束の間忘れることができ、それなりにこのお忍びの旅を愉しんでいた。二人とも、ひとかたならぬ美貌ゆえにどこにいても目立ってしまうことをのぞけば、彼らの姿かたちは人間と大差はない。
夜な夜な、酒場の片隅で、盛り上がる人間たちに紛れてほろ酔い気分を愉しむうちに、己らが黄泉の世界の住人であることすら時折忘れそうになるほどだった。
当然のことながら、いつこの世界を離れてあの世に還るのかという話にはならない。彼らは後先のことも考慮せず気の向くままに数週ほどのあいだ遊び回って過ごした。
――神族も魔族も、互いに永い永い刻を生きる種族ゆえ、当然、時間の感覚も人間よりも緩いのである。
旅の間じゅう、二人は互いに、相手に“親友”以上のものを求める己の気持ちを認識していた。
そして相手もおそらく同様だということも、分かっていた。
同じマントにくるまって寒さをしのいだあの野宿の夜から、それはもう明らかだった。互いに相手の体が奇妙なほど熱く火照っているのに気付いていたから。
しかし二人ともあの晩以来、それを態度に出したりはしなかったので、旅の合間に交わされる会話は次第に、至極ぎこちないものになっていった。二人ともその気持ちを押し殺そうとするがために、敢えて変に陽気で、くだらない会話ばかり交わすようになっていた。
そして同時に、この恋愛だか友情だかはっきりとしない“現実逃避の刻”が、永久に続けばいいと、二人は願っていたのだ。
このときナシェルの中にあったのは紛うかたなき“意地”だ。彼にふたたび靡きかけている自分を認めながらも、自分の方からは絶対に一線を越えるわけにはいかないのだという意地。
しかしそれは同時に、彼に抱擁されれば瞬く間に瓦解することが明白なほどの、もろい自尊心でもあった。
対してヴァニオンの胸の内に存在したのは、もう少し真っ直ぐな恋情であったかもしれない。
……しかし彼はナシェルへの感情を、当面は胸に仕舞い留めることにした。おそらく己の態度次第で、ナシェルはあっけなく陥落するだろう。一見お高くとまっているように見えるが、王子には元来、そういう性的な野放図さと危なっかしさがあった。(無論そうなったのは教育した者の責任であってナシェルの責任ではないのだが。)
ヴァニオンは旅の間じゅうずっとナシェルの言動を見つめながら、己の今後の身の置き方を模索していた。もしもナシェルが、自分との愛を過去のものにしようと努力しているなら、残念だがそれに自分も従うしかないだろうと。一臣下に立ち戻り、今後は私情を挟まぬように忠誠を尽くして行こうと。
すべてはナシェル次第なのだが、ヴァニオンはヴァニオンなりに、結実することが不可能なこの恋愛に、けじめをつけようと考えていたといってもよい……、まだナシェルを見つめる眼差しのひとつひとつに、態度の端々に、愛情が滲み出てしまうのはどうにも、隠しきれないでいるのだが。
そう、ヴァニオンは王子を未だ恋慕しながらも、この正確な答のない迷路から脱出するための、出口を探そうとしていたのだ。
……けれど、当のナシェルがまだ自分を求めてくるなら、その時は……どうする?
つちかってきた全てのものを捨てて、王子への愛を貫くのか。
冥界公爵家の子として。乳兄弟として。
王への忠誠? 王子への愛?
重すぎる天秤であった。
彼は答えを出すのを躊躇ったが内心では、万が一のときにはナシェルの想いに准ずるであろう自分を、認識してもいた。
彼にとってナシェルは世界で唯一、生命を賭すに足る存在だったからだ。
感想 1
あなたにおすすめの小説
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
女の子として育てられた身代わりメイド、冷酷公爵に正体を暴かれ執着の檻に閉じ込められる 〜夜に咲く花〜
女の子として育てられたラナには、誰にも言えない秘密があった。
――僕は、男だ。
18歳の冬、没落した一族の罪を贖うため、冷酷な公爵・セヴェランにメイドとして捧げられた。
純白のフリルに身を包み、偽りの乙女を演じ続ける日々。
正体が露見すれば即処刑――薄氷の上を歩くような緊張が、常にラナを縛りつけていた。
しかし、ある穏やかな午後。
その均衡は、あまりにも呆気なく崩れ去る。
逃げ場を失った身体を捕らえられ、隠し続けてきた真実を見抜かれたとき、
氷のように冷え切っていた主従関係は、静かに形を変えた。
「お前は男ですらない。……ただの、私の所有物だ」
突きつけられたのは死ではなく、逃れられない執着。
行き場を失った孤独な存在を囲い込み、決して手放そうとしない絶対的な支配。
偽りの乙女としての時間は終わりを告げ、
ラナは一人の青年として、抗えないほど深く書き換えられていく。
それは救いか、それとも堕落か。
孤独を抱えた二人の魂は、背徳の熱の中で静かに絡み合っていく――。