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第三章 蝶の行方
25
しかし王は渾身の喚きを耳に入れることもなく、ナシェルの体を広い円卓の上に仰向けに寝かせて押しつけ、両腕を体の脇に抑えつけた。ナシェルは両脚をばたつかせて王を撥ね退けようとしたが、王の次の言葉で一瞬、動きを止めた。
「己の体のことだ。己が一番よく判っておろう。それともなぜこんなことになったのか、余に言い当てて欲しいのか?」
「!」
ナシェルをその一言で黙させた王は、凝り固まっている彼の襟元に手をかけ、典雅な儀礼用の王子の衣装を胸元から引き裂いた。
ナシェルの白い胸が露わになる。
恐怖と怒りと憎しみで半ば狂乱状態となり、小刻みな呼吸を繰り返して浅く上下している胸を、王は身を屈めてねっとりとついばむ。
ナシェルは声などあげるものかと唇を白くなるまで咬み、親指を握り締めていた。反骨を込めて背けた顔に王は唇を近付け、耳に息を吹き込むように囁きかける。
「なぜあんなことをした?」
「――逃れたかったからです、貴方の下さる全てのものから」
「ほう」
全身全霊を込めた拒絶の言葉に、王は面白そうに片眉を上げて短く応じた。
「――だがこうしてそなたは戻って来た。それは気づいたからだね、どこにも逃れる場所は無い、ということに」
ナシェルは押さえつけられたまま、覇気に満ちた眼差しを父に向けた。
「どうでしょう。私は己の統べる幾億の人魂と同じように己の命もまた不変ではないことを知っています。これでひとつの方法が消えたことは確かですが、これで貴方から逃れる方法が全て消滅したわけではありません」
ナシェルの示唆したある一つの語彙に、王は過敏に反応する。王はナシェルの両手首をひとつにまとめて左手で押さえつけた。空いた右手でナシェルの前髪をかきあげるように片手で掴み、それを卓上に押しつけて彼の首から上の動きをも封じ込めた。前髪を引っ張られ、ナシェルの顔が痛みに歪む。
「二度とその忌まわしき言葉を口にするな、死の影の王。そなたにこの世界を捨てる権利は無い」
神の死を黙示された王は怒りに満ちていた。
「そなたは、余と共にこの世界に在り続けるのだ。そのために余の半身として生まれてきたのだということを、そなたも判っているだろう」
「望んで生れてきた訳じゃありません。なのに何故、私ばかりがそんな窮屈な運命を強いられるのです」
「――本当に、そなたのみが、窮屈で辛い運命を背負わされておると思うておるのか」
王はゆっくりと言葉を区切って尋ねてくる。
ナシェルは考え、すぐに自分の放った失言に気づいたが、訂正するには父への反発と気概が邪魔をしていた。
「――まあよい。話を戻そう。それでそなたは、『あの世界に於いても余の半身としての宿命から逃れることはできぬ』と判った以外に、なにか収穫を得てきたのであろうが?」
「光の世界が、私にとって毒だということが判りました」
「他にもあろう。もっと重大かつ基本的なことだ」
恐慌したナシェルは目蓋を瞑った。瞳の上に揺らめいていた波が、雫となって頬の横を伝い落ちてゆく。
「余に指摘されたいのか? それとも己で申し述べるか」
「――司を、失いました、ほとんど、」
「何故そうなかったか、判るだろう。無論要因は一つではないが」
「………、」
「ちゃんと反省しているのか?」
「――反省はしています。でも、悔いてはおりませぬ。私と彼にはきちんとした別れが必要でした。それを旅の間に改めて、済ませてきただけです」
「なるほど。ちゃんとけじめをつけてきたというのだね」
王はそこで初めて少し表情を和らげた。
「ではそれを済ませたそなたは、身も心も、余の所有物に戻らねばならぬ。どうすれば元の己に戻れるのか、そなたはそれもちゃんと理解しているだろう。――さあ、判ったら、口に出してちゃんと乞うてごらん」
ナシェルは最後の排撃を込めて固く唇を閉ざした。――絶対に隷従するものかと。
「強情な子だ」
鼻先で嗤った王は、ナシェルの下衣も剥ぎ取って艶かしい両脚を露わにさせ、卓上にその下肢を割り拡げた。
「己の体のことだ。己が一番よく判っておろう。それともなぜこんなことになったのか、余に言い当てて欲しいのか?」
「!」
ナシェルをその一言で黙させた王は、凝り固まっている彼の襟元に手をかけ、典雅な儀礼用の王子の衣装を胸元から引き裂いた。
ナシェルの白い胸が露わになる。
恐怖と怒りと憎しみで半ば狂乱状態となり、小刻みな呼吸を繰り返して浅く上下している胸を、王は身を屈めてねっとりとついばむ。
ナシェルは声などあげるものかと唇を白くなるまで咬み、親指を握り締めていた。反骨を込めて背けた顔に王は唇を近付け、耳に息を吹き込むように囁きかける。
「なぜあんなことをした?」
「――逃れたかったからです、貴方の下さる全てのものから」
「ほう」
全身全霊を込めた拒絶の言葉に、王は面白そうに片眉を上げて短く応じた。
「――だがこうしてそなたは戻って来た。それは気づいたからだね、どこにも逃れる場所は無い、ということに」
ナシェルは押さえつけられたまま、覇気に満ちた眼差しを父に向けた。
「どうでしょう。私は己の統べる幾億の人魂と同じように己の命もまた不変ではないことを知っています。これでひとつの方法が消えたことは確かですが、これで貴方から逃れる方法が全て消滅したわけではありません」
ナシェルの示唆したある一つの語彙に、王は過敏に反応する。王はナシェルの両手首をひとつにまとめて左手で押さえつけた。空いた右手でナシェルの前髪をかきあげるように片手で掴み、それを卓上に押しつけて彼の首から上の動きをも封じ込めた。前髪を引っ張られ、ナシェルの顔が痛みに歪む。
「二度とその忌まわしき言葉を口にするな、死の影の王。そなたにこの世界を捨てる権利は無い」
神の死を黙示された王は怒りに満ちていた。
「そなたは、余と共にこの世界に在り続けるのだ。そのために余の半身として生まれてきたのだということを、そなたも判っているだろう」
「望んで生れてきた訳じゃありません。なのに何故、私ばかりがそんな窮屈な運命を強いられるのです」
「――本当に、そなたのみが、窮屈で辛い運命を背負わされておると思うておるのか」
王はゆっくりと言葉を区切って尋ねてくる。
ナシェルは考え、すぐに自分の放った失言に気づいたが、訂正するには父への反発と気概が邪魔をしていた。
「――まあよい。話を戻そう。それでそなたは、『あの世界に於いても余の半身としての宿命から逃れることはできぬ』と判った以外に、なにか収穫を得てきたのであろうが?」
「光の世界が、私にとって毒だということが判りました」
「他にもあろう。もっと重大かつ基本的なことだ」
恐慌したナシェルは目蓋を瞑った。瞳の上に揺らめいていた波が、雫となって頬の横を伝い落ちてゆく。
「余に指摘されたいのか? それとも己で申し述べるか」
「――司を、失いました、ほとんど、」
「何故そうなかったか、判るだろう。無論要因は一つではないが」
「………、」
「ちゃんと反省しているのか?」
「――反省はしています。でも、悔いてはおりませぬ。私と彼にはきちんとした別れが必要でした。それを旅の間に改めて、済ませてきただけです」
「なるほど。ちゃんとけじめをつけてきたというのだね」
王はそこで初めて少し表情を和らげた。
「ではそれを済ませたそなたは、身も心も、余の所有物に戻らねばならぬ。どうすれば元の己に戻れるのか、そなたはそれもちゃんと理解しているだろう。――さあ、判ったら、口に出してちゃんと乞うてごらん」
ナシェルは最後の排撃を込めて固く唇を閉ざした。――絶対に隷従するものかと。
「強情な子だ」
鼻先で嗤った王は、ナシェルの下衣も剥ぎ取って艶かしい両脚を露わにさせ、卓上にその下肢を割り拡げた。
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