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第四章 明けぬ夜の寝物語
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王子はヴァニオンに促され、音も無く長椅子に近づいた。
そして長椅子の上に置かれていた寝枕の類を押し退けるようにしてその場に腰を落ち着けた。
ガウンの羽毛の襟に冷え切った首元を埋めて、ようやくほっとしたように蒼い双眸を和らげてみせる。
麗らかな中にも、憂いの含まれた眼差しであった。
思いがけず窓から忍んできた王子のその様を、ヴァニオンはしばらく恍惚として見つめていた。
そして漠然とこう感じた。
――こいつがこういう表情をするのは大抵色事の後と決まっている、と。
こいつは父王に抱かれたその足で俺の元へやって来たのか?
寵愛への不満を俺に吐露するために――か?
確証はないが、王子の艶めいた表情を見ているとどうしてもそのような勘が降りてくる。
ヴァニオンは心中に黝い嫉妬の靄がかかるのを自覚しかけて、はたと我に返り、その想いを打ち消すように壁際の暖炉に火を入れに急いだ。
――恋人ではない自分には、王子が誰に抱かれて来ようが嫉妬する資格はないのだ。
飾り棚の上段から火酒のボトルと金属製の杯を出して戻り、注いでやる。
杯を渡すとき、王子の指に手が触れた。
指先は氷のようであった。
一体どれほどの間、バルコニーで待っていたのだろう?
酒瓶も杯もかなぐり捨てて今すぐその指を握り、息を吹きかけてやりたい……。
それは忠誠心にしては行き過ぎた行為だろうか? 否、そうではないはずだ。
しかしヴァニオンはえもいわれぬ衝動を圧し殺し、杯を王子の手の中にぐいと押し込んだ。手を握ったりしたら、そのあとの行動を自制できる自信はない。
「ホラ、呑めよ」
王子は少し杯を上げてヴァニオンに謝意を示し、杯をそのまま口元へ運んだ。
強い酒だが唇を離すことなく一気に干す。
その飲み方を見ればやはり何かの鬱憤を晴らしにきたのだろうと判る。
突き返された杯に再び酒を足してやると、ナシェルはそれもひと息に飲み干してしまった。
“呷る”と表現するしかないようなその呑み方を、ヴァニオンが苦笑まじりに眺めているのに気づくと、王子は眉間に険らしきものを浮かべた。
「見世物ではないぞ。ぼやっと見ていないでお前も呑めば良い」
「――なあナシェル、話してみろよ」
「……何を?」
「いきなり泊めてくれなんてやって来て、そんな面してがんがん呷ってるの見たら、何かあったと判るに決まってんだろ。話せよ。聞いてやるから」
「…………」
王子はヴァニオンから少し体勢を逸らすように、体を横向け、脚を組み、顎を上げた。
「ヴァニオン――本心から聞く気があるのか? 薄々分っていると思うがこれは解決の糸口など到底見い出せぬ、救いがたい泥沼の部類の話だぞ。“相談に乗ろう”などと軽はずみで思いついたことを後悔するぐらいにな」
「……お前、もやもやを俺にぶちまけに来たんじゃないのか?
俺は一緒に解決法を模索してやろうなんて大言壮語するつもりはないさ。お前の抱えてるものはそれぐらい重過ぎて、正直俺の手には余る。
ただお前が俺に話して幾らかすっきりするのなら、俺は黙ってここで聞いててやるから」
「……」
「ま、話したくないなら無理に話す必要は無いけどな。この瓶を空けて、あっちの寝台でさっさと眠りこけちまうのも有だ。俺は、この長椅子を使うしさ――」
添い寝してやる積もりはないから寝るなら一人で寝台を使えよ、と促したヴァニオンの腕を、王子はぐいと引っ張って、自分の傍らに座らせる。
どうやら話す積もりになったようだ。
ヴァニオンは微笑する。まったく天の邪鬼なヤツだ。素直に最初からウンと云えばいいのに。
――いいよ、話せよ。
俺を、そういう風に使っていいよ。
お前のそういうの全部受け止められるのは、俺しか居ないんだから。
んで俺、お前の吐き出すモノは何でも、結構好きだからな――毒も悪態も含めて、全て。
そして今、何かに疲弊したお前が最終的に頼ってくるのはこの俺だというこの現実に、
内心で喝采している俺がいる。
この瞬間ばかりは王への優越感に満たされているのだ。
――“かりそめのものに過ぎない”優越感だとしても。
イメージ画
ヴァニオンとナシェル
Illust:syuka様
そして長椅子の上に置かれていた寝枕の類を押し退けるようにしてその場に腰を落ち着けた。
ガウンの羽毛の襟に冷え切った首元を埋めて、ようやくほっとしたように蒼い双眸を和らげてみせる。
麗らかな中にも、憂いの含まれた眼差しであった。
思いがけず窓から忍んできた王子のその様を、ヴァニオンはしばらく恍惚として見つめていた。
そして漠然とこう感じた。
――こいつがこういう表情をするのは大抵色事の後と決まっている、と。
こいつは父王に抱かれたその足で俺の元へやって来たのか?
寵愛への不満を俺に吐露するために――か?
確証はないが、王子の艶めいた表情を見ているとどうしてもそのような勘が降りてくる。
ヴァニオンは心中に黝い嫉妬の靄がかかるのを自覚しかけて、はたと我に返り、その想いを打ち消すように壁際の暖炉に火を入れに急いだ。
――恋人ではない自分には、王子が誰に抱かれて来ようが嫉妬する資格はないのだ。
飾り棚の上段から火酒のボトルと金属製の杯を出して戻り、注いでやる。
杯を渡すとき、王子の指に手が触れた。
指先は氷のようであった。
一体どれほどの間、バルコニーで待っていたのだろう?
酒瓶も杯もかなぐり捨てて今すぐその指を握り、息を吹きかけてやりたい……。
それは忠誠心にしては行き過ぎた行為だろうか? 否、そうではないはずだ。
しかしヴァニオンはえもいわれぬ衝動を圧し殺し、杯を王子の手の中にぐいと押し込んだ。手を握ったりしたら、そのあとの行動を自制できる自信はない。
「ホラ、呑めよ」
王子は少し杯を上げてヴァニオンに謝意を示し、杯をそのまま口元へ運んだ。
強い酒だが唇を離すことなく一気に干す。
その飲み方を見ればやはり何かの鬱憤を晴らしにきたのだろうと判る。
突き返された杯に再び酒を足してやると、ナシェルはそれもひと息に飲み干してしまった。
“呷る”と表現するしかないようなその呑み方を、ヴァニオンが苦笑まじりに眺めているのに気づくと、王子は眉間に険らしきものを浮かべた。
「見世物ではないぞ。ぼやっと見ていないでお前も呑めば良い」
「――なあナシェル、話してみろよ」
「……何を?」
「いきなり泊めてくれなんてやって来て、そんな面してがんがん呷ってるの見たら、何かあったと判るに決まってんだろ。話せよ。聞いてやるから」
「…………」
王子はヴァニオンから少し体勢を逸らすように、体を横向け、脚を組み、顎を上げた。
「ヴァニオン――本心から聞く気があるのか? 薄々分っていると思うがこれは解決の糸口など到底見い出せぬ、救いがたい泥沼の部類の話だぞ。“相談に乗ろう”などと軽はずみで思いついたことを後悔するぐらいにな」
「……お前、もやもやを俺にぶちまけに来たんじゃないのか?
俺は一緒に解決法を模索してやろうなんて大言壮語するつもりはないさ。お前の抱えてるものはそれぐらい重過ぎて、正直俺の手には余る。
ただお前が俺に話して幾らかすっきりするのなら、俺は黙ってここで聞いててやるから」
「……」
「ま、話したくないなら無理に話す必要は無いけどな。この瓶を空けて、あっちの寝台でさっさと眠りこけちまうのも有だ。俺は、この長椅子を使うしさ――」
添い寝してやる積もりはないから寝るなら一人で寝台を使えよ、と促したヴァニオンの腕を、王子はぐいと引っ張って、自分の傍らに座らせる。
どうやら話す積もりになったようだ。
ヴァニオンは微笑する。まったく天の邪鬼なヤツだ。素直に最初からウンと云えばいいのに。
――いいよ、話せよ。
俺を、そういう風に使っていいよ。
お前のそういうの全部受け止められるのは、俺しか居ないんだから。
んで俺、お前の吐き出すモノは何でも、結構好きだからな――毒も悪態も含めて、全て。
そして今、何かに疲弊したお前が最終的に頼ってくるのはこの俺だというこの現実に、
内心で喝采している俺がいる。
この瞬間ばかりは王への優越感に満たされているのだ。
――“かりそめのものに過ぎない”優越感だとしても。
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ヴァニオンとナシェル
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