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第四章 明けぬ夜の寝物語
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しおりを挟む不意にざわざわと辺りが騒がしくなった。人の波が、中庭を離れどこかへ流れてゆくようだ。
場所を移動でもするのだろうか。
ナシェルは薄目を開け、聞き耳を立てた。
人々の会話の端々に、「これから狩猟場へ…、」などという言葉がある。おそらくこれから王と貴族らは王宮の外へ出、冥府の外に広がる魔の森と曠野で軽く狩りでもするつもりのようだ。――酒が入っているのに元気な連中だな、と思う。
公爵らが、城の階下へつながる階段のほうへ歩み去っていく姿が見て取れる。
――そして、ナシェルが視線をずらしたその先には冥王の姿があった。
いつのまにか人の輪から外れ、円柱に凭れかかって腕をかるく組み、こちらを見ている。
滾るような紅のまなざしで。
こちらが腹に含むものがない状態であれば、一瞬にして落ちてしまいそうな瞳力。
目が合った瞬間からナシェルの脳裏いっぱいに、華麗な真紅が浸み広がってゆく。
――待っているのか? 私を?
ナシェルは女たちを侍らせたまま、己の半身を強く見返した。
しかし……、睨みつけておいて内省するのもおかしいが、最後まで徹底的に抗戦しきる自信は実のところあまりない。
王の眼差しは今、それほどに私をたじろがせている。心拍を引き上げ、私を溶解炉の中へ突き落とすかのように……、私を平静では居られなくする。
冥王はナシェルが自分を見て表情を変えたのを確認すると、唇の端を持ち上げ、目を細めてうっそりと微笑み、次いで長いひとさし指を上向けた。
クイクイと、指を曲げナシェルを拱く。
お い で、とその唇が無声の言葉を形作る。
ナシェルは眉間に皺を寄せた。面倒臭げに長椅子から立ち上がり、はべらせていた女たちを下がらせた。女たちは名残惜しそうであったが、やはりどう考えてみても、彼女らのひとりを一夜の相手にするなど自分には無理のようだった。
ナシェルは表情に殺気めいた険を残しつつ、冥王に近づき(ただし一歩以上の距離を置いて)、ぶっきらぼうに問うた。
「……何か御用ですか」
「重臣達と狩猟場へ出掛けることになったが、そなたも来るか?」
「行きません」
昨夜の件をお忘れか? という言葉が喉元まで出かかった。口をついて出なかったのは、この王のことだ、へたをすると本当に忘れている(というか気にもしていない)可能性があるからだ。ナシェルは二重に傷つけられることへの危惧から咄嗟に口を噤んだ。
「ふうん……、呑んだくれているよりは気晴らしになると思うのだがな……。まあいい、盛り上がっておるようだし、宴はこのまま続けるがよい」
そう云うと、冥王はナシェルのなけなしの抗戦意思であるふたりの“距離”をいともあっさりと打ち破って来る。彼はそうして手の平を伸ばし、愛し子の顎をさらりと撫でた。
「そう、もの欲しそうな顔をするな、公衆の前だぞ」
「……も、もの欲……、だ、誰が?」
思いもよらない指摘を受け、ナシェルは髪を逆立てかけた。
「そなただよ。何を苛々しておるのか知らぬが、不貞腐れていても欲求だけは隠し遂せぬようだな」
王は指の関節でナシェルの睫毛の絶妙なしなりに軽く触れ、彼の、怒りに震えている肩に手を置いた。
そして極めつけの言葉を口にした。
「――残念だが、抱いてなどやらぬよ。昨夜のことをそなたが反省するまではな」
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