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こんなに近くにいるのに……
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パーティー会場に溢れんばかりの人混みに圧倒され、立ち尽くす。
櫻井財閥主催以外の社交場に出るのはこれが二度目だ。一度目はまだ薫子が高校生の時だった。
同じ櫻井ホテルの『絢爛の間』。社交界デビューと称して龍太郎に連れ回され、紹介されることとなった。
今もそうだが、人混みが苦手な上に人と話す、ましてや初対面の人間と話すことに恐怖すら感じる薫子は、慣れない場ということもあり、気分を悪くしてしまった。
でも、そのお陰で悠と付き合うことになったんだよね......
薫子はあの時の悠が自分を愛おしく見つめる瞳、告げてくれた愛の告白を思い出すだけで胸がキュンと高鳴り、涙が溢れそうになる。
けれど、今日は......お父様は私と遼ちゃんを婚約者として皆に紹介するつもりでいる。
私と悠の関係が遠くなっていくようで、怖い......
胸の奥がズクン、と痛んだ。
会場で一際目立っている人物。それが大和の母、京香だった。
普通、政治家の妻というとシンプルで清楚なスーツに身を包み、夫の二歩も三歩も後ろを歩くような印象だが、彼女はまるで夜の蝶のようだった。紫色にスパンコールの入ったカクテルドレスにラベンダーのショールを纏い、会場内を蜜を求めて花から花へと移動するように、少し止まっては誰かと喋り、また暫くすると別の人物を捕まえて挨拶し......見ているだけで目が回りそうだった。
大和のお母様はいつも多忙でいらして、家にいないことが多いから幼い頃の行事くらいでしかお見かけしたことはなかったけれど、相変わらずパワフルな方だな......
その行事でさえも、京香は大和の兄に任せることが多く、顔を出したことは数える程しかなかった。
ふと、京香の目がこちらへ向けられたかと思うと、もう次の瞬間には声を掛けられていた。
「あら、薫子さんじゃないの。お久しぶりねぇ.......んまぁ、綺麗になられて!!」
「ご無沙汰しております......」
そう言って薫子は丁寧に頭を下げた。
すると、龍太郎が京香の甲高い声に気付き、こちらを向いた。
「いやぁ、京香さん。この度は羽鳥氏のパーティーにお招き頂けまして、光栄ですな」
え...お父様って、大和のお母様とそんなに親しい間柄だったの......?
「ふふっ、いやぁねぇ、改まって。私と龍ちゃんの仲じゃなぁい。
ところで、薫子さんすっかり綺麗になられて。もういつお嫁さんに出しても恥ずかしくないわねぇ」
京香の言葉に薫子の心臓が飛び出しそうな程跳ねた。
「いやいや、おたくのご子息の方こそ。皆立派になられて。秘書として学び、経験を積んだ後は、政治家デビューされるのでしょう? 立派な息子が3人もとは、ははっ、全く羨ましいですなぁ」
薫子は胸が絞られるような苦しさを覚えた。
龍太郎は櫻井財閥の跡取りとなる男子が生まれることを望んでいた。女として生まれた薫子は、父にとって、櫻井財閥にとって必要のない存在なのだと事あるごとに自覚させられながら今日まで生きてきた。
そして、また......
何度言われても、この痛みは和らぐ事はない。
「ねーぇ、そちらの若くて逞しい男性はどなた?」
京香は明らさまな好奇の目を遼に向けた。
龍太郎はそれを受け、少し胸を張って遼を紹介した。
「香西遼くんだ。薫子の婚約者で、大学卒業後には結婚させるつもりだ。彼は香西カンパニーの長男なのだが、櫻井財閥に養子に入ってくれると言っておる」
「櫻井家」とは言わず、「櫻井財閥」と言うところが、企業の利益を考えた政略結婚だといういうことを知らしめるようで、薫子は小さく歯噛みした。
遼が京香に向かって小さくお辞儀をする。
「ご挨拶が遅れました。香西遼です。ご子息の大和くんとは幼稚舎、小等部と同じ青海学園にいました。中等部からはアメリカに滞在していましたが、最近こちらに戻り、大学ではまた大和くんと同じ大学の学部で共に勉学に励むこととなります。
これからどうぞ、友人のお母様としてだけでなく、櫻井財閥の仕事上でもよろしくお願い致します」
京香の顔がパァッと華やいだ。いかにも噂好きらしく、この手の話には一も二もなく飛びつく。
「んまぁ、あなた大和と同い年なの!? もうこの歳で婚約者だなんて、羨ましいわぁ。しかも香西カンパニーといえば、業績がうなぎ昇りの注目企業ですもの、櫻井財閥もますます安泰ねぇ。
ハァ...うちの男共はいつ結婚するのかしら......長男の大地にはお見合い話は持って行くんだけど、いつも仕事が忙しいからって断られてしまって。寂しいわぁ」
そう言いつつも、それは社交辞令のようにも感じた。自分の趣味や集まりに忙しく、京香は息子の将来を心配して憂うようなタイプの母親ではない。
京香はチラッと視線を彷徨わせると次のターゲットを見つけたらしく、ニコッと笑顔を見せた。
「それじゃ、私はこの変で。龍ちゃん、またゴルフにでも行きましょ」
そう言って京香は軽い足取りで去って行った。
龍太郎は笑顔で京香を見送ったが、その後は薫子との間に何とも言えない微妙な空気が流れていた。娘の前では厳格な龍太郎が「龍ちゃん」なんて呼ばれているのを知られて、罰が悪いに違いない。
龍太郎は知り合いを見つけると声をかけ、話し始めた。
櫻井財閥主催以外の社交場に出るのはこれが二度目だ。一度目はまだ薫子が高校生の時だった。
同じ櫻井ホテルの『絢爛の間』。社交界デビューと称して龍太郎に連れ回され、紹介されることとなった。
今もそうだが、人混みが苦手な上に人と話す、ましてや初対面の人間と話すことに恐怖すら感じる薫子は、慣れない場ということもあり、気分を悪くしてしまった。
でも、そのお陰で悠と付き合うことになったんだよね......
薫子はあの時の悠が自分を愛おしく見つめる瞳、告げてくれた愛の告白を思い出すだけで胸がキュンと高鳴り、涙が溢れそうになる。
けれど、今日は......お父様は私と遼ちゃんを婚約者として皆に紹介するつもりでいる。
私と悠の関係が遠くなっていくようで、怖い......
胸の奥がズクン、と痛んだ。
会場で一際目立っている人物。それが大和の母、京香だった。
普通、政治家の妻というとシンプルで清楚なスーツに身を包み、夫の二歩も三歩も後ろを歩くような印象だが、彼女はまるで夜の蝶のようだった。紫色にスパンコールの入ったカクテルドレスにラベンダーのショールを纏い、会場内を蜜を求めて花から花へと移動するように、少し止まっては誰かと喋り、また暫くすると別の人物を捕まえて挨拶し......見ているだけで目が回りそうだった。
大和のお母様はいつも多忙でいらして、家にいないことが多いから幼い頃の行事くらいでしかお見かけしたことはなかったけれど、相変わらずパワフルな方だな......
その行事でさえも、京香は大和の兄に任せることが多く、顔を出したことは数える程しかなかった。
ふと、京香の目がこちらへ向けられたかと思うと、もう次の瞬間には声を掛けられていた。
「あら、薫子さんじゃないの。お久しぶりねぇ.......んまぁ、綺麗になられて!!」
「ご無沙汰しております......」
そう言って薫子は丁寧に頭を下げた。
すると、龍太郎が京香の甲高い声に気付き、こちらを向いた。
「いやぁ、京香さん。この度は羽鳥氏のパーティーにお招き頂けまして、光栄ですな」
え...お父様って、大和のお母様とそんなに親しい間柄だったの......?
「ふふっ、いやぁねぇ、改まって。私と龍ちゃんの仲じゃなぁい。
ところで、薫子さんすっかり綺麗になられて。もういつお嫁さんに出しても恥ずかしくないわねぇ」
京香の言葉に薫子の心臓が飛び出しそうな程跳ねた。
「いやいや、おたくのご子息の方こそ。皆立派になられて。秘書として学び、経験を積んだ後は、政治家デビューされるのでしょう? 立派な息子が3人もとは、ははっ、全く羨ましいですなぁ」
薫子は胸が絞られるような苦しさを覚えた。
龍太郎は櫻井財閥の跡取りとなる男子が生まれることを望んでいた。女として生まれた薫子は、父にとって、櫻井財閥にとって必要のない存在なのだと事あるごとに自覚させられながら今日まで生きてきた。
そして、また......
何度言われても、この痛みは和らぐ事はない。
「ねーぇ、そちらの若くて逞しい男性はどなた?」
京香は明らさまな好奇の目を遼に向けた。
龍太郎はそれを受け、少し胸を張って遼を紹介した。
「香西遼くんだ。薫子の婚約者で、大学卒業後には結婚させるつもりだ。彼は香西カンパニーの長男なのだが、櫻井財閥に養子に入ってくれると言っておる」
「櫻井家」とは言わず、「櫻井財閥」と言うところが、企業の利益を考えた政略結婚だといういうことを知らしめるようで、薫子は小さく歯噛みした。
遼が京香に向かって小さくお辞儀をする。
「ご挨拶が遅れました。香西遼です。ご子息の大和くんとは幼稚舎、小等部と同じ青海学園にいました。中等部からはアメリカに滞在していましたが、最近こちらに戻り、大学ではまた大和くんと同じ大学の学部で共に勉学に励むこととなります。
これからどうぞ、友人のお母様としてだけでなく、櫻井財閥の仕事上でもよろしくお願い致します」
京香の顔がパァッと華やいだ。いかにも噂好きらしく、この手の話には一も二もなく飛びつく。
「んまぁ、あなた大和と同い年なの!? もうこの歳で婚約者だなんて、羨ましいわぁ。しかも香西カンパニーといえば、業績がうなぎ昇りの注目企業ですもの、櫻井財閥もますます安泰ねぇ。
ハァ...うちの男共はいつ結婚するのかしら......長男の大地にはお見合い話は持って行くんだけど、いつも仕事が忙しいからって断られてしまって。寂しいわぁ」
そう言いつつも、それは社交辞令のようにも感じた。自分の趣味や集まりに忙しく、京香は息子の将来を心配して憂うようなタイプの母親ではない。
京香はチラッと視線を彷徨わせると次のターゲットを見つけたらしく、ニコッと笑顔を見せた。
「それじゃ、私はこの変で。龍ちゃん、またゴルフにでも行きましょ」
そう言って京香は軽い足取りで去って行った。
龍太郎は笑顔で京香を見送ったが、その後は薫子との間に何とも言えない微妙な空気が流れていた。娘の前では厳格な龍太郎が「龍ちゃん」なんて呼ばれているのを知られて、罰が悪いに違いない。
龍太郎は知り合いを見つけると声をかけ、話し始めた。
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