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プロローグ
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それは、今日の午後。エリックからエレンザードの歴史についての講義を終え、入れてくれた紅茶を飲みながら休憩していた時のことだ。
あぁ、美味しい。エリックの入れてくれる紅茶を飲むと、いつも心が休まるな。
ジュリアンがほっと息を吐いていると、おもむろにエリックが口を開いた。
「そういえば、リアム様ってさ…」
『リアム』という名前を聞いただけでジュリアンの心臓が飛び上がり、思わず紅茶の入ったティーカップを落としてしまいそうになった。
「っ!!」
ティーカップの中の紅茶が激しく揺れてその雫がジュリアンの臙脂色の半ズボンに落ち、染みが広がっていく。
「あっ、ジュリアン様大丈夫!?」
「う、うん。だい、じょうぶ……ごめん、ね」
エリックがくすりと笑みを溢す。
「まったく、ジュリアン様は分かりやすいなぁ」
だが、動揺していたジュリアンの耳には届かなかった。
ハンカチを水で湿らせて、紅茶の染みのついた部分をエリックは軽く叩きながら、そこから伸びた細く白い華奢な脚が伸びているのを目の当たりにし、溜息を吐いた。
ジュリアン様が男だって分かってても、ドキドキさせられる時があるんだよなぁ。そりゃ、宮廷中の貴婦人だけでなく、貴族達からも色目で見られるわけだよ。リアム様と出会われてからは、ますます色香が溢れてきてるし。
ジュリアンは染み抜きをするエリックを見下ろし、少し顔を赤らめながら尋ねた。
「そ、れで、リアムがどうかしたの?」
今すぐにでも聞き出したい興奮する気持ちを押さえつけ、冷静を装って尋ねたつもりだったが、まったく隠しきれていない。
「ほら、最近こっちに全然顔出さないでしょ、リアム様」
「うん……」
エリックの言葉に落ち込む。
そう、もうずっと長い間リアムの顔を見ていない。
せっかく、リアムと想いが通じ合ったと思っていたのに……
リアムは表向きにはノアール公爵として城内を出入りしているが、その裏の顔は情報屋だ。彼の裏の顔を知っているのはごく僅かな人間だけであり、ジュリアンにも知らされていなかった。
また、リアムは公爵として舞踏会や紳士たちの集いである社交場に顔を出すこともなかったので、ジュリアンはリアムと全く面識がなかった。
それが、ジュリアンが城を散策中に秘密の扉を開けたことにより、そこで待ち合わせをしていたリアムに偶然出会ったのだった。
尊敬や愛情の眼差しでしか見つめられたことのなかったジュリアンにとって、意地悪を言ったり、卑しい目つきでジロジロと見つめてくるリアムは、苦手だと感じた。しかもその場で強引に押し倒され、バックバージンまで奪われてしまったのだ。(ちなみに、ジュリアンはまだ童貞のままだ)
屈辱でしかない行為だったはずなのに、それ以来なぜかジュリアンはリアムのことが気になるようになり、初めての感情に不安と戸惑いを覚えた。
リアムはそれ以来、仕事の際にはジュリアンの元を訪れるようになった。やがて一緒の時間を過ごすうちに、次第に彼の隠された優しさや孤独に気づき、リアムに惹かれていくうちに、ジュリアンはそれが恋だと自覚した。
けれど、どんなに体を重ねても、リアムの心は見えない。ジュリアンはただリアムに弄ばれているだけと感じ、距離を置こうとした。
だが、その時に初めてリアムから想いを告げられ、ふたりはようやく心が通じ合った恋人同士となったのだった。
こんなにも長い間会えないと、リアムを想っているのは自分だけなんじゃないかという気持ちになって落ち込んでしまう。
二人の関係は秘密にしてるから、公に会いに行くこともできない。
リアムが城を尋ねた時に会える、僅かな時間。それが、二人にとっての恋人としていられる時間、なのに……
落ち込んでいるジュリアンに、エリックが優しく声をかけた。
「リアム様、今情報屋として活動してる酒場のオーナーに頼まれて、そこで働いてるらしいよ」
「えっ……」
リアムが、酒場で?
「うん。なんでも酒場のオーナーが珍しいブランデーを入手する為にわざわざ買い付けに行ったらしくて、それでリアム様にその間の店の切り盛りを頼んだらしいよ」
似合う、かも……
リアムが酒場で働く姿を想像した途端、ジュリアンはどうしても実際にリアムが働いている現場を見たくて、じっとしていられなくなった。
それに……なんで、リアムは僕にそのことを教えてくれなかったんだろう……
「……エリック、リアムがどこの酒場で働いてるか、知ってる?」
「えっ? まぁ、城下には詳しいし、その酒場にも行ったことはあるから知ってるけど……」
エリックが言いずらそうに答える。治安が悪い場所だし、危険を伴う。もしエリックの一言でジュリアンが城を抜け出したと分かれば、エリックは執事を首にさせられるどころか、ジュリアンに何か会った時には打ち首の刑にされるかもしれない。
だが、もうジュリアンの頭にはリアムのことしかなかった。
この後、城下の視察が夕方まで入ってるけど……どうしても、リアムに会いたい。
「エリック、お願いっ! 僕をその酒場に連れて行って!!」
押し倒すような勢いでエリックに迫るジュリアン。
「ちょっ、ジュリアン様、落ち着いて……」
「ね、お願い。エリック。こんなこと、エリックにしか頼めないんだ」
瞳をウルウルさせて首を傾げて懇願するジュリアンを前に、エリックは頷くよりほかなかった。
いつもならベッドで寝ている就寝時間。
「ジュリアン様、こっちこっち」
「ま、待って、エリック……」
エリックに連れられ、ジュリアンは城を後にした。
ここまで来たんだ。もう、後戻りはできない……
扉の前に立ち、一瞬躊躇したものの、中に入ればリアムがいると思い、ジュリアンは勇気を出して重い扉に手を掛けた。
あぁ、美味しい。エリックの入れてくれる紅茶を飲むと、いつも心が休まるな。
ジュリアンがほっと息を吐いていると、おもむろにエリックが口を開いた。
「そういえば、リアム様ってさ…」
『リアム』という名前を聞いただけでジュリアンの心臓が飛び上がり、思わず紅茶の入ったティーカップを落としてしまいそうになった。
「っ!!」
ティーカップの中の紅茶が激しく揺れてその雫がジュリアンの臙脂色の半ズボンに落ち、染みが広がっていく。
「あっ、ジュリアン様大丈夫!?」
「う、うん。だい、じょうぶ……ごめん、ね」
エリックがくすりと笑みを溢す。
「まったく、ジュリアン様は分かりやすいなぁ」
だが、動揺していたジュリアンの耳には届かなかった。
ハンカチを水で湿らせて、紅茶の染みのついた部分をエリックは軽く叩きながら、そこから伸びた細く白い華奢な脚が伸びているのを目の当たりにし、溜息を吐いた。
ジュリアン様が男だって分かってても、ドキドキさせられる時があるんだよなぁ。そりゃ、宮廷中の貴婦人だけでなく、貴族達からも色目で見られるわけだよ。リアム様と出会われてからは、ますます色香が溢れてきてるし。
ジュリアンは染み抜きをするエリックを見下ろし、少し顔を赤らめながら尋ねた。
「そ、れで、リアムがどうかしたの?」
今すぐにでも聞き出したい興奮する気持ちを押さえつけ、冷静を装って尋ねたつもりだったが、まったく隠しきれていない。
「ほら、最近こっちに全然顔出さないでしょ、リアム様」
「うん……」
エリックの言葉に落ち込む。
そう、もうずっと長い間リアムの顔を見ていない。
せっかく、リアムと想いが通じ合ったと思っていたのに……
リアムは表向きにはノアール公爵として城内を出入りしているが、その裏の顔は情報屋だ。彼の裏の顔を知っているのはごく僅かな人間だけであり、ジュリアンにも知らされていなかった。
また、リアムは公爵として舞踏会や紳士たちの集いである社交場に顔を出すこともなかったので、ジュリアンはリアムと全く面識がなかった。
それが、ジュリアンが城を散策中に秘密の扉を開けたことにより、そこで待ち合わせをしていたリアムに偶然出会ったのだった。
尊敬や愛情の眼差しでしか見つめられたことのなかったジュリアンにとって、意地悪を言ったり、卑しい目つきでジロジロと見つめてくるリアムは、苦手だと感じた。しかもその場で強引に押し倒され、バックバージンまで奪われてしまったのだ。(ちなみに、ジュリアンはまだ童貞のままだ)
屈辱でしかない行為だったはずなのに、それ以来なぜかジュリアンはリアムのことが気になるようになり、初めての感情に不安と戸惑いを覚えた。
リアムはそれ以来、仕事の際にはジュリアンの元を訪れるようになった。やがて一緒の時間を過ごすうちに、次第に彼の隠された優しさや孤独に気づき、リアムに惹かれていくうちに、ジュリアンはそれが恋だと自覚した。
けれど、どんなに体を重ねても、リアムの心は見えない。ジュリアンはただリアムに弄ばれているだけと感じ、距離を置こうとした。
だが、その時に初めてリアムから想いを告げられ、ふたりはようやく心が通じ合った恋人同士となったのだった。
こんなにも長い間会えないと、リアムを想っているのは自分だけなんじゃないかという気持ちになって落ち込んでしまう。
二人の関係は秘密にしてるから、公に会いに行くこともできない。
リアムが城を尋ねた時に会える、僅かな時間。それが、二人にとっての恋人としていられる時間、なのに……
落ち込んでいるジュリアンに、エリックが優しく声をかけた。
「リアム様、今情報屋として活動してる酒場のオーナーに頼まれて、そこで働いてるらしいよ」
「えっ……」
リアムが、酒場で?
「うん。なんでも酒場のオーナーが珍しいブランデーを入手する為にわざわざ買い付けに行ったらしくて、それでリアム様にその間の店の切り盛りを頼んだらしいよ」
似合う、かも……
リアムが酒場で働く姿を想像した途端、ジュリアンはどうしても実際にリアムが働いている現場を見たくて、じっとしていられなくなった。
それに……なんで、リアムは僕にそのことを教えてくれなかったんだろう……
「……エリック、リアムがどこの酒場で働いてるか、知ってる?」
「えっ? まぁ、城下には詳しいし、その酒場にも行ったことはあるから知ってるけど……」
エリックが言いずらそうに答える。治安が悪い場所だし、危険を伴う。もしエリックの一言でジュリアンが城を抜け出したと分かれば、エリックは執事を首にさせられるどころか、ジュリアンに何か会った時には打ち首の刑にされるかもしれない。
だが、もうジュリアンの頭にはリアムのことしかなかった。
この後、城下の視察が夕方まで入ってるけど……どうしても、リアムに会いたい。
「エリック、お願いっ! 僕をその酒場に連れて行って!!」
押し倒すような勢いでエリックに迫るジュリアン。
「ちょっ、ジュリアン様、落ち着いて……」
「ね、お願い。エリック。こんなこと、エリックにしか頼めないんだ」
瞳をウルウルさせて首を傾げて懇願するジュリアンを前に、エリックは頷くよりほかなかった。
いつもならベッドで寝ている就寝時間。
「ジュリアン様、こっちこっち」
「ま、待って、エリック……」
エリックに連れられ、ジュリアンは城を後にした。
ここまで来たんだ。もう、後戻りはできない……
扉の前に立ち、一瞬躊躇したものの、中に入ればリアムがいると思い、ジュリアンは勇気を出して重い扉に手を掛けた。
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