22 / 124
不意打ち
9
しおりを挟む
秀一が呆気にとられる美姫にフッと笑みを溢した。
「貴女は私を迎えに行こうとし、飛行機に乗る直前で引き返した。
そう、レナードから聞きました」
「えぇ、そうです......」
美姫は、胸が潰れそうな思いで返事した。
「だから、私はウィーンへ戻る決心をしたのです。
絶対に赦されるはずなどないと思っていた貴女が、私を迎えに来ようとしていた。貴女の気持ちは、完全に羽鳥 大和のものになったわけではない。美姫はまだ私への愛情があり、気持ちが揺れていると知ったのですから」
「ッ......」
美姫は真実を言い当てられ、俯いた。
「貴女の揺れる心を知り、今の貴女の生活を知った時に......貴女をこの腕に取り戻す決心をしたのです。
美姫を、今度こそ幸せにする為に」
秀一の言葉が胸を貫く。
ずっと聞きたかったその言葉を聞き、否が応にも期待が高まり、そうなれたらどんなにいいかと夢見てしまう。
けれど、今の美姫は秀一と付き合った当初のような何も知らない無垢な女ではなかった。
「そんなの、無理です。分かっているでしょう?
私たちは一度何もかも捨て、二人だけの世界に生きようとしました。けれど、それは叶いませんでした。
秀一さんは狂気に囚われ、ピアノを捨てることは出来なかった。私は、両親や財閥を裏切ることが出来なかった。同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんです。
今の私は、あの頃よりも更に大きなものを抱えているんです。逃げ出すことなんて、出来ません」
秀一が睫毛を伏せる。
「以前の私達では、無理でした。私達は、あまりにも弱く、脆かった......
けれど、様々な経験を経て、分かった筈です。
お互いの存在が、どれだけ必要か。どれ程求めているのかを......」
美姫は堪えきれなくなり、自らの躰を抱き締めた。今、同じ空間にいて、同じ空気を吸っているというだけで、美姫の細胞が秀一を欲しているのを感じていた。もし、しがらみも何もなければ、今すぐにでも秀一の胸に飛び込み、力強く抱き締めて欲しい。
けれど、そんなこと出来ない。
どうして秀一がそんなことを言えるのか、美姫には理解出来なかった。
秀一は寛いでいた脚と共に瞳を真っ直ぐに向けた。
「ウィーンに戻った私は、まず心理カウンセリングを受けることから始めました。貴女とのことだけでなく、過去の出来事を全て話し、今まで封印していた痛みや辛さ、憎しみ......全ての膿を吐き出したのです」
秀一、さんが......!?
信じられない。
たとえ相手が心療カウンセラーであろうとも、彼の内面を美姫以外の者に打ち明けるなど考えられなかった。
驚愕する美姫に、秀一は睫毛を揺らした。
「このままの私では......貴女を苦しめ、壊してしまうだけだと思ったから、変わろうと決意したのですよ。
私は貴女と、死んでも構わないと思える程の恋愛ではなく、一緒に生きていきたいと思える程の恋愛をしたいのです」
「ゥッ......」
不覚にも涙が溢れてきて、美姫は両手で口と目頭を押さえた。
秀一さんは、私を取り戻すために......そこ、までしたの!?
あれ程、人に弱みを見せない秀一さんが。
『一緒に生きていきたいと思える恋愛』
それは、まさに美姫が求めているものであり、渇望しているものだった。
秀一とは、叶うはずないと思った。
大和となら、叶えられると思った。
そんな、願いだった。
「貴女は私を迎えに行こうとし、飛行機に乗る直前で引き返した。
そう、レナードから聞きました」
「えぇ、そうです......」
美姫は、胸が潰れそうな思いで返事した。
「だから、私はウィーンへ戻る決心をしたのです。
絶対に赦されるはずなどないと思っていた貴女が、私を迎えに来ようとしていた。貴女の気持ちは、完全に羽鳥 大和のものになったわけではない。美姫はまだ私への愛情があり、気持ちが揺れていると知ったのですから」
「ッ......」
美姫は真実を言い当てられ、俯いた。
「貴女の揺れる心を知り、今の貴女の生活を知った時に......貴女をこの腕に取り戻す決心をしたのです。
美姫を、今度こそ幸せにする為に」
秀一の言葉が胸を貫く。
ずっと聞きたかったその言葉を聞き、否が応にも期待が高まり、そうなれたらどんなにいいかと夢見てしまう。
けれど、今の美姫は秀一と付き合った当初のような何も知らない無垢な女ではなかった。
「そんなの、無理です。分かっているでしょう?
私たちは一度何もかも捨て、二人だけの世界に生きようとしました。けれど、それは叶いませんでした。
秀一さんは狂気に囚われ、ピアノを捨てることは出来なかった。私は、両親や財閥を裏切ることが出来なかった。同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんです。
今の私は、あの頃よりも更に大きなものを抱えているんです。逃げ出すことなんて、出来ません」
秀一が睫毛を伏せる。
「以前の私達では、無理でした。私達は、あまりにも弱く、脆かった......
けれど、様々な経験を経て、分かった筈です。
お互いの存在が、どれだけ必要か。どれ程求めているのかを......」
美姫は堪えきれなくなり、自らの躰を抱き締めた。今、同じ空間にいて、同じ空気を吸っているというだけで、美姫の細胞が秀一を欲しているのを感じていた。もし、しがらみも何もなければ、今すぐにでも秀一の胸に飛び込み、力強く抱き締めて欲しい。
けれど、そんなこと出来ない。
どうして秀一がそんなことを言えるのか、美姫には理解出来なかった。
秀一は寛いでいた脚と共に瞳を真っ直ぐに向けた。
「ウィーンに戻った私は、まず心理カウンセリングを受けることから始めました。貴女とのことだけでなく、過去の出来事を全て話し、今まで封印していた痛みや辛さ、憎しみ......全ての膿を吐き出したのです」
秀一、さんが......!?
信じられない。
たとえ相手が心療カウンセラーであろうとも、彼の内面を美姫以外の者に打ち明けるなど考えられなかった。
驚愕する美姫に、秀一は睫毛を揺らした。
「このままの私では......貴女を苦しめ、壊してしまうだけだと思ったから、変わろうと決意したのですよ。
私は貴女と、死んでも構わないと思える程の恋愛ではなく、一緒に生きていきたいと思える程の恋愛をしたいのです」
「ゥッ......」
不覚にも涙が溢れてきて、美姫は両手で口と目頭を押さえた。
秀一さんは、私を取り戻すために......そこ、までしたの!?
あれ程、人に弱みを見せない秀一さんが。
『一緒に生きていきたいと思える恋愛』
それは、まさに美姫が求めているものであり、渇望しているものだった。
秀一とは、叶うはずないと思った。
大和となら、叶えられると思った。
そんな、願いだった。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる