俺を見ろよ

奏音 美都

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俺を見ろよ

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 すっかり葉が落ちて寒々しい樹々が生える山の斜面を削って創り上げられた、滑らかな雪のスロープ。その巨大さは遠くからでも圧倒的存在感を放つが、間近にすればするほどその斜面の急角度に興奮とスリルで胸が震える。だがそれも、スターティングゲートに立った時の興奮とは比べものにならない。吹き付ける風を受けて頂上から斜面を見下ろす瞬間、アドレナリンが一気に増殖し、沸騰しそうなほどに全身の血が滾る。

 ここは、宮の森ジャンプ競技場。

 俺は、国体のスキージャンプ選手として出場していた。が……予選落ちし、今は決勝に進んだ選手たちを山の下から見上げるギャラリーに混じっていた。

 くそっ……あの時、バランスさえ崩さなければ……

 そんな後悔が渦巻く中、盛んにシャッターを切る音が余計に俺の心を苛立たせていた。俺の幼馴染であり、写真家志望の美雪だ。

 吹き付ける雪すら気にすることなく、頭に雪を載せ、夢中でシャッターを切り続けている。彼女の熱い視線は俺にではなく、美しいシュプールを描いてアプローチを滑降し、カンテ(踏切台)からジャンプした選手に釘付けだった。長いスキー板と躰が平行となる時、それは芸術作品を愛でるような感動を人々に齎す。その瞬間を切り取るのが写真家の醍醐味なのだと美雪がいつか俺に話していた。

 フワッと空から降り立つ姿は神々しくさえ見える。K点を超える大ジャンプにギャラリーが沸き立ち、ゴーグルを外した選手が満面の笑みで拳を高く突き上げて喜びを表現した。

 胸が、熱くなる。こんな風に飛んでみたい。いつか飛んでみせる……そんな野望が激しく俺の中で渦を巻く。

 カシャッ、カシャッ……

 相変わらず美雪のシャッター音が鳴り響いてる。すぐ隣に立っているのに、遠くに感じる。

「おい!」

 呼びかけても返事がない。

「おい、美雪!」

 まったく聞こえてない。あー、イライラする。

「おい、呼んでんだろうが!!」

 思わず顔を近づけて声を荒げると、ようやく気づいたかのように美雪がカメラから上げた顔を横に向け、俺を見つめた。眼鏡がずり落ちてるせいで白昼夢に溶け込むかのような微睡《まどろ》んだ瞳が直に向けられ、風で乱れた髪と相俟《あいま》ってやけに色っぽく見え、ドキッとする。

「ぇ、どうしたの?」

 どうした、って……

 美雪の返事に戸惑う。俺は一体、何がしたいんだ!?

 なかなか返事をしない俺に痺れを切らしたのか、美雪が再びカメラのファインダーに視線を向けようとするから、カッとして彼女の肩を掴んだ。

「おい! 来年は絶対、お前のファインダーにカッコよく映ってやるからな!!」

 美雪はハッとして俺を見上げて暫く固まった後、頬を染め、ずれた眼鏡を上げて瞳を逸らした。

「その、為に……私がここにいるんだから。頑張ってよね……」
「お、おぅ……」

 美雪が恥ずかしそうにするから、俺まで顔が熱くなってきた。

 来年こそは……!

 誓いを胸に、拳を固く握り締めた。
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