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5.仮面夫婦
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手早くお弁当を詰め終え、箸をセットして包むと一つを義昭のカバンに入れる。もう一つは自分用だ。わざわざお昼に自分ひとりだけの為に料理をするのは面倒だし、栄養も取れないので、こうしている。
「今日は遅くなる」
「そう。食事は?」
「接待だから、いらない」
「分かった」
おそらくこれが、義昭と交わす今日最後の会話らしい会話になるだろう。美羽は義昭が帰ってくるまで待っていることはないし、起きていても彼の帰って来た気配に気づいて慌てて電気を消して寝室に駆け込むこともある。
自分でも、その理由がよく分からない。夫を嫌っているわけではないけれど、愛情は確実に失われていた。
子供がいれば、変わるのかな……
そんな風に考えることもある。
結婚する前、義昭と恋人だった時には子供が欲しいと思っていたし、この人との子供を育てるんだと考えてもいた。
けれど、初夜を共にして以来、義昭のそれまでの美羽への溺愛ぶりは少しずつ変化し、躰を重ねる回数も減り、彼の言動にも愛情を感じられなくなると、それに比例して美羽の義昭への愛情も減少の一途を辿っていき、気が付けば結婚してから三年が経っていた。
義昭にとってそれほど童貞喪失がショックだったのか、美羽の何かしらの言動によって彼の夢が壊されてしまったのかは分からない。
けれど、それは美羽にとっても同じことで、愛される悦びを一向に与えてもらえず、ただ一方的に躰を求められることは、美羽の存在そのものを否定されているかのようで、傷つけられた。それから、子供を作ることへの望みは薄くなっていったし、今はもう義昭との子供を想像することすら出来なくなった。
だからといって離婚したいかと問われれば、そういうわけではない。美羽は、たとえ互いに恋愛感情がなくなったとしても夫婦としての絆は形成できるものだと信じていたし、そうでなければならないと考えていた。
迷惑をかけてしまった母の為にも、そうでなければならないのだと。
玄関まで見送る際、今日が不燃ゴミの日だったことを思い出し、美羽はゴミ袋を手に義昭と玄関を出た。
玄関の扉を開けると、ちょうど同じようにゴミ袋を持った2軒隣の山川と目が合う。噂好きで有名な、典型的な近所のおばちゃんだ。途端、義昭がスッと美羽の手からゴミ袋を奪う。そう、奪ったのだ。
「僕が、捨てておくよ」
「あ、ありがとう」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
にこやかに手を振ると、案の定山川はゴミ収集所で義昭を待ち構えていて、妻の代わりにゴミ出しをする義昭を『夫の鑑』だと褒めそやし、彼はにこやかに「そんなことはないですよ」、と応えていた。
外面がいい夫の姿を見る度に、美羽の胸の中に黒と紫が混じり合った煙のようなものがモヤモヤと渦を巻いた。この感情に、名前はあるのだろうか。
フッと短く息を吐き出すと、視界から締め出すようにパタンと扉を閉めた。
もういい。夫は仕事に行ってくれたのだから……
美羽は顔を上げると、急いで靴を履き替えて廊下を速足で歩いた。
こんなに気持ちが急くのはそう……あれが、あるから。
キッチンへと入り、引き出しへと一直線で向かう。ゴクリと唾を飲み込むと、取っ手に指を掛けた。敷紙を上げ、忍ばせておいた白い封筒を引き出す。
誰もいないと分かっているのに、美羽は監視カメラがないか確認するかのようにゆっくりと周りを見渡すと、大きく息を吐き出した。収まっていたはずの鼓動が再び、忙しなくなる。
「今日は遅くなる」
「そう。食事は?」
「接待だから、いらない」
「分かった」
おそらくこれが、義昭と交わす今日最後の会話らしい会話になるだろう。美羽は義昭が帰ってくるまで待っていることはないし、起きていても彼の帰って来た気配に気づいて慌てて電気を消して寝室に駆け込むこともある。
自分でも、その理由がよく分からない。夫を嫌っているわけではないけれど、愛情は確実に失われていた。
子供がいれば、変わるのかな……
そんな風に考えることもある。
結婚する前、義昭と恋人だった時には子供が欲しいと思っていたし、この人との子供を育てるんだと考えてもいた。
けれど、初夜を共にして以来、義昭のそれまでの美羽への溺愛ぶりは少しずつ変化し、躰を重ねる回数も減り、彼の言動にも愛情を感じられなくなると、それに比例して美羽の義昭への愛情も減少の一途を辿っていき、気が付けば結婚してから三年が経っていた。
義昭にとってそれほど童貞喪失がショックだったのか、美羽の何かしらの言動によって彼の夢が壊されてしまったのかは分からない。
けれど、それは美羽にとっても同じことで、愛される悦びを一向に与えてもらえず、ただ一方的に躰を求められることは、美羽の存在そのものを否定されているかのようで、傷つけられた。それから、子供を作ることへの望みは薄くなっていったし、今はもう義昭との子供を想像することすら出来なくなった。
だからといって離婚したいかと問われれば、そういうわけではない。美羽は、たとえ互いに恋愛感情がなくなったとしても夫婦としての絆は形成できるものだと信じていたし、そうでなければならないと考えていた。
迷惑をかけてしまった母の為にも、そうでなければならないのだと。
玄関まで見送る際、今日が不燃ゴミの日だったことを思い出し、美羽はゴミ袋を手に義昭と玄関を出た。
玄関の扉を開けると、ちょうど同じようにゴミ袋を持った2軒隣の山川と目が合う。噂好きで有名な、典型的な近所のおばちゃんだ。途端、義昭がスッと美羽の手からゴミ袋を奪う。そう、奪ったのだ。
「僕が、捨てておくよ」
「あ、ありがとう」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
にこやかに手を振ると、案の定山川はゴミ収集所で義昭を待ち構えていて、妻の代わりにゴミ出しをする義昭を『夫の鑑』だと褒めそやし、彼はにこやかに「そんなことはないですよ」、と応えていた。
外面がいい夫の姿を見る度に、美羽の胸の中に黒と紫が混じり合った煙のようなものがモヤモヤと渦を巻いた。この感情に、名前はあるのだろうか。
フッと短く息を吐き出すと、視界から締め出すようにパタンと扉を閉めた。
もういい。夫は仕事に行ってくれたのだから……
美羽は顔を上げると、急いで靴を履き替えて廊下を速足で歩いた。
こんなに気持ちが急くのはそう……あれが、あるから。
キッチンへと入り、引き出しへと一直線で向かう。ゴクリと唾を飲み込むと、取っ手に指を掛けた。敷紙を上げ、忍ばせておいた白い封筒を引き出す。
誰もいないと分かっているのに、美羽は監視カメラがないか確認するかのようにゆっくりと周りを見渡すと、大きく息を吐き出した。収まっていたはずの鼓動が再び、忙しなくなる。
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