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72.招かれざる客
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濡羽色の髪が雨でしっとりと濡れるのも構わず、空を見上げて手を翳している。
オリーブカラーのニットの上に秋の深まりを感じさせるベイクドメイプルカラーのチェスターコートをさらりと羽織り、トリコロールカラーが斜めに分割されたモダンなデザインのサコッシュ(躰に密着するタイプのバッグ)を斜めがけにし、ベージュのスキニーパンツを履いているその姿は、まるでファッション雑誌を飾る表紙のように美しく、印象的だった。
あまりの衝撃に躰が動けないでいると、類はこちらを見つめる美羽に気がついて笑顔で手を振った。ハッとし、慌てて厨房の隼斗に駆け寄った。
「隼斗兄さん、ちょっとの間抜けるからこっちも見ててもらっていい?」
「ぁ? あぁ、いいけど……」
呆然とする隼斗の顔は、既に背を向けた美羽には見えなかった。
ドアを開けて外に出ると雨が降っている。けれど傘を取りに帰る余裕などなく、寒さすら忘れて速歩きで歩道を渡り、店内から見えない位置まで類の腕を取って引っ張った。
「ふふっ、アメリカから長時間かけて会いに来たのに随分な歓迎だなぁ」
類は濡れた髪を掻き上げ、不満げな言葉を漏らしながらも、くりくりの大きな猫目を瞬かせ、愉しそうに美羽を見つめた。まるでシャワーのような秋の霧雨は、類をより艶を帯びて美しく演出する。けれど美羽は類の姿に見惚れたり、揶揄いを交わす余裕もなく、声を上げた。
「どうしてここが分かったの!?」
美羽の声が震える。
「フフッ……ミューのことなら、なんでも分かるよ」
黒曜石の瞳を妖しく煌めかせ、意味深な発言をする類に、ゾクリと背筋が凍りつく。
どこまで類は、私のことを知っているの?
私に、私の周りに、何かするつもりなの?
類の姿を隼斗に見られなかっただろうかと、不安が過ぎる。
隼斗にはアメリカに父の葬儀に行くことは伝えたものの、そこに双子の弟がいることは秘密にしていた。華江は息子の存在をなかったものとして再婚し、美羽にも類のことは話さないようにときつく口止めしていたからだ。
『あなたのせいで私の幸せはめちゃめちゃに踏み潰されたの!! 類のことを一言でも漏らしたら、酷い目に遭わせてやるから!!』
鬼のような形相でそう言った母の姿が、今でもハッキリと瞼の裏に染み付いていた。
もし隼斗を通じて母に、類が日本にいることを知られてしまったら……どんな事態になるか、予想もつかない。もちろん隼斗がそんなことなどするはずないと思っているが、可能性の芽は小さくても潰しておきたかった。
深刻な顔つきの美羽に、類はプッと吹き出した。
「そーんな恐い顔しないでよ!
家に行ったら誰もいないし、鍵もないから困ったなーと思って。ミューに電話かけても出ないからヨシに電話したら、ここにいるって聞いたから暇だし来ちゃった。
お洒落なカフェだねー。ここでミューが仕事終わるまで待ってていい?」
「だ、ダメッッ!!」
美羽は思わず大きな声を上げた。
「どうして?」
キョトンとした類に、美羽は焦りながら類の背中を押した。
「ほ、ほら……ロングフライトで疲れてるだろうし、時差ぼけもあるだろうから早く帰って休まないと。私、店長に言って中抜けできるか聞いてくるから、ここで待ってて!!」
いつかは類に義兄の存在を知られるかもしれないが、直接会わせることはなんとしてでも避けたかった。
「そこでじっとしてて!」
そう言って店内に走り去る美羽に、類はクスッと笑みを浮かべた。
「ワン♪」
その声が、美羽の耳に届いていないことは分かっている。
ーーほら、僕が忠犬でいるうちに戻ってこないと、噛みつかれちゃうよ?
オリーブカラーのニットの上に秋の深まりを感じさせるベイクドメイプルカラーのチェスターコートをさらりと羽織り、トリコロールカラーが斜めに分割されたモダンなデザインのサコッシュ(躰に密着するタイプのバッグ)を斜めがけにし、ベージュのスキニーパンツを履いているその姿は、まるでファッション雑誌を飾る表紙のように美しく、印象的だった。
あまりの衝撃に躰が動けないでいると、類はこちらを見つめる美羽に気がついて笑顔で手を振った。ハッとし、慌てて厨房の隼斗に駆け寄った。
「隼斗兄さん、ちょっとの間抜けるからこっちも見ててもらっていい?」
「ぁ? あぁ、いいけど……」
呆然とする隼斗の顔は、既に背を向けた美羽には見えなかった。
ドアを開けて外に出ると雨が降っている。けれど傘を取りに帰る余裕などなく、寒さすら忘れて速歩きで歩道を渡り、店内から見えない位置まで類の腕を取って引っ張った。
「ふふっ、アメリカから長時間かけて会いに来たのに随分な歓迎だなぁ」
類は濡れた髪を掻き上げ、不満げな言葉を漏らしながらも、くりくりの大きな猫目を瞬かせ、愉しそうに美羽を見つめた。まるでシャワーのような秋の霧雨は、類をより艶を帯びて美しく演出する。けれど美羽は類の姿に見惚れたり、揶揄いを交わす余裕もなく、声を上げた。
「どうしてここが分かったの!?」
美羽の声が震える。
「フフッ……ミューのことなら、なんでも分かるよ」
黒曜石の瞳を妖しく煌めかせ、意味深な発言をする類に、ゾクリと背筋が凍りつく。
どこまで類は、私のことを知っているの?
私に、私の周りに、何かするつもりなの?
類の姿を隼斗に見られなかっただろうかと、不安が過ぎる。
隼斗にはアメリカに父の葬儀に行くことは伝えたものの、そこに双子の弟がいることは秘密にしていた。華江は息子の存在をなかったものとして再婚し、美羽にも類のことは話さないようにときつく口止めしていたからだ。
『あなたのせいで私の幸せはめちゃめちゃに踏み潰されたの!! 類のことを一言でも漏らしたら、酷い目に遭わせてやるから!!』
鬼のような形相でそう言った母の姿が、今でもハッキリと瞼の裏に染み付いていた。
もし隼斗を通じて母に、類が日本にいることを知られてしまったら……どんな事態になるか、予想もつかない。もちろん隼斗がそんなことなどするはずないと思っているが、可能性の芽は小さくても潰しておきたかった。
深刻な顔つきの美羽に、類はプッと吹き出した。
「そーんな恐い顔しないでよ!
家に行ったら誰もいないし、鍵もないから困ったなーと思って。ミューに電話かけても出ないからヨシに電話したら、ここにいるって聞いたから暇だし来ちゃった。
お洒落なカフェだねー。ここでミューが仕事終わるまで待ってていい?」
「だ、ダメッッ!!」
美羽は思わず大きな声を上げた。
「どうして?」
キョトンとした類に、美羽は焦りながら類の背中を押した。
「ほ、ほら……ロングフライトで疲れてるだろうし、時差ぼけもあるだろうから早く帰って休まないと。私、店長に言って中抜けできるか聞いてくるから、ここで待ってて!!」
いつかは類に義兄の存在を知られるかもしれないが、直接会わせることはなんとしてでも避けたかった。
「そこでじっとしてて!」
そう言って店内に走り去る美羽に、類はクスッと笑みを浮かべた。
「ワン♪」
その声が、美羽の耳に届いていないことは分かっている。
ーーほら、僕が忠犬でいるうちに戻ってこないと、噛みつかれちゃうよ?
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