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82.夫への戸惑い
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なんとか仕事を終えた美羽は、帰りの電車の中でぐったりと手摺りに寄りかかった。夜9時を過ぎても電車の座席は空いておらず、美羽は疲労困憊でどんよりしていたが、電車に乗っている大半のサラリーマンやOLも似たような様子で、電車全体に暗いオーラが漂っていた。
義昭さん、帰ってるかな……
美羽はバッグの中のスマホに手を掛けようとして、やめた。以前は互いに帰宅時間をLINEで知らせていたが、そんなこともなくなり、今では滅多に連絡しない。
類が義昭から美羽のバイト先の住所を聞いたということは、義昭は既に類の帰国を知っているので、わざわざ連絡する必要もないだろう。
もし義昭さんが類を好きなら、残業などしないで真っ先に帰ってくるだろうから……
そんな、自分の考えに落ち込んだ。
美羽自身、いったい何を望んでいるのか分からない。自分の気持ちさえ、持て余していた。
けれど、たとえ義昭に今は気持ちがないとしても、結婚前までの思いまで否定されるのは辛かった。あの頃の思い出があるからこそ、未だに義昭との結婚生活を続けていられるのだから。
地下鉄が傾き、地上へとゆっくり上がる。凍りついた夜空と重暗いビル群が車窓を流れていく。
帰りたくないな……
手摺りに頭を凭れ、このまま気を失ってしまえればいいのにと独りごちた。
重い足取りで家の前まで辿り着くと、1階の灯りがついていた。
門扉を開けてポーチを抜け、玄関の鍵を解錠して扉を開けたとたん、義昭の陽気な笑い声が響いてきた。
そのまま階段を上がって自分の部屋に直行したかったが、そういうわけにもいかない。廊下を抜け、扉を開けると、ダイニングテーブルについている義昭と類に遠慮がちに声を掛けた。
「ただいま」
一斉にふたりが顔を向ける。
「おかえりー、ミュー!」
「おかえり。お疲れ様」
義昭からの『お疲れ様』という言葉に、目が点になる。
結婚して働きだしてからは、いくら美羽が仕事で疲れて帰ってきても、そんなことを言われたことなどなかった。それどころか、『ありがとう』や『ごめんなさい』と言われることもない。
美羽は仕事をさせてもらっている立場であり、家事はやって当然なのだから。
「う、ん……」
戸惑いながらも、なんとか声を出した。
「ミュー、夕飯は?」
義昭の向かいに座る類が尋ねる。
「あ、食べてきたから大丈夫」
「じゃ、ワイン飲もうよ!」
正直、入浴剤を入れたお風呂にゆっくり浸かって、溜まった疲れとストレスを洗い流したかった。けれど、今日は類が来た初日でもあるし、置き去りにしてしまった罪悪感もあり、美羽は類の誘いを断れずに頷いた。
「じゃ、ちょっとだけ……」
「やった! じゃ、グラス取ってくるから座ってて」
まるでもうこの家に何年も住んでいるかのような口ぶりで、類が立ち上がった。
いつもなら美羽が座るはずの席の前には、類が食べ終えた皿と飲みかけのワイングラスが載っていた。この場合、義昭の隣に座るのが自然だが、義昭の隣の椅子には仕事用の鞄が置かれていて、それをどけてまでわざわざ座る気にはならなかった。
4人掛けのテーブルなので、残る選択肢は類の隣しかない。美羽は椅子を引き、そこに座った。疲れがドッと滲み出してくる。
「仕事はどうだった?」
義昭に聞かれ、戸惑いを隠せない。
義昭さん、帰ってるかな……
美羽はバッグの中のスマホに手を掛けようとして、やめた。以前は互いに帰宅時間をLINEで知らせていたが、そんなこともなくなり、今では滅多に連絡しない。
類が義昭から美羽のバイト先の住所を聞いたということは、義昭は既に類の帰国を知っているので、わざわざ連絡する必要もないだろう。
もし義昭さんが類を好きなら、残業などしないで真っ先に帰ってくるだろうから……
そんな、自分の考えに落ち込んだ。
美羽自身、いったい何を望んでいるのか分からない。自分の気持ちさえ、持て余していた。
けれど、たとえ義昭に今は気持ちがないとしても、結婚前までの思いまで否定されるのは辛かった。あの頃の思い出があるからこそ、未だに義昭との結婚生活を続けていられるのだから。
地下鉄が傾き、地上へとゆっくり上がる。凍りついた夜空と重暗いビル群が車窓を流れていく。
帰りたくないな……
手摺りに頭を凭れ、このまま気を失ってしまえればいいのにと独りごちた。
重い足取りで家の前まで辿り着くと、1階の灯りがついていた。
門扉を開けてポーチを抜け、玄関の鍵を解錠して扉を開けたとたん、義昭の陽気な笑い声が響いてきた。
そのまま階段を上がって自分の部屋に直行したかったが、そういうわけにもいかない。廊下を抜け、扉を開けると、ダイニングテーブルについている義昭と類に遠慮がちに声を掛けた。
「ただいま」
一斉にふたりが顔を向ける。
「おかえりー、ミュー!」
「おかえり。お疲れ様」
義昭からの『お疲れ様』という言葉に、目が点になる。
結婚して働きだしてからは、いくら美羽が仕事で疲れて帰ってきても、そんなことを言われたことなどなかった。それどころか、『ありがとう』や『ごめんなさい』と言われることもない。
美羽は仕事をさせてもらっている立場であり、家事はやって当然なのだから。
「う、ん……」
戸惑いながらも、なんとか声を出した。
「ミュー、夕飯は?」
義昭の向かいに座る類が尋ねる。
「あ、食べてきたから大丈夫」
「じゃ、ワイン飲もうよ!」
正直、入浴剤を入れたお風呂にゆっくり浸かって、溜まった疲れとストレスを洗い流したかった。けれど、今日は類が来た初日でもあるし、置き去りにしてしまった罪悪感もあり、美羽は類の誘いを断れずに頷いた。
「じゃ、ちょっとだけ……」
「やった! じゃ、グラス取ってくるから座ってて」
まるでもうこの家に何年も住んでいるかのような口ぶりで、類が立ち上がった。
いつもなら美羽が座るはずの席の前には、類が食べ終えた皿と飲みかけのワイングラスが載っていた。この場合、義昭の隣に座るのが自然だが、義昭の隣の椅子には仕事用の鞄が置かれていて、それをどけてまでわざわざ座る気にはならなかった。
4人掛けのテーブルなので、残る選択肢は類の隣しかない。美羽は椅子を引き、そこに座った。疲れがドッと滲み出してくる。
「仕事はどうだった?」
義昭に聞かれ、戸惑いを隠せない。
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