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137.楽しさを曇らす影

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 美羽が手にしていたものを、類が指差す。

「あれっ、それなに?」

 それは、イラストが得意な萌にカフェの内装を描いてもらった、『Lieuリュウ  deドゥ  detenteデタント 』のお持ち帰り用の箱だった。ポリプロピレン製の折りたたみ式で、持ち運びと再利用が可能でデザイン性も高く、箱をもらいたいが為にわざわざ食べ物を残す者までいるほど客に好評で、店側としてもゴミを減らすのに一役買っていた。

「あ、これは……一緒に食べようと思って」

 美羽は隼斗に頼んで、ふたり分のクリスマスディナーを前もって予約しておき、お持ち帰りさせてもらっていた。本当は三人分頼みたかったのだが、そうすると隼斗に怪しまれてしまうかもしれないと思い、ふたり分にしたのだった。

 いや、今までそんなことをしたことがない美羽が今年はクリスマスディナーをお持ち帰りしたいと言い出した時点で、隼斗は疑問に思ってるかもしれない。たとえ何か思っても口に出さない性格なので、どう感じているのかは分からないが。

 ふたり分を三人分に取り分けて、足らなければサラダを足す予定だったが、義昭が食事に出かけたため、その必要はなくなった。

 美羽は無意識のうちに、類がいるクリスマスイブを楽しみにしていたのだと、今更ながら思い知らされた。

「じゃあ今日は一緒にディナー食べられるんだ! ミューはもう食べてきたんだと思ってたから嬉しいな♪
 せめてデザートは一緒に食べたいと思って、ケーキとワイン買ってきたんだぁ」

 類の嬉しそうな顔を見ていると、美羽まで幸せな気持ちになってくる。予想もしていなかったふたりきりでのクリスマスイブを不安に思っていたが、そんな気持ちが薄らいでいく。

「ケーキは用意してなかったからちょうど良かった。ありがとう」

 美羽もにっこりと笑みを浮かべた。

 類は美羽からカフェの箱を受け取った。

「じゃあ僕、これをお皿に移してディナーの準備しとくね」
「え、それなら私がするから……」
「ミューはその間にお風呂はいってきなよ。もうお湯張ってあるから。
 外、寒かったでしょ? フフッ、鼻のとこ真っ赤になってるよ。ルドルフみたい」
「えっ? 嘘、やだっっ!!」

 玄関の姿見で確認すると、確かに鼻の頭が寒さで真っ赤になっている。恥ずかしくなって手で押さえようとすると、類に軽く鼻を摘まれた。

「ンッ!」

 魅力的な大きい猫目の瞳が近づき、美羽の胸が高鳴っていると、ウィンクされた。

「急がなくていいから、ゆっくり入っておいでねぇ♪」

 類はくるりと背を向けると、スキップしそうな勢いで箱を手にキッチンへと向かった。

「真っ赤なおっはなーのートナカイさんはー♪」

 も、もう……なん、なの……

 美羽の心臓が、バクバクと壊れそうなぐらい鳴り響いていた。

 美羽は玄関を上がるとコートを脱いでハンガーに掛け、二階へと上がって行った。類が箱を開けて大はしゃぎしている声が聞こえてきて、クスッと笑った。

 可愛いな、類。
 どうしよう、楽しくなってきちゃった。

 着替えを手に取ると浴室に入り、鍵を掛ける。服を脱いで洗濯籠へと入れ、浴室の扉を開けるとフワッと湿気に包まれた。

 類の、残り香が……

 そう感じて、熱が一気に上がる。ふたりきりの夜を、どうしても意識せずにいられない。

 私、歯止めをかけられるのかな。

 不安が過ぎる中、浴槽の蓋を開けてビクッと大きく震えた。

 浴槽にはお湯がたっぷりと張られていた。美羽は最近になってようやく半分以下のお湯であれば浸かることが出来るようになったが、まだこれぐらいの深さのお湯には恐くて入ることが出来ない。

 ーー類が知らない、美羽のトラウマ。
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