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215.夫への拒絶
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「そんな言い方するなよ。
母さんだって言ってただろう? 父さんに婚姻費用を請求するつもりだし、離婚となれば慰謝料ももらえるって。それまでの間だけだから。
母さんはずっと専業主婦で父さんが金の管理をしてたから、自由になる金なんてなかった。だから、僕たちが金銭的に援助する必要があるってことは、美羽にだって分かるだろ?」
物を知らない子供に言い含めるような義昭の言い方に、美羽の脳髄がカッと熱くなった。
そんなの、私だって分かってるよ!
あなたはそうやって、いつでも母親の前でだけ、いい子ぶって……
「そうよね。
そうやってずっと義昭さんは、お義母さんを経済的に支えてきたんですものね。私に、何も言わず……
だからって、どうして私の遺産を圭子さんたちのマンションの頭金として貸さないといけないの? こんなこと言いたくはないけど、あのふたりはお金を返すつもりはあるの?
お父さんが亡くなった時、遺産は類がすべて受け取るべきで私にはそんな権利はないし、いらないと思ってた。でも、私が多額の遺産を受け取ったと聞いて目の色を変えたふたりに、大事なお父さんが遺してくれたお金を食い荒らされるなんて、絶対に嫌だから!」
一度噴出してしまった怒りをコントロールするのは難しく、抑えても抑えても、すぐに顔を覗かせる。
こんな自分が醜くて嫌だと思うのに、止められない。
美羽の感情が昂ぶれば昂ぶるほど、義昭はずれた眼鏡の奥の目を細めてヘラヘラとした笑いを浮かべた。機嫌を伺うように、美羽を上目遣いで見やる。
「わ、分かってるよ。僕から、マンションの頭金を貸すつもりはないってことを圭子たちに話すから。
僕だって、圭子たちに金を一銭だって渡したくないんだ。だけど、母さんは圭子のところで同居したいって言ってるし、今の僕たちは母さんと同居することは出来ないから生活費は渡さなくちゃならない。
母さんはずっと厳格な父さんに耐えながら、僕を育ててくれたんだ。世話になった母親を助けるのは当然だろう、なぁ?」
なん、なの……
美羽はギュッと拳を硬く握り締めた。
義昭の意見は真っ当そのものに聞こえるが、大作が琴子を経済的、精神的に苦しめてきたように、義昭もまた美羽を苦しめてきたのだ。それに本人がまったく気づいていないことに、強い憤りを覚える。
そして、今までとは打って変わって下手に出てくる義昭の態度にも苛ついた。
私もお義母さんみたいに、自分の気持ちを全て義昭さんにぶち撒けて離婚を突きつけられたら、どんなにいいだろう。
私だって、離婚したい。こんな人と、1分1秒だって一緒にいたくない。
今すぐにでも、類の傍に行きたい……!!
けれど、類のことを思い出してとどまった。
義昭と離婚してしまえば、美羽の理性の箍が外れてしまう。類との禁断の愛に、どっぷりと溺れてしまう。
それでもいい。どうなっても構わない……
そう思いながらも、もうひとりの自分がギリギリのところで必死で食い止める。
母親の顔が、父親の顔がチラつき、顔の見えない世間のたくさんの顔が自分を見ている。
ーー踏み出すことなど、出来ない。
出来るわけ、ない。
美羽はハァッと溜息を吐くと、気持ちを切り替えて声を落とした。
「ねぇ……お義母さんの気持ちは変わらない? 離婚、なんとかならないのかな……」
長年に渡る自分勝手な言動から妻に三行半をつけられた大作は、自業自得なのかもしれないが、家事も何もできずにひとりこの家に取り残されるのかと思うと哀れだった。
それに、琴子が圭子の家に同居することになれば、大作と自分たちが同居ということにもなりかねない。義父と数時間過ごしているだけで息が詰まりそうなのに、それが毎日続くなんて耐えられそうにない。
母親の絶対的な味方である義昭も、両親の離婚に関しては複雑なようだった。
「分からない。
あんな母さん、初めて見たから……僕も戸惑ってるんだ」
義昭は眉を下げ、口角を歪めて短く息を吐いた。どうやら嘘はついていないらしい。
「明日もう一度、母さんと父さんに話し合いをしてもらって、なんとか離婚は避けられるようにしてもらうから」
「うん……」
頷いたものの、不安は募るばかりだ。
琴子はもう既に離縁をすることを決め、何を言われても意見を変えそうにない。もし大作が今までの言動を反省し、改めると言わせることが出来れば、少しは希望を持てるのかもしれない。
だが、プライドが高く頑固な大作が、ずっと虐げ続けてきた琴子に対して頭を下げるなど、到底ないだろうと思った。
「なぁ、美羽。機嫌直してくれよ……」
義昭が美羽の肩に軽く手を触れる。
「触らないで!!」
思わず咄嗟に義昭の手を振り払った美羽は、こめかみを痙攣させた。
ぁ、どう、しよう……
こんな風に、義昭に対してはっきり拒絶したのは初めてだった。
「ご、めん。色々あったから、疲れてて……」
「あ。あぁ、だよな……すまない」
義昭は慌てて下を向き、肩を震わせた。
美羽は義昭の視線から逃れるように押入れを開けると、手早く布団を敷いた。ふたつの布団の間には15センチほどのスペースが空いている。
「もう遅いし、寝ましょ。
私たちが喋っていると、お義父さんも寝られないでしょうし」
暗にすぐ隣には義父が寝ていると伝えることで、美羽は義昭に対して鉄壁の砦を築いた。
母さんだって言ってただろう? 父さんに婚姻費用を請求するつもりだし、離婚となれば慰謝料ももらえるって。それまでの間だけだから。
母さんはずっと専業主婦で父さんが金の管理をしてたから、自由になる金なんてなかった。だから、僕たちが金銭的に援助する必要があるってことは、美羽にだって分かるだろ?」
物を知らない子供に言い含めるような義昭の言い方に、美羽の脳髄がカッと熱くなった。
そんなの、私だって分かってるよ!
あなたはそうやって、いつでも母親の前でだけ、いい子ぶって……
「そうよね。
そうやってずっと義昭さんは、お義母さんを経済的に支えてきたんですものね。私に、何も言わず……
だからって、どうして私の遺産を圭子さんたちのマンションの頭金として貸さないといけないの? こんなこと言いたくはないけど、あのふたりはお金を返すつもりはあるの?
お父さんが亡くなった時、遺産は類がすべて受け取るべきで私にはそんな権利はないし、いらないと思ってた。でも、私が多額の遺産を受け取ったと聞いて目の色を変えたふたりに、大事なお父さんが遺してくれたお金を食い荒らされるなんて、絶対に嫌だから!」
一度噴出してしまった怒りをコントロールするのは難しく、抑えても抑えても、すぐに顔を覗かせる。
こんな自分が醜くて嫌だと思うのに、止められない。
美羽の感情が昂ぶれば昂ぶるほど、義昭はずれた眼鏡の奥の目を細めてヘラヘラとした笑いを浮かべた。機嫌を伺うように、美羽を上目遣いで見やる。
「わ、分かってるよ。僕から、マンションの頭金を貸すつもりはないってことを圭子たちに話すから。
僕だって、圭子たちに金を一銭だって渡したくないんだ。だけど、母さんは圭子のところで同居したいって言ってるし、今の僕たちは母さんと同居することは出来ないから生活費は渡さなくちゃならない。
母さんはずっと厳格な父さんに耐えながら、僕を育ててくれたんだ。世話になった母親を助けるのは当然だろう、なぁ?」
なん、なの……
美羽はギュッと拳を硬く握り締めた。
義昭の意見は真っ当そのものに聞こえるが、大作が琴子を経済的、精神的に苦しめてきたように、義昭もまた美羽を苦しめてきたのだ。それに本人がまったく気づいていないことに、強い憤りを覚える。
そして、今までとは打って変わって下手に出てくる義昭の態度にも苛ついた。
私もお義母さんみたいに、自分の気持ちを全て義昭さんにぶち撒けて離婚を突きつけられたら、どんなにいいだろう。
私だって、離婚したい。こんな人と、1分1秒だって一緒にいたくない。
今すぐにでも、類の傍に行きたい……!!
けれど、類のことを思い出してとどまった。
義昭と離婚してしまえば、美羽の理性の箍が外れてしまう。類との禁断の愛に、どっぷりと溺れてしまう。
それでもいい。どうなっても構わない……
そう思いながらも、もうひとりの自分がギリギリのところで必死で食い止める。
母親の顔が、父親の顔がチラつき、顔の見えない世間のたくさんの顔が自分を見ている。
ーー踏み出すことなど、出来ない。
出来るわけ、ない。
美羽はハァッと溜息を吐くと、気持ちを切り替えて声を落とした。
「ねぇ……お義母さんの気持ちは変わらない? 離婚、なんとかならないのかな……」
長年に渡る自分勝手な言動から妻に三行半をつけられた大作は、自業自得なのかもしれないが、家事も何もできずにひとりこの家に取り残されるのかと思うと哀れだった。
それに、琴子が圭子の家に同居することになれば、大作と自分たちが同居ということにもなりかねない。義父と数時間過ごしているだけで息が詰まりそうなのに、それが毎日続くなんて耐えられそうにない。
母親の絶対的な味方である義昭も、両親の離婚に関しては複雑なようだった。
「分からない。
あんな母さん、初めて見たから……僕も戸惑ってるんだ」
義昭は眉を下げ、口角を歪めて短く息を吐いた。どうやら嘘はついていないらしい。
「明日もう一度、母さんと父さんに話し合いをしてもらって、なんとか離婚は避けられるようにしてもらうから」
「うん……」
頷いたものの、不安は募るばかりだ。
琴子はもう既に離縁をすることを決め、何を言われても意見を変えそうにない。もし大作が今までの言動を反省し、改めると言わせることが出来れば、少しは希望を持てるのかもしれない。
だが、プライドが高く頑固な大作が、ずっと虐げ続けてきた琴子に対して頭を下げるなど、到底ないだろうと思った。
「なぁ、美羽。機嫌直してくれよ……」
義昭が美羽の肩に軽く手を触れる。
「触らないで!!」
思わず咄嗟に義昭の手を振り払った美羽は、こめかみを痙攣させた。
ぁ、どう、しよう……
こんな風に、義昭に対してはっきり拒絶したのは初めてだった。
「ご、めん。色々あったから、疲れてて……」
「あ。あぁ、だよな……すまない」
義昭は慌てて下を向き、肩を震わせた。
美羽は義昭の視線から逃れるように押入れを開けると、手早く布団を敷いた。ふたつの布団の間には15センチほどのスペースが空いている。
「もう遅いし、寝ましょ。
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