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231.時間をかけて築きあげた兄妹の絆
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車を走らせながら、隼斗が一軒のイタリアンレストランに目を留めた。
「開いてるみたいだ。入るか」
「うん」
縦長の白壁の建物に石煉瓦のアーチで象られた奥まったダークブラウンの扉の横に看板が置かれ、『OPEN』とある。
「隼斗兄さん、よく走ってる車から見えたね」
「あぁ。視力はいいからな」
扉の上にある金色で描かれた店名のロゴの可愛いデザインに目を細め、美羽は隼斗に続いて店内へと足を踏み入れた。
元旦にイタリアンレストランで食事をする客などいないだろうと高を括っていたが、入ってみると客席は満席でウェイティングがかかっていた。親戚中が集まってお節を食べるという家がだんだん減ってきているせいなのか、正月の雰囲気すら感じない。
少し暗めの店内は壁に設置されたダウンライトやサイドランプから白熱灯のオレンジの光が漏れ、完璧に配置された間接照明によって温かな雰囲気を醸し出していた。重厚感のあるブラウンの革張りのソファや各テーブルに置かれた小薔薇と柊にパールが添えられたフラワーアレンジメントから、落ち着いたくつろげる空間であることが視覚を通じて伝わってきた。
他のレストランに行くという選択肢もあったが、元旦に開いているのはファミレスぐらいしかないし、またそこでも同じような状況になるのは分かっている。何より、このレストランで食事をしたいという気持ちが高まり、待つことにした。
ようやく席に案内され、4人用の四角いテーブルをふたりで囲む。デザイン性の高いカトラリーに店主のこだわりが窺えた。こじんまりとした店内だが、それが親近感を感じさせる。
テーブルの横に置かれたサイドランプが、隼斗の精悍な顔を映し出す。額が少し膨らみ、太めでくっきりと主張した形のいい眉、眉間からすっと伸びた高い鼻といった顔立ちの濃さにも関わらず、きりりとした一重瞼とその下に弧を描く涙袋が男らしさと共に優しさも感じさせる。
美羽は隼斗を正面にし、水の入ったグラスを手に、弾むような声で話しかけた。
「こうして隼斗兄さんと外食するなんて、何年ぶりかな」
「確かにな。美羽とは、職場で会うだけになっていたから」
美羽が結婚する前は、隼斗と時々こうして外食したものだった。
高校2年生になり、母の再婚を機に義兄となった隼斗に、美羽は最初馴染めなかった。突然家族だと言われて、素直に受け入れられるわけがない。
美羽にとっては母が突然再婚したことよりも、両親が自分の知らない間に既に離婚していたことを知ってショックだったし、これで類との連絡手段を完全に断たれてしまったと打ち拉がれた。
隼斗は寡黙で、何を考えているか分からない人というのが美羽の第一印象だった。美羽自身、誰とも話すような気分ではなかったし、隼斗は兄というより同居人といった感じだった。
だから、隼斗に『外に食べに行かないか』と初めて聞かれた時には、驚きよりも戸惑いが先立ち、誘いを断ってしまった。
だが、それから隼斗と関わるうちに少しずつ心を開いていき、会話が増え、外食をするようになったのだった。
毎回出されるメニューをくまなく調べる隼斗に苦笑しつつ、真面目でありながらも、どこか抜けている義兄にだんだん親しみを感じるようになった。
そうやって、突然家族にならされたふたりは、時間をかけて『兄と妹』という関係を少しずつ築き上げていったのだ。
将来自分の店を持ちたいという隼斗の夢を聞き、いつか叶えばいいと思った。それがきっかけで隼斗が働く店でアルバイトをするようになり、彼がオーナーとなってからもその夢を支え続けたいと願った。
それは今でも、変わらない。
隼斗は前菜の盛り合わせに使われているソースを口に含み、じっくりと考え込むように口を動かした。ドレッシングの材料が何か、見当をつけているのだろう。
レストランに行くと、隼斗は食事や会話を楽しむことよりも、食材や味付けの研究に余念がない。それは、昔からそうだった。
隼斗が初めて美羽を食事に誘った理由は、研究のためにひとりで食事にいくと怪しい客だと思われるので、同席してくれる相手が欲しかったのだ。突然出来た妹と仲良くなりたいというような気持ちはなかったと知り、逆にそんな隼斗に好感を持った。
隼斗の顔を見つめてフフッと美羽が微笑むと、隼斗は罰が悪そうな表情を浮かべた。
「すまない。また、いつもの癖で」
「ううん。こうして隼斗兄さんが研究してくれてるお陰で、カフェが成り立ってるんだもん」
「俺だけじゃない」
隼斗はフォークを置き、改まった様子で美羽を見つめた。
「美羽を始め、従業員のみんなが支えてくれるから、ここまで来れたんだ。本当に、感謝してる」
「ふふっ……そのセリフ、浩平くんに言ってあげたら喜ぶよ?」
揶揄うように美羽が言うと、隼斗は眉を寄せた。
「あいつはすぐに調子に乗るからだめだ。ここだけの話にしてくれ」
「ほんと、隼斗兄さんは浩平くんに厳しいんだから」
「あいつの性格はよく分かってる」
「そうだよね。私よりも付き合い長いもんね」
浩平と出会った頃を思い出し、美羽は懐かしさに口角を緩めた。あの頃の浩平は無口で、ぶっきらぼうで、どこか世を拗ねたところがあった。今の彼からはとてもじゃないが、想像つかない。
今の浩平こそが、本来の彼の姿なのだろう。美羽もまた、カフェで働いてる時は自分が解放されたような気持ちになる。
「浩平たちは今頃スキーか」
隼斗の声で、美羽は現実に戻された。
「そう、だね」
類は今頃、どうしてるんだろう。
連絡できないほど、皆と楽しんでるの?
もう私のことなんて、どうでもいいの……?
痛む胸を押し隠し、美羽は笑顔を見せた。
「開いてるみたいだ。入るか」
「うん」
縦長の白壁の建物に石煉瓦のアーチで象られた奥まったダークブラウンの扉の横に看板が置かれ、『OPEN』とある。
「隼斗兄さん、よく走ってる車から見えたね」
「あぁ。視力はいいからな」
扉の上にある金色で描かれた店名のロゴの可愛いデザインに目を細め、美羽は隼斗に続いて店内へと足を踏み入れた。
元旦にイタリアンレストランで食事をする客などいないだろうと高を括っていたが、入ってみると客席は満席でウェイティングがかかっていた。親戚中が集まってお節を食べるという家がだんだん減ってきているせいなのか、正月の雰囲気すら感じない。
少し暗めの店内は壁に設置されたダウンライトやサイドランプから白熱灯のオレンジの光が漏れ、完璧に配置された間接照明によって温かな雰囲気を醸し出していた。重厚感のあるブラウンの革張りのソファや各テーブルに置かれた小薔薇と柊にパールが添えられたフラワーアレンジメントから、落ち着いたくつろげる空間であることが視覚を通じて伝わってきた。
他のレストランに行くという選択肢もあったが、元旦に開いているのはファミレスぐらいしかないし、またそこでも同じような状況になるのは分かっている。何より、このレストランで食事をしたいという気持ちが高まり、待つことにした。
ようやく席に案内され、4人用の四角いテーブルをふたりで囲む。デザイン性の高いカトラリーに店主のこだわりが窺えた。こじんまりとした店内だが、それが親近感を感じさせる。
テーブルの横に置かれたサイドランプが、隼斗の精悍な顔を映し出す。額が少し膨らみ、太めでくっきりと主張した形のいい眉、眉間からすっと伸びた高い鼻といった顔立ちの濃さにも関わらず、きりりとした一重瞼とその下に弧を描く涙袋が男らしさと共に優しさも感じさせる。
美羽は隼斗を正面にし、水の入ったグラスを手に、弾むような声で話しかけた。
「こうして隼斗兄さんと外食するなんて、何年ぶりかな」
「確かにな。美羽とは、職場で会うだけになっていたから」
美羽が結婚する前は、隼斗と時々こうして外食したものだった。
高校2年生になり、母の再婚を機に義兄となった隼斗に、美羽は最初馴染めなかった。突然家族だと言われて、素直に受け入れられるわけがない。
美羽にとっては母が突然再婚したことよりも、両親が自分の知らない間に既に離婚していたことを知ってショックだったし、これで類との連絡手段を完全に断たれてしまったと打ち拉がれた。
隼斗は寡黙で、何を考えているか分からない人というのが美羽の第一印象だった。美羽自身、誰とも話すような気分ではなかったし、隼斗は兄というより同居人といった感じだった。
だから、隼斗に『外に食べに行かないか』と初めて聞かれた時には、驚きよりも戸惑いが先立ち、誘いを断ってしまった。
だが、それから隼斗と関わるうちに少しずつ心を開いていき、会話が増え、外食をするようになったのだった。
毎回出されるメニューをくまなく調べる隼斗に苦笑しつつ、真面目でありながらも、どこか抜けている義兄にだんだん親しみを感じるようになった。
そうやって、突然家族にならされたふたりは、時間をかけて『兄と妹』という関係を少しずつ築き上げていったのだ。
将来自分の店を持ちたいという隼斗の夢を聞き、いつか叶えばいいと思った。それがきっかけで隼斗が働く店でアルバイトをするようになり、彼がオーナーとなってからもその夢を支え続けたいと願った。
それは今でも、変わらない。
隼斗は前菜の盛り合わせに使われているソースを口に含み、じっくりと考え込むように口を動かした。ドレッシングの材料が何か、見当をつけているのだろう。
レストランに行くと、隼斗は食事や会話を楽しむことよりも、食材や味付けの研究に余念がない。それは、昔からそうだった。
隼斗が初めて美羽を食事に誘った理由は、研究のためにひとりで食事にいくと怪しい客だと思われるので、同席してくれる相手が欲しかったのだ。突然出来た妹と仲良くなりたいというような気持ちはなかったと知り、逆にそんな隼斗に好感を持った。
隼斗の顔を見つめてフフッと美羽が微笑むと、隼斗は罰が悪そうな表情を浮かべた。
「すまない。また、いつもの癖で」
「ううん。こうして隼斗兄さんが研究してくれてるお陰で、カフェが成り立ってるんだもん」
「俺だけじゃない」
隼斗はフォークを置き、改まった様子で美羽を見つめた。
「美羽を始め、従業員のみんなが支えてくれるから、ここまで来れたんだ。本当に、感謝してる」
「ふふっ……そのセリフ、浩平くんに言ってあげたら喜ぶよ?」
揶揄うように美羽が言うと、隼斗は眉を寄せた。
「あいつはすぐに調子に乗るからだめだ。ここだけの話にしてくれ」
「ほんと、隼斗兄さんは浩平くんに厳しいんだから」
「あいつの性格はよく分かってる」
「そうだよね。私よりも付き合い長いもんね」
浩平と出会った頃を思い出し、美羽は懐かしさに口角を緩めた。あの頃の浩平は無口で、ぶっきらぼうで、どこか世を拗ねたところがあった。今の彼からはとてもじゃないが、想像つかない。
今の浩平こそが、本来の彼の姿なのだろう。美羽もまた、カフェで働いてる時は自分が解放されたような気持ちになる。
「浩平たちは今頃スキーか」
隼斗の声で、美羽は現実に戻された。
「そう、だね」
類は今頃、どうしてるんだろう。
連絡できないほど、皆と楽しんでるの?
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痛む胸を押し隠し、美羽は笑顔を見せた。
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