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239.義兄との一夜

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 電話が終わってフーッと息を吐いていると、シャワーを浴び終えた隼斗がちょうど出てきたところだった。

「今まで電話してたのか」
「うん。凄く賑やかだった」

 あれから香織や萌から代わる代わるにロッジでの話を聞かされ、ようやく電話を終えたのだった。

「類はどうしてる?」
「うん……ロッジから少し離れたバーに強制連行されて、そこで飲まされてるみたい。浩平くんもそこに行ってて、これからかおりんと萌たんも行くって」

 類に来て欲しくないはずなのに、類を引き止めた浩平を恨みたくなる気持ちも同時に湧き上がってしまう。

「そうか。あいつも少しは頭冷やして落ち着くといいがな」
「う、ん……」

 そう答えながら美羽は隼斗に視線を向け、唖然と見つめた。それから、堪え切れないというようにププッと笑った。

「は、やと兄さん……それ、なに!?」
「それって……寝間着のことか?」

 隼斗はホテル備え付けの部屋着に着替えていたのだが、ワンピースの前ボタン式のそれは、胸元がピチピチでボタンが引っ張られて外れそうになっているし、丈も短く膝が見えている。

 通常、ビジネスホテルの部屋着は誰でも着られるように平均的な男性の体格に合わせて作られているはずだが、どう見ても体格のいい隼斗の体のサイズに合っていなかった。

「おかしいか?」
「うん、おかしい……ちょっと見せて」

 美羽は立ち上がると隼斗の後ろに回った。隼斗が膝を曲げて前屈みになり、美羽がタグを確認する。

「隼斗兄さん、これSサイズって書かれてるよ」

 もう1枚の部屋着も確認したが、これも同じくSサイズだった。

 平均体格ではない宿泊客のために、小さいサイズと大きいサイズの部屋着をフロントにて用意しているホテルもある。掃除に入った際にでも、従業員が間違えてSサイズの部屋着を置いてしまったのかもしれない。

「フロントに電話して、新しいの持ってきてもらうよう頼もうか?」

 美羽の提案に、隼斗はサイドテーブルに置かれたデジタル時計を見て、首を振った。

「こんな時間にわざわざ呼び出す必要ないだろ。別にあとは寝るだけだし、構わない」

 隼斗が美羽の向かいの椅子にガバッと座った。手に持っていたタオルを肩にかけ、頭を乱暴に拭きながら隙間越しに視線を向ける。

「美羽は、シャワーはいいのか?」

 濡れた短い黒髪から飛び散った水滴と共に、シャンプーの匂いがふんわりと漂ってくる。タオル越しに見つめてきた隼斗の肌は熱気を浴びた後で、いつもより上気していた。

「わた、しは……朝浴びるから、大丈夫」

 一緒に住んでいた時にはそんな光景は見慣れていたはずだし、自分もまた見せていたはずなのに、なぜか躊躇ってしまった。 

 先ほどの類の言葉が耳に残って、変に意識してしまっている。

「寝る準備だけ、するね」

 美羽は立ち上がり、隼斗に背を向けた。備え付けの部屋着は手に取らず、ボストンバッグの中で手早く下着をパジャマでくるりと包んで浴室へと向かう。

 鍵を閉めて顔を上げると、室内はまだ湿気が充満していた。先ほど隼斗から匂ったのと同じ、シャンプーの香りが鼻腔を擽る。

 美羽は、フゥと小さく溜息を吐いた。

 どうして、隼斗兄さんと泊まっちゃったんだろう……
 さっきは類にあぁ言ったけど、もし私が類の立場なら……たとえ何もなくても、類と自分以外の女性が同じ部屋で一晩泊まるなんて聞いたら絶対に耐えられないし、嫉妬に狂ってしまう。

 類がそうなることは分かっていたはずなのに。ごめんね……類。

 今頃、類は浩平たち友人に囲まれながらヤキモキしているだろうことを思うと、胸が痛んだ。
 
 類から流れてきた嫉妬の熾火おきびがまだ、美羽の中で燻っている。
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