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249.隼斗からの誘い
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部屋に戻った美羽は扉を背にして、膝を抱え込んで小さくなった。
私、なんて取り返しのつかないことを言ってしまったんだろう……
もう、後戻りなんて出来ない。
結婚なんて、したくない。
でも、福岡に行くことだけはどうしても嫌。
ねぇ、どうしたら……どうしたらいい、類?
どれぐらいそうしていただろう。不意にノックされる音が扉越しに響き、美羽は肩を震わせた。
「俺だ」
隼斗の声を聞き、美羽は立ち上がって扉を開けた。隼斗もまだ風呂に入ってないのか、同じ服のままだった。
「少し、外の空気を吸いにいかないか」
美羽は戸惑い気味に顔を上げた。
「でも、お母さんが……」
夜中の外出など、許すはずがない。たとえ、近くのコンビニだったとしても。
隼斗が突然こんな時間に美羽の部屋を訪ねてきて、外に連れ出そうとするなんて初めてだった。
「こっちだ」
隼斗は自分の部屋に美羽を招き入れると、扉を閉めて鍵をかけた。
一緒に暮らし始めてから4年ほど経つが、隼斗の部屋に入るのは初めてだった。黒で統一された家具に、必要なものだけが置かれた部屋は彼らしさを感じる。書棚には料理のレシピ本がずらっと並んでいた。
そわそわする美羽を尻目に、隼斗が部屋の窓を開ける。
え。ここから外に出るの?
美羽が戸惑っていると、隼斗が下の屋根に足をつき、窓の外から美羽に向かって手を伸ばした。
「支えてやるから、大丈夫だ」
「で、でも靴もないし……」
「車に、美羽の仕事用の靴が置いてある」
美羽は一瞬躊躇った。もし、家を出ていたことが母に知られたら、タダでは済まない。隼斗にも迷惑がかかる。
けれど、美羽の部屋にも隼斗の部屋にも鍵がかかっているし、下の階の両親は既に眠っているはずなので、朝までふたりがいないことに気づくことはないだろう。
美羽はゴクリと嚥下した。
「わ、かった」
勇気を出して窓枠に足を掛ける。力を入れずとも隼斗が両腕で支えてくれたお陰で、ひょいと飛び越えることが出来た。
隼斗は美羽から手を離し、膝を軽く曲げて屋根からジャンプして飛び降りた。背の高い隼斗にとっては造作もないことかもしれないが、美羽にとってはかなりの高さに感じる。
見下ろすと、隼斗が両腕を高く掲げて受け止める仕草をしている。美羽は先ほどの隼斗のように軽く膝を曲げると、目を強く閉じ、思い切ってジャンプした。
ヒュンと風を切る音が耳を切り裂き、重力に足首を掴まれるような感覚を覚えた。
怖い……
そう思ってすぐ、力強い腕に支えられた。清潔感のある、海のような爽やかな隼斗の匂いに包まれる。
強く閉じていた瞳を開けると、隼斗が美羽を慎重に地面に下ろし、声を掛けることなく背を向けてスタスタと歩き始めた。
そっけない隼斗の態度に、思わず微笑んだ。美羽にはそれが、兄の優しさとして感じた。
家には車を二台停められるほどのガレージがあるのだが、拓斗と華江がそれぞれ車を所持しているため、隼斗の車は別の場所に停めている。歩いて3分ほどの短い距離だが、夜中に靴も履かずに歩いているところを誰かに見られたらと思うと気が気でなく、駐車場までの距離が遠く感じた。
隼斗がランドクルーザーの後ろのドアを開け、美羽が予備として置いておいた仕事用の靴と自分の靴を出した。
靴を履くと、助手席に乗り込む。
初めて隼斗の車に乗った時には車高の高さに馴染めなかったが、毎回バイトの帰りに乗せてもらうようになってから少しずつ慣れてきた。座席に座った二人は同時に息を吐き、どちらからともなく笑みが零れた。少しの罪悪感を上回る達成感と高揚が胸に広がっていく。
「どこか、行きたいところあるか」
隼斗に聞かれ、美羽は少し間をおいてから、「海、かな」と答えた。なんとなく、そんな気分だった。
車のキーを回し、エンジンがかかる。
運転する道すがら、隼斗は美羽に何かを尋ねることはなかった。それがまた、有難くもあり、心苦しくもある。黒革のシートに躰を埋めながら、重い息を吐き出した。
きっと隼斗兄さんは、あのことで話をしたいんだよね……
考えたくなくて、車窓から流れる景色に美羽は意識を向けた。
私、なんて取り返しのつかないことを言ってしまったんだろう……
もう、後戻りなんて出来ない。
結婚なんて、したくない。
でも、福岡に行くことだけはどうしても嫌。
ねぇ、どうしたら……どうしたらいい、類?
どれぐらいそうしていただろう。不意にノックされる音が扉越しに響き、美羽は肩を震わせた。
「俺だ」
隼斗の声を聞き、美羽は立ち上がって扉を開けた。隼斗もまだ風呂に入ってないのか、同じ服のままだった。
「少し、外の空気を吸いにいかないか」
美羽は戸惑い気味に顔を上げた。
「でも、お母さんが……」
夜中の外出など、許すはずがない。たとえ、近くのコンビニだったとしても。
隼斗が突然こんな時間に美羽の部屋を訪ねてきて、外に連れ出そうとするなんて初めてだった。
「こっちだ」
隼斗は自分の部屋に美羽を招き入れると、扉を閉めて鍵をかけた。
一緒に暮らし始めてから4年ほど経つが、隼斗の部屋に入るのは初めてだった。黒で統一された家具に、必要なものだけが置かれた部屋は彼らしさを感じる。書棚には料理のレシピ本がずらっと並んでいた。
そわそわする美羽を尻目に、隼斗が部屋の窓を開ける。
え。ここから外に出るの?
美羽が戸惑っていると、隼斗が下の屋根に足をつき、窓の外から美羽に向かって手を伸ばした。
「支えてやるから、大丈夫だ」
「で、でも靴もないし……」
「車に、美羽の仕事用の靴が置いてある」
美羽は一瞬躊躇った。もし、家を出ていたことが母に知られたら、タダでは済まない。隼斗にも迷惑がかかる。
けれど、美羽の部屋にも隼斗の部屋にも鍵がかかっているし、下の階の両親は既に眠っているはずなので、朝までふたりがいないことに気づくことはないだろう。
美羽はゴクリと嚥下した。
「わ、かった」
勇気を出して窓枠に足を掛ける。力を入れずとも隼斗が両腕で支えてくれたお陰で、ひょいと飛び越えることが出来た。
隼斗は美羽から手を離し、膝を軽く曲げて屋根からジャンプして飛び降りた。背の高い隼斗にとっては造作もないことかもしれないが、美羽にとってはかなりの高さに感じる。
見下ろすと、隼斗が両腕を高く掲げて受け止める仕草をしている。美羽は先ほどの隼斗のように軽く膝を曲げると、目を強く閉じ、思い切ってジャンプした。
ヒュンと風を切る音が耳を切り裂き、重力に足首を掴まれるような感覚を覚えた。
怖い……
そう思ってすぐ、力強い腕に支えられた。清潔感のある、海のような爽やかな隼斗の匂いに包まれる。
強く閉じていた瞳を開けると、隼斗が美羽を慎重に地面に下ろし、声を掛けることなく背を向けてスタスタと歩き始めた。
そっけない隼斗の態度に、思わず微笑んだ。美羽にはそれが、兄の優しさとして感じた。
家には車を二台停められるほどのガレージがあるのだが、拓斗と華江がそれぞれ車を所持しているため、隼斗の車は別の場所に停めている。歩いて3分ほどの短い距離だが、夜中に靴も履かずに歩いているところを誰かに見られたらと思うと気が気でなく、駐車場までの距離が遠く感じた。
隼斗がランドクルーザーの後ろのドアを開け、美羽が予備として置いておいた仕事用の靴と自分の靴を出した。
靴を履くと、助手席に乗り込む。
初めて隼斗の車に乗った時には車高の高さに馴染めなかったが、毎回バイトの帰りに乗せてもらうようになってから少しずつ慣れてきた。座席に座った二人は同時に息を吐き、どちらからともなく笑みが零れた。少しの罪悪感を上回る達成感と高揚が胸に広がっていく。
「どこか、行きたいところあるか」
隼斗に聞かれ、美羽は少し間をおいてから、「海、かな」と答えた。なんとなく、そんな気分だった。
車のキーを回し、エンジンがかかる。
運転する道すがら、隼斗は美羽に何かを尋ねることはなかった。それがまた、有難くもあり、心苦しくもある。黒革のシートに躰を埋めながら、重い息を吐き出した。
きっと隼斗兄さんは、あのことで話をしたいんだよね……
考えたくなくて、車窓から流れる景色に美羽は意識を向けた。
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