272 / 498
266.死ぬ前に、やるべきこと
しおりを挟む
心臓がドクッ、ドクッと脈打つのが、大きく、強く伝わってくる。手首の動脈がぷっくりと腫れ上がり、生き物かのように蠢いて見える。脳髄がジンジンと痺れ、瞼の奥が熱くなる。ジリジリと焼け尽きながら、躰が痺れてくる。
呼吸が苦しくなり、目眩がしてきた。
「ハァッ、ハァッ……ック」
勇気を振り絞って刃を持つ手に力を入れようとするものの、震えが止まらない。
その時、刃先が皮膚を突き、チクリと鋭く短い痛みが走った。美羽は、ブルリと躰を震わせた。
もっと、深く刃を入れたら……
鮮血が飛び散るのだろうか。そう考えただけで、背筋が凍りついてくる。今まで対面したことのない『死』という恐怖が、美羽にひたひたと迫ってくる。
そうなりながらも、一方でどこか冷静な自分もいた。
ううん……手首じゃ、簡単に死ねない。それに、見ながら切るのは怖いし、勇気がいる。
死にたいなら、首の頚動脈を切る方が視界に入らないし、より確実なはず。
そう思い直し、カッターナイフを持つ手をゆっくりと持ち上げ、頸《うなじ》へと移動させる。ピタと押し当てられた刃の形が首に伝わり、ゾワゾワと虫が這い上がってくるような感触が縦に抜ける。喉が上下し、それだけで震えた手が首元を掻き切ってしまいそうだ。
脂汗が額からジワリと浮き出る。美羽の睫毛が影を落とし、瞳が硬く閉じられる。
類!!
私も、今そこにいくから……
カッターナイフを持つ手に力が入る。
その時、
『ミュー……』
そう呼ばれた気がして、美羽の手の動きがピタッと止まった。
類の、声。
心の中で呟いてから、唇を噛み締める。
ううん、これは私の記憶の中にある、類の声だ。
私の心に呼びかけてくる類の声とは、違う……
もう類は、私に呼びかけてくることはない。
一生、ないんだ。
そう悟った途端、熱く激しい感情が堰を切って溢れてきた。
類に……会いたい!!
会って、触れたい。
触れて、抱きしめたい。
抱きしめて、確かめたい。
類の、温もりを……
手から力が抜け、カッターナイフがするりと絨毯の上に落ちる。ガックリと膝を落とした美羽は、嗚咽を漏らした。
「ウッ、ウゥッ……るぃぃぃ。類! 類! ウッ、ウグッ……会い……た……ヒグッッ会いっ、たい……よぉ……ウッ、ウッ」
ほんとに、ほんとに……死んでしまったの!?
もう、抱きしめることも、触れることも、その姿を見ることも……叶わないの!?
「ウッ……ヴッ、ッグ……ヒッ、ッッ」
涙で滲んだ視界に、先ほどまで頸に当てられていたカッターナイフが転がっているのが映った。
暫くそれを見つめた後、夢から醒めたかのように短い瞬きを繰り返す。落ち窪んでいた瞳孔が、次第に大きくなっていく。
私は、何てことを……
自分のしようとしていた愚行に気づき、美羽は愕然とした。
類が死んだから、自分も死ぬ、だなんて。
彼が死んだという確証など、どこにもないのに。
いつも、いつも私は、待ってるだけ。
類が迎えに来ることを期待して、受け身のまま。
踏み出す勇気が、なかった……
類が来なかったら絶望して、最悪の結末を想像して、自らの命とともに諦めようとしていた。現実を直視することから、逃げていた。
なんて、バカなの。
俯いていた顔を、美羽はゆっくりと起こしていく。
ーーもし死のうと思うのなら。死ぬ勇気があるのなら。
死ぬ前に、やるべきことがあるはず。
美羽の瞳に、光が宿る。
呼吸が苦しくなり、目眩がしてきた。
「ハァッ、ハァッ……ック」
勇気を振り絞って刃を持つ手に力を入れようとするものの、震えが止まらない。
その時、刃先が皮膚を突き、チクリと鋭く短い痛みが走った。美羽は、ブルリと躰を震わせた。
もっと、深く刃を入れたら……
鮮血が飛び散るのだろうか。そう考えただけで、背筋が凍りついてくる。今まで対面したことのない『死』という恐怖が、美羽にひたひたと迫ってくる。
そうなりながらも、一方でどこか冷静な自分もいた。
ううん……手首じゃ、簡単に死ねない。それに、見ながら切るのは怖いし、勇気がいる。
死にたいなら、首の頚動脈を切る方が視界に入らないし、より確実なはず。
そう思い直し、カッターナイフを持つ手をゆっくりと持ち上げ、頸《うなじ》へと移動させる。ピタと押し当てられた刃の形が首に伝わり、ゾワゾワと虫が這い上がってくるような感触が縦に抜ける。喉が上下し、それだけで震えた手が首元を掻き切ってしまいそうだ。
脂汗が額からジワリと浮き出る。美羽の睫毛が影を落とし、瞳が硬く閉じられる。
類!!
私も、今そこにいくから……
カッターナイフを持つ手に力が入る。
その時、
『ミュー……』
そう呼ばれた気がして、美羽の手の動きがピタッと止まった。
類の、声。
心の中で呟いてから、唇を噛み締める。
ううん、これは私の記憶の中にある、類の声だ。
私の心に呼びかけてくる類の声とは、違う……
もう類は、私に呼びかけてくることはない。
一生、ないんだ。
そう悟った途端、熱く激しい感情が堰を切って溢れてきた。
類に……会いたい!!
会って、触れたい。
触れて、抱きしめたい。
抱きしめて、確かめたい。
類の、温もりを……
手から力が抜け、カッターナイフがするりと絨毯の上に落ちる。ガックリと膝を落とした美羽は、嗚咽を漏らした。
「ウッ、ウゥッ……るぃぃぃ。類! 類! ウッ、ウグッ……会い……た……ヒグッッ会いっ、たい……よぉ……ウッ、ウッ」
ほんとに、ほんとに……死んでしまったの!?
もう、抱きしめることも、触れることも、その姿を見ることも……叶わないの!?
「ウッ……ヴッ、ッグ……ヒッ、ッッ」
涙で滲んだ視界に、先ほどまで頸に当てられていたカッターナイフが転がっているのが映った。
暫くそれを見つめた後、夢から醒めたかのように短い瞬きを繰り返す。落ち窪んでいた瞳孔が、次第に大きくなっていく。
私は、何てことを……
自分のしようとしていた愚行に気づき、美羽は愕然とした。
類が死んだから、自分も死ぬ、だなんて。
彼が死んだという確証など、どこにもないのに。
いつも、いつも私は、待ってるだけ。
類が迎えに来ることを期待して、受け身のまま。
踏み出す勇気が、なかった……
類が来なかったら絶望して、最悪の結末を想像して、自らの命とともに諦めようとしていた。現実を直視することから、逃げていた。
なんて、バカなの。
俯いていた顔を、美羽はゆっくりと起こしていく。
ーーもし死のうと思うのなら。死ぬ勇気があるのなら。
死ぬ前に、やるべきことがあるはず。
美羽の瞳に、光が宿る。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる